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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第2章 赤い棘

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第60話 山猫の注文亭

「外套類はお預かりします。短剣と杖は腰に挿していただければ構いません」

 武器は全て預けるのかと思ったけれど、さすがに丸腰にはしないのね。でも、治安が良いとは言ってもその程度、という意味でもあるのかな。いえ、護衛付きの客層が多いとすると、そのためかな。


「次に、こちらの「浄化」魔具で祈祷をしていただきます。癘素れいそを退けるために、全てのお客様にお願いしております」

 青光系の魔具は祈祷の一種という扱いなのね。癘素とは悪い魔素のこと。空気や水や土が癘素に汚染されて、それに触れると病気になる、というのがこの世界の伝染病に対する考え方だ。病原体に気付く前の地球の「瘴気説」と同じ。


 でも、この世界は本当に魔素が存在する。病原体の存在が明らかになっても、受け入れられるには地球より時間が掛かると思う。ディネンさんが円筒状の魔具の蓋を開けると濃い青光が拡がった。わたしたちは順番に両手を翳した。


「ショウ様が追加で料理などを【浄化プルガーテ】していただいても一向に構いません。寧ろ歓迎いたします」

 彼が第四段階の【浄化】まで使えることは公言していない。第二段階の【清浄エウェッレ】の振りをしている。でも、ご主人は【浄化】の強い青光を見慣れているから区別が付くよね。これはもう仕方がない。


 わたしたちは店の奥の個室に案内された。広いガラス窓からは中庭が望める。日本のレストランと同じように椅子を引いてくれる。引いてくれた順番で、ショウくん、主役であることを伝えていたモモ、わたしの順で座った。彼は最奥の角席だったけれど、ここがこの世界の上座だろうか? 日本と変わらないのかも。


「それでは早速、お料理をお出ししたいのですが…わたしどもは、温かいお料理は温かいうちに提供させていただいておりますので、一品ずつとなっております。どうかご了承ください」

 帝国では一度に全部のお料理を並べるのが常識だから、それに挑戦している。わたしたちは、飲物としてお酒以外を所望した。搾り立ての紫蜜柑果汁を用意できるとのことで、それを注文。ブラッドオレンジジュースね!


「ね、モモ。地球でも昔は一遍に全部のお料理を出すことが多かったの?」

「私は詳しくないけど。大皿料理が出て取り分けて食べて無くなったら次の料理、という中間のパターンもあったみたい」

「各人に一品ずつお料理を出すというスタイルの定着は、19世紀くらいでしたか」

「ショウくん、有難う。…ね、『注文の多い料理店』を思い出したよね」

「うん、マントだけでなく服も脱いで、って言われなくて良かったよね」

 わたしたちは息を合わせて微笑み合った。


 そしてブラッドオレンジジュースが運ばれてきたところで、彼が改まって乾杯の音頭を取ることに。さすがは高級店、コップは把手付きの透明なガラス製だった。素直に「硝子杯」と翻訳されている。


「では。漸くこの世界での生活が落ち着いてきたように思います。僕たち三人の前途を祝して。そして何より…」

「「モモ(さん)! 17歳のお誕生日おめでとう!」」

 彼女はびっくりして大きな目を更に見開いて、文字通り最高の笑顔を見せた次の瞬間には泣き出してしまった。


「…ごめんなさい。嬉しすぎて…ほっとして…私、てっきり二人の…」

 モモが妙な事を口走る前に、わたしは慌てて食い気味に被せた。

「びっくりさせてごめんね! サプライズにしたかったから。少し前からショウくんと相談して計画していたの」

「モモさんの誕生日は3月21日でしたよね。こちらの第三月、華月の二十一日でお祝いしようと思って…」


「あ、有難う! ショウくん、リカ。二人とも本当に有難う!…うう…嬉しいの…嬉しいのに、勝手に…」

 モモが両手で頬を覆って咽び泣いてしまう。わたしは目顔で促した。彼は頷くと、席を立ってモモの頭と角耳を撫でながら、心を籠めてそっと抱き締めた。良かったね、モモ。本当に良かった…。


