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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第2章 赤い棘

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第61話 メッセージ

璃花(りか)さん…お休みのところ、ごめんなさい…(すみれ)です…)

 長く入院中のショウくんの妹、董ちゃんの声が聞こえる。良かった、元気だったのね。心配したのよ? 何しろ最後にお見舞いに伺ったときは、まるで遺言のような約束を…遺言…違う。死んだのはわたし。わたしたち…。


(…あのときは、無理を言ってしまって、ごめんなさい。酷だと分かっていました…でも、どうしても心残りで…でもわたし、今はとても嬉しいのです。わたしの勝手なお願いを…我が儘を通してしまった璃花さんと百桃(もも)さんとのお約束を…果たしていただけそうですから!)

 董ちゃん、何を言っているの…あれは…わたしは…友人として…。


(璃花さん。あの時、言えなかったこと、今こそ言います。どうかご自分の気持ちに向き合ってください。兄を頼って、頼られてください。兄を…愛して、愛されてください。くれぐれも兄をお願いします。どうか…どうか…)

 彼女の声が、何もかも曖味な世界から聞こえる…まさか、あの時の薄明の時空…それでは董ちゃんも!


「すみれっ! だめだっ!」

 今までに聞いたことのないショウくんの声に、感情が剝き出しになった只ならぬ響きに、わたしは文字通り飛び起きた。ゆ、夢だったのね。なんて夢…それよりも、あなたが、こんな声を!


「ショウ…くん! だ、大丈夫?」

 わたしと同時に起きたらしいモモが彼のベッドに飛び込む。わたしも慌てて「白灯」魔具を掴んで光量をいっぱいに上げると、彼の元へと急いだ。蒼ざめて震える顔が白い光に浮かび上がる。


「あっ…起こしてしまって申し訳ない。変な夢を見てしまって…董が出てきたので…申し訳ない。只の夢です」

 わたしとモモは同時に顔を見合わせる。心臓が跳ねた。二人は同じ夢を見たのだ! モモが恐る恐る口を開く。


「…ショウくん。私、いつもあなたに頼ってばかりで。私たちのこと、頼りにならないと思っているかもしれないけど。私…私たちは、あなたを大切な…仲間だと思っているの。できれば聞かせて欲しいな。聞くだけになってしまうかもしれないけど。だって、あのね…私と…リカもね…」

 モモが言い淀む。縋るような眼でわたしを見上げてくる。


「…ショウくん。わたしと、そしてモモも、同じ董ちゃんの夢を見たの…」

 紫の瞳が大きく震えて、代わる代わる二人の顔を覗き込んだ。

「夢は、単なる記憶の整理で…董のことも、あの時空のことも、僕が気に掛けているから夢になっただけで…」

「「ショウくん?」」

「…ハイ。董はお二人のことも言って…神様が実在する世界ですから…」

 観念した、という表情でショウくんは話してくれた。董ちゃんの「夢」を…


 ――――――


(菖兄…わたしの大好きな菖兄…ごめん…ごめんね…わたし、頑張れなかった…だって…菖兄がわたしより先に…でもね、この場所へ来てほっとしたよ…まさか異世界に転生するなんてことが、本当にあるのね。神様は仰ってくださったの。わたしも菖兄のすぐ近くに転生できるって…)


(…でもね。わたし、このまま転生しても、何もかも菖兄に頼ってしまう。それにね、璃花さんと百桃さんが一緒だっていうじゃない?…それなら安心よ…わたしの出る幕ではないもの…だからね、わたしは生まれ変わることにしたの。神様は健康な体で生まれ変わるって、請け合ってくださったの…)


(わたしね…璃花さんと百桃さんに無理なお願いをしてしまったの。無理に約束してもらったの。でもね、今では無理な我が儘ではなくなったの! 菖兄…お二人をお願い…二人とも幸せにしてあげてね…絶対よ…約束して…わたしも、きっと見届けるから…さよなら…さよなら、わたしの菖…)


 ――――――


 長く入院している董ちゃんのお見舞いに行くようになったのは高二になってからだった。少し前から事情は知っていたけれど、こちらからお見舞いにとも言い難いし…でも待望の同じクラスになり常に行動を共にするようになった頃。あなたが大変に恐縮する体で、深々と頭を下げたのだった。


