第63話 お風呂
転生二十三日目。わたしたちは朝から元気いっぱいに活動していた。
「昨日はリフレッシュできたし、今日は頑張って稼ごうね!」
「お~~っ!」「気を引き締めていきましょう!」
三人揃って片手を突き上げて気合を入れる。その声に驚いた「玄奥の森」が一瞬だけ静まり返ったように感じた。
昨日は雨の中を小走りで組合から宿に戻った。お昼を済ませた頃には雨が上がっていたので、幾つか買い物をしてから、洗濯場でモモの砂魔術でバスタブを作ってみたのだ。無論のこと退去時に消すことを考えて、庭土や床石を変質させるのではなく、中空から魔素変換で出した魔法石を使った。
乳白色のバスタブは内寸で縦横1.5mくらい、深さは50cmくらい。壁の厚みは10cmくらいだ。一人用としては大き過ぎるけれど…モモに言っても答えは決まっているので、わたしは口を噤んだ。初日に作った診療台と椅子二脚と同じくらいの容量だし、経験を積んだ今のモモなら魔素変換でも魔力に余裕があった。
「問題は水の量ですね。高さ40cm迄でも、ええと…900リットルくらい必要ですが、僕は出せるのかな」
ショウくんの魔力も余裕だった。複数魔法持ちの魔力総量は、習得段階が高い魔法に従うからね。続いて、わたしが水を【加熱】した。【水滴】の魔法水は室温が基本だから、40度くらいに加熱する程度なら大丈夫だった。逆に火の性質に逆らって温度を下げる第四段階【冷却】は魔力をかなり消費する。
「お風呂の栓、忘れていたね…」
「そうだった。ショウくん、どうしよう…」
「ゴムは…微妙な反応があるような気もしますが。毎回、モモさんに穴を開けてもらった方がいいかもしれませんね」
「…取り敢えず、温かいうちに順番に入ろうか」
彼には離れの外で待機してもらって、二人で先にお風呂をいただいた。木の盥とタオルも買っている。そう、タオルだ。
糸をパイル織りにする技術自体は古くからあって、地球でも紀元前から絨毯で実績がある。但し羊毛か絹糸が殆どで、木綿のパイル織りが広まったのは19世紀初頭。何を隠そう、これはわたしが知っていた。地域振興に関するレポート課題に「伝統織物」を選んだので知っていたのだ。
モモは勿論、ショウくんも知らない知識を披露できて嬉しかった。二人に頼り切りでは悲しいもの。そして言語対照では、何と「緞通」という翻訳で反応した! これも調べた時に知ったのだけれど、中国から輸入した絨毯の呼び名が緞通で、それを参考にして鍋島藩で木綿製の緞通が作られていたのよね。
でも中古服店のカリザさんも「登仙楼」のスイヤさんも緞通を知らなかった。駄目元で組合に戻ってクンディ様に聞いたところ幸いにもご存じで、ペニング商会にはあるかも、ということで紹介状を書いていただいて商館を訪ね、無事に入手できたのだ。商館の中は事務所みたいな感じで、商品は並んでいなかった。
紹介状を見せて入店し、受付で商談するシステムらしい。男爵家出身のクンディ様の紹介状の効き目は抜群で、応接室に通されてお茶をいただきながら、慇懃無礼な男性職員さんに緞通を出してもらった。本来は複雑な模様で織り上げられる高級装飾品。でも最近、貴族の間でタオルとして使われ始めているとのこと。
ヴェイザの貴族から注文があったのでペニング商会が取り寄せていて、その在庫が残っていた。そう言われれば、敷物にも使えそうな厚みがある。ゴワゴワして触感も悪い。でも吸水性は只の大綿布とは比べ物にならないだろう。短めのハンドタオルくらいの大きさで銀貨20枚と高値だったけれど、三枚購入した。
三人の魔力を結集して実現したお風呂のお湯を零さないよう、大切に入る。
「リカ…体の芯が温まる…幸せ…」
モモはうっとりした声も可愛かった。続いてわたしも入浴した。
「!~!~!~」
足を入れただけで、もう、言葉にならない。そおっと溢れさせないように体を沈める。じわじわとお湯の温かさが体にしみこんでくる…わたしも幸せ…。光魔術でもさっぱりするけれど、やっぱりお風呂は格別よね。
「…魔法水で入浴なんて、この世界でも恐らく贅沢なことよね…」