「最初の一品は、具沢山の野菜煮込みでございます」

 ディネンさんが自らお盆に乗せたお料理を運んでくれる。

「角切りの白人参、黒人参、玉葱。短冊切りの玉菜と韮葱。それから緑豆、黒目豆、蔓豆などを煮込んでおります」

 野菜類の形が綺麗に切り揃えられている。「蔓豆」は初めてね。味付けは舌に覚えがある感じがするけれど。


「この小さい赤茶色の豆が蔓豆? 小豆を小さくしたみたいね」

「確か日本だと、蔓豆は大豆の原種ですよね。こちらでは品種改良が進んでいなくて小さいのかもしれません」

「…味付けは塩に鳥醤に色利かな。これは「袋道亭」でもお馴染みね」

 お野菜は味が染み込んでいてお豆はホクホクだった。燻製塩豚と訳されるベーコンも入っていてコクもある。丁寧な下処理って本当に味を大きく左右するのね。


 わたしたちが食べ終わった頃合いを見計らって、次は白い小さな丸パンと湯気が立っている深めの皿が運ばれてきた。そう、この世界で初めての白いパンよ! 薄茶色に焼き色が付いた白い「麦餅」!


跳兎はねうさぎ肉の炒め煮でございます。網頭茸あみあたまたけとお肉を炒めましてから、生凝乳(なまこりちち)で煮込みました。彩りは油菜(あぶらな)の若芽でございます。遠方より取り寄せました白麦を焼き上げました、白麦餅と一緒にお召し上がりください」

 網頭茸は、わたしたちが採ってきたものかも。これはもう、地球のレストランにもありそうな料理よね、モモ?


「すごい!「兎肉のフリカッセとモリーユ茸のクリーム煮、菜の花添え」ね!」

「白いパンも初めてよね…」

「取り寄せ、って言っていましたね。この辺の小麦はやはり皮が硬くて厚いために、製粉すると歩留まりが悪いのでしょうね」

 三人は待ち兼ねたようにパンに手を伸ばし、お料理に硬化石ナイフを入れた。


「このパン、ふわふわで柔らかい…幸せ…」

「濃厚なソースのお肉も美味しいですね!」

「そうね。モリーユの豊かな香りと風味が、濃厚な生クリームソースに負けていない。兎肉も焼いてから煮込んでいるから香ばしくてプリプリで。菜の花の苦味も丁度良いアクセントになっているね」


 さすがはモモ様。経験値が違うとコメントもプロ並みよね。パンは本当に美味しかったし、兎肉のフリカッセも噛むと旨味が溢れ出て最高だった。モリーユもすごく深みのある濃い味わいで驚いた。


「お料理の最後は、これも取り寄せました米を赤酒(あかざけ)で煮込みました粥にございます。粉乾酪(こなかんらく)を振っております」

 リゾットね! グルマン・モモに拠ると、赤酒は赤ワインだからイタリア料理の「リゾット・ウブリアーコ」すなわち「酔っぱらいのリゾット」に近いそう。


「…お米は細長いね。アルコールは飛んでいて良かった」

「日本のお米料理とはちょっと違いますが、やっぱり嬉しいというか、ほっとしますよね。粉チーズもいい香りです」

 ショウくんがスプーンで掬ったリゾットを嗅いで感動している。…うん、やっぱりお米のお料理は最高!


「洋風だけれど、お米の味と触感が懐かしいよねえ」

「いつか、探しに行こうね。それともお金を出せば今でも手に入るのかな…」

「後でディネンさんに聞いてみましょうか?」

 柔らかくて少し芯がある食感に涙が出そうになってしまった。長粒米だから白飯よりも汁掛け系が合うのだろう。でも、白いご飯を炊いて食べてみたくなった。


 既に大満足だったけれど、更にデザート、「甘物あまもの」まで付いてくるのだ。運ばれてきたのは現代日本の基準では素朴なタルト。レーズンとミント?が乗っているだけ。それでも立ち昇る甘い香りがわたしたちを誘惑する。

「糖蜜の焼丸菓、干酒実添えでございます」

 糖蜜って何だろう? モモとショウくんが、にこやかに顔を見合わせている。


「リカ、「トリークル・タルト」って言ったら、聞き覚えない?」

「え?…どこかで…」「リカさん、これ…」

 ショウくんが杖を取り出して振る。あっ!