「お二人の貴重なお時間を割くことになって申し訳ないのですが。董に…妹に…同世代の女の子と話す機会もないから、心当たりがないかと頼まれてしまって…」

「是非、お見舞いに伺わせていただきます。ねえ、璃花?」

「…そうね。わたしたちで良ければ」


 董ちゃんは壮絶な美少女だった。痩せていて、肌が真っ白だったけれど。あなたが壊れやすいガラス細工を扱うかのように優しく上半身を起こしてあげると、ベッドの上で正座して挨拶してくれて、何度もお礼を述べたあと、「菖兄…お兄さまは席を外して」と言って兄を追い出した。


「わたし、中学も半分くらいしか行けていないし、高校も入学式くらいで…だから、何でもいいんです。学校生活のあれこれとか…兄の様子とかを、何でも、お話していただけると嬉しいです!」

 そう言って兄譲りの美しい瞳を輝かせて、何でもいいと言いつつ、あなたの様子ばかりを聞きたがった。


 その後も、董ちゃんの調子の良いときを見計らって、あなたが恐縮して頭を下げ、お見舞いに伺うことが続いた。そんなに畏まることなんてないと思うのに。その度に董ちゃんは大変に喜んでくれて、やはり兄の様子を聞きたがり、わたしたちを璃花さん、百桃さん、と呼んで慕ってくれた。


「毎回、律儀よねえ。もっと気軽に頼んでくれていいのに」

「…璃花。気付いている? 橘花くん、お見舞い以外に、私たちに何かお願いしたり頼んだり、一切してないのよ?」

「え…そうだっけ…」

「橘花くんにとって、董ちゃんはそれだけ、大切な存在なのよ…」

 羨ましいな、という呟きが聞こえた気がした。


 わたしたちは、ご両親が留守だった最初のお見舞いの帰りに橘花(たちばな)宅に上がって董ちゃんのお洗濯を強引に手伝ったのが切掛けで、毎日のように互いの家を行き来して勉強するようになっていた。


 ご両親は不在なことが多かった。彼のお父様は著名な文化人類学者で海外在住中。お母様は海外派遣経験の豊富な看護師で、董ちゃんのことがあるから今は不定期で働いていて、急に家を空けることも多かったから。


 百桃は偶にお弁当を作ってあげたり、お夕食のおかずを持っていったりするようになった。あなたは恐縮して、わたしの分もお弁当を作って返してくれたり、お礼にといって海外製の珍しい小物などをくれたりするので、毎日でも作りたかっただろう百桃も、負担を恐れて「偶に」だったのだ。


 今から思えば百桃のご両親が…代々続くお医者様の一人娘なのだ…必ずわたしと一緒だったとは言え、よく男の子一人の家に出入りすることを許したものだ。もっとも御酒花(みきはな)宅で勉強するために訪れたあなたと会ったご両親は人柄に惚れ込んで、跡継ぎに是非、と寧ろ百桃をけしかけていたことは後になって聞いた。


 わたしの家はサラリーマン家庭だけれど、やはり、あなたと会って信用してくれたのかもしれない。何しろ優秀で誠実で気配りの効く、本当に良くできた男性ひとだもの。わたしの両親には、百桃のことは勿論、あなたのことを良く聞かれた。わたしの方が、聞かれる前に話していたような気もする…。


 そして最後に董ちゃんと会ったのは、学年末試験が終わった修学旅行の直前。「急で申し訳ない、可能なら今から」と連絡があり、二人で急ぎ病院を訪れたのだった。素人目にも董ちゃんの状態は…ベッドから起き上がることも…それでも笑顔で、顔色の悪いあなたとお母様を追い出して、わたしたちと話をした。


「こんな格好で、ごめんなさい。璃花さん。百桃さん。大変に厚かましいのですが…今日は、ひとつお願いがあって」

「…わたしたちにできることであれば」

「董ちゃん、何でも言ってね!」


「有難うございます。その、兄は…身内の贔屓目かもしれませんが、大変によくできたひとだと思います。でも、とても寂しがり屋で…守る人がいないと、駄目なのです。誰かから好意とか…愛情とかを向けられて、その人を守ろうと、その人を幸せにしようとしてこそ、兄は輝くのです」

「「……………」」


「情けないひとですが…でも、その分、自分に向けられた想いに対しては…必ずそれ以上に大きくして返してくれます。だから…お願いします。お二人で、どうか、兄を頼って…そして兄を…支えてあげてください。愛…いえ、すみません、友人として…お、お願いします…お願い…します!」