「うん。ヴェイザには公衆浴場もあったけど、清潔さが不安だし。魔法の種類が揃っていて、助かったよね…」
「でも、ショウくんの魔力を毎回たくさん使わせるわけにはいかないから。次は、井戸のお水を汲んで【浄化】した場合の魔力消費を確かめてもらおうか?」
「そうね。井戸のお水をたくさん汲んでいいのか、確認しないと」
結局、お風呂を満たすくらいの井戸水を汲むのはご勘弁を、とのことだったので、水は取り敢えず流さず、二~三日はショウくんの光魔術で再利用することになった。入浴前に全身を【浄化】するし、体だけ入って温まるだけだし、わたしたち体毛が無いからね。念のため彼が入る前に目を皿にして調べたけれど。
夜までに検討した結果、「水筒」魔具を購入して併用しよう、ということに。魔具の魔石への魔力追加なら、効率は落ちるけれど属性の違うわたしやモモでも大丈夫だ。それに「水筒」魔具は、狩りの途中などでも使える。少しでもショウくんの負担を減らして、新しい魔術の訓練に魔力を回してあげたいもの。
そんなこんなで、わたしたちは気分良く「玄奥の森」での四度目の狩りに挑んでいた。昨日の雨は大した雨量ではなかったけれど、それでも森の緑には幾ばくかの潤いが加わったみたい。梢から差し込んで萌え出づる若葉を照らす陽の光も、今までにも増してキラキラと碧色に輝いているように感じた。
「いました。牛頭鬼が2頭。…藪小鬼はいないようです」
早速、【探知】に獲物が引っ掛かった。
「どうする? 新しい倒し方を試してみる?」
「まだ牛頭鬼には試していない僕の【加速】棒投剣と、モモさんの【石弾】の威力を確認しましょうか」
「…そうね。リカは火魔術の準備をお願いね」
「分かった。あ、あそこから出てきそうよ」
戦闘面で語るべきことは特に無い。牛頭鬼は突進してくるのが基本だ。【加速】した棒投剣は瞬間移動したように魔物の額に根元まで埋まったし【石弾】も牛顔の頭を貫いたから。【石弾】は【火球】と違って貫通力が主体だ。小鬼は体をあっさり通り抜けるけれど、牛頭鬼はギリギリ後ろから落ちた。
解体はまだ慣れない。それでも会敵が早かったこともあり、お昼前には北側の出張所で素材を卸すことができた。帰路で藪小鬼を何匹か仕留めたこともあり、銀貨80枚近くになった。午後は、グラファさんのお店で「水筒」魔具をショウくんが起動して値引きしてもらい、銀貨25枚で購入した。
そして、わたしからの申し出で四日ぶりに「完全版」魔法袋の起動を試すことになった。モモは微妙な顔をしたけれど、いつまでも逃げる訳にはいかない。それに例えあなたがモモを選ぶとしても…起動操作であなたの心を感じるだけでも、細やかな幸せを味わえると思ったから。
「それでは、いきますよ。3、2、1、【完全】」「【定着】」
…ショウくん。わたし、あなたを愛しているの! あなたは?…ああ!!!
今日も途中で手を放してしまった。あなたの心はわたしを…それとも、わたしが愛してもらいたいから、そう感じるだけ? そして、あなたの心は…別の方向にも向いていた。でも、わたし、それでも幸せなの。あなたの心に触れると、心の底から安心するから。それだけでもいいの。ショウくん…ショウ…。
とんとんとん、と階段を駆け下りていく音が耳に突き刺さり、わたしは我に返った。いつの間にか、モモが何も言わずに控え間から飛び出してしまっていたのだ。心臓を抉るような鋭い痛みが襲い掛かる。わたしは何を考えて…! モモがいるのに! ショウくんはモモの大切な想い人なのに!
「あ、あの、リカさん…」
「…ショウ、くん…何を、しているの…」
わたしは湧き上がる激情を必死で抑え込み、なんとか声を絞り出した。
「…僕は…」
「な、何をするべきか、分かっているでしょ…早くモモを追いかけて!」
「…………」
彼は無言で立ち上がると控え間から出て行った。階段を降りる音が聞こえる。一段、一段、少しずつ遠ざかっていく…。わたしは唇を硬く噛み締めて寝室に向かい、震えながら自分のベッドに腰を掛けた。これでいい。これでいいのよ、リカ。タオルを買っていて良かった。只の布では、とても拭い切れないもの…。
※次回更新は3/20(祝)を予定しています