「ハリー・ポッター! ハリーの大好物よね? 確かホグワーツでも出てきた…」


 二人の解説を合わせると、糖蜜とは砂糖を絞り出したあとの廃液。でも、まだ糖分が含まれているので酸処理すれば蜂蜜みたいになって、砂糖や蜂蜜が高価な時代には英国庶民の味方だったとのこと。


「あ、甘い!…本当に、甘い!…幸せ…」

「…向こうだと素朴な伝統菓子だけど、こっちに来て一番、甘い食べ物ね…」

「これが、ハリーが追い求めていた家庭の味、母の味ですか…」

 三人とも感動さえしながら押し戴くようにタルトをいただいた。食べ終わってしまうのが悲しかった。自分たちでも作れないかな…。ほっと一息を吐いたところで食後の雑談を楽しむ。


「剣と魔法の世界に来たけれど。お料理は『指輪物語』より美味しいものがたくさんあって、本当に良かったよねえ…」

「物語の中だと「香り草入り兎肉シチュー」が一番のご馳走と言ってもいいくらいですからね…」

「せいぜいベーコンとか果物のパイとか…戦時下とは言え、事実上の人間の王だったデネソール公もワインと白い焼き菓子で…レンバスは食べてみたいけど」


「森人には会っていませんが、まさか、この世界の森人も風味の良いパンやリンゴで済ませるなんてことは…」

「それはないと思いたい。ううん、信じたい!」

「逆に、贅沢な食事をしていて欲しいよね」

 この世界の森人は上層階級みたいだから…心の底から期待したい!


「如何でしたでしょうか」

 ディネンさんが満面の笑みで尋ねてくる。どのお料理も舐めるように食べてしまったもの。答えは決まっている。

「大変に美味しくいただきました。有難うございます」

「予約の際にお伝えした通り、こちらの護衛の誕生日祝いでした。存分に堪能しました。ねえ、モモ?」

「はい。どれも素晴らしいお料理でした。ショウ様、心より感謝申し上げます!」

 モモは丁寧な仕草で、例の挨拶をディネンさんとショウくんに捧げたのだった。


「ディネンさん。合格しましたしょうか?」

「な、なにを仰いますか…誤解でございます。わたしどもは、決してお客様に注文を付けようなどとは…」

 そうなのだ。「山猫の注文亭」は、お料理を残すと次から予約が取れなくなる、と噂されて…花粉が飛んでいるのだ。


「ショウ様。どうか今後とも当店を御馴染みに」

「いえ、こちらこそ、次回も是非、堪能させていただきたいと思います」

 わたしたちは最高に幸せな気分で「山猫の注文亭」を辞した。道すがら、モモがそっとわたしに耳打ちしてくる。


(ね、リカ。お幾らなの?)

(これからも使うから、いいよね…お一人さま銀貨8枚で、ジュースは別ね)

(…いつもの食事の80倍以上と思うと高いけど。牛頭鬼を一頭、仕留めれば稼げるね。本当に有難う…)

(ショウくんの発案なのよ。しっかりお礼を言ってね)

(そ、そうだったの? う、嬉しい…!)

 

 モモはまた涙ぐみながら、ショウくんに何度もお礼を述べていた。彼女が感激してくれて本当に良かった。わたしたちも十分過ぎるほどに楽しめたし。来月は、あなたの誕生日のお祝いよね、ショウくん?


「モモさん。リカさんも。今日は、お二人が心から喜ぶ姿を見ることができて幸せでした。時が止まって欲しいとさえ思いました。いや、何時もの何気ない日常の景色も、全て僕の宝物ですが。これからも思い出を重ねていきたい。何よりも大切なこの笑顔を守るためなら僕は…あっ…大切な…仲間の笑顔、ですから…」


「わ、私…私こそ…あなたの…その…」

「……うん…わたしも…あ、有難う…」

 まだ陽は落ちていない時間なのに、今日の夕映えは特別に早く訪れたらしい。三人の頬を鮮やかに照らしていたから。最高の一日だった。この時はそう思った。この日の夜遅くに大変な事態が勃発するとは、思いも寄らなかったから…。



 宮沢賢治『注文の多い料理店』

 J.K.ローリング『ハリー・ポッター・シリーズ』(ハリーの好物)

 J.R.R.トールキン『指輪物語』(デネソール公、登場する食べ物)

※次回の更新は3/14(土)を予定しています。

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