 思わず百桃と顔を見合わせてしまった。まるで遺言…そ、それに董ちゃんの願いに応えるってことは…。


「…情けないだなんてとんでもない! 橘花くんは尊敬できる立派な男性ひとよ。私はお世話になってばかり。とても恩を返せそうに無いけど、私は約束する。し、生涯…ゆ、友人として支えるから」

 百桃が決意の籠もった震え声で宣言してしまった。し、仕方がない。


「うん。董ちゃん、わたしも…や、約束する。大切な…お友達だもの。修学旅行のお土産、期待していてね!」

「…百桃さん、有難うございます。…璃花さん、どうかご自分の…いえ、ごめんなさい。お二人とも、どうか、どうか、兄をよろしくお願いします…」


 修学旅行は不参加よね…と思っていたら、董ちゃんの断っての願いということで、あなたは参加した。その結果はこの通りだ。あなたは転生以来、どんな気持ちで過ごしてきたことか。わたしは忘れた振りをしていた。董ちゃんとの約束を思い起こすのが怖かったから。それに、あなたは後悔するような態度をお首にも出さなかったから。今この瞬間まで。


 ――――――


 わたしとモモの反応をじっと見ていたショウくんが悄然と呟いた。

「それでは、本当に董は二人に何かお願いを…そして、やはり董は…」

 …そんなこと無いとは言えなかった。わたしもモモも、そしてショウくんも分かるのだ。これは本物の、恒神様とそして董ちゃんからのメッセージなのだと。紫の瞳から涙が溢れる。わたしとモモも泣きながら黄金色の頭を抱き寄せた。


「修学旅行に行かなければ…でも、そうしたら二人を…董、許して…リカ、僕を助けて…モモ、僕を抱き締めて…僕のことを!」

 ショウくんは、わたしとモモの胸の中で泣き続けた。泣いてくれた。すっかり心を曝け出して頼ってくれたのだ。あなたの涙と共にあなたの悲しみが、そしてこんな時でも忘れないあなたの気配りが、わたしの心に沁み込んでくる。


「申し訳ない…家族を失ったのは同じなのに…絶対に二人を守ると誓ったのに…泣かせるなんて、僕は…!」

「そ、そんなこと! わ、私の…私たちの家族は…元気なはずだから!…会えないだけで…もう、会えない…ぐすっ…」

「…モモ…ショウくん…う、うう…」


 モモもわたしも、家族を…地球の全てを思い出して泣いてしまった。でも、あなたとモモがいるから。三人で生きていくことができるから。あなたが傍にいてくれるから。そして、あなたの涙は、わたしの心の壁を…必死に積み上げていたのに、もはや崩壊寸前だった心の壁を…ついに崩し去ってしまったのだった。


 ああ、わたしは…あなたのことが好き。大好き。心から愛している。ずっと前から。モモにだって負けないくらいに。あなたを慰め、あなたを支え、あなたと共にこの世界で生きていきたい! やっと自分の心に向き合うことができた。董ちゃん、遅過ぎてごめんね。でも、きっと約束は果たすから。


「ショウくん…ショウ…私…私がせめて…」

 天使の泣き声がわたしの耳を、そして心を打ち据えた。


 …でも、モモがいる。わたしの大切な、無二の親友。彼女はずっとずっとあなたを、あなただけを見詰めて、あなたへの愛を迸らせてきた。今更、彼女を差し置いて、二人の間に割って入ることなど無理だ。そんな真似など、できやしない。二人の仲は明らかに深まっているのに…。


(ほんとう? ほんとうにできないの?)

 わたしの心の声が囁きかける。

(この世界では、できるのよ? リカ、知っているでしょう?)

 そんなこと、ショウくんが…モモだって受け入れる筈が…!

(家族を失ったのは、三人とも同じよ。新しい家族を作りましょう?)


 で、でも…ショウくんはわたしのことを…モモが…モモを…。

(リカ。起動操作で感じたでしょう? 彼の心を)

 あ、あれは…わ、わたしが彼に愛して欲しいから、そう感じただけよ…!

(ショウくんもきっと…確かめましょう)

 そんなの、怖い! 怖いのよ! 怖くて堪らないの! 


 わたしは必死に心の声から、真実の囁きから耳を塞いだ。崩れた心の壁の残骸を拾い集め、懸命に積み上げようとした。でも、二度と壁になってくれなかった…。

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