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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第2章 赤い棘

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第59話 姐さま

 モモの誕生祝いの日。いつもより早起きしたつもりだったのに、ショウくんは既に起きていて格子窓を少し開けて朝の空気を入れてくれていた。急いで鏡台で髪を整え、濡れ手拭で顔を拭いて彼の元へと向かった。相も変わらず窓を向いたまま、背中越しに杖を後ろに向けてくれる。わたしは思い切ることにした。


「ショウくん、前にも言ったと思うけれど。わたし…たち、あなたのことは大切な…仲間だと思っているの。気を遣われ過ぎるのも、何だか悲しいな。ちゃんと、わたしの顔を見て欲しい…」

 わ、わたしったら…最後のセリフは別の言い方があるでしょ?


「……有難う。そうさせてもらうよ。リカ、さん…」

 ショウくんはゆっくりと振り返って【浄化プルガーテ】してくれた。紫の瞳がわたしを見詰める。穏やかで、優しくて、そして…。

「そ、そろそろモモを起こさないと!」


 深い湖に吸い込まれそうになったわたしは、必死で目を逸らすと無理やり体の向きを変えてベッドを飛び越え、可愛すぎる天使の寝顔にそっと声を掛けた。いつも通り、を意識しながら軽く訓練して朝食をいただき、北門の外に赴き、「赤い棘(プカ・キスカ)」や「硬化石の守り」を見送り、治療仕事を熟した。


 ちなみに「硬化石」というのはヴェイザの城壁に使われている【硬化ソリダーテ】で作った魔法石のことね。今日も「怒龍団」は見掛けなかったので気分が良かった。そして治療後に狩りに行こうとしたモモを、二人で止めた。


「…?…今日は狩りに行かないの?…「完全版」でも試すの?」

「モモ、実はブラウスを急いで作ってもらったから、受け取りに行こうよ」

「そうだったの。でも、狩りの後でも間に合うよね?」

「モモさん。僕は一刻も早く、モモさんの新しい服を見たいです」

「そ、そう…? 恥ずかしいけど…リカ、行こうか…」

 モモが頬を染め瞳を伏せて頷く。ちょろ過ぎますわよ、モモさん。でもショウくん、本音よね…やっぱり…。


 道すがら「白灯」魔具をもう一つ買っても…書籍はどうする?…などと話しながら「登仙楼」の前まで来たところで、彼が真剣な顔をモモに向けて頭を下げた。

「モモさん。中に入っても、どうか落ち着いていただきたい。この通りです」

「な、なに? ショウくん、頭を上げて? 私、あなたに言われなくても…」

 モモが戸惑って、こちらに視線を向ける。わたしは想像が付いてしまった。急いで作ってもらう代わりに…。


「ショウ様! リカさんとモモさんも、お待ちしておりました。総動員で仕上げました!…どうぞ、姐さまも」

 モモが開けて支えた扉の中からスイヤさんの声が聞こえる。彼がわたしに意味有りげな視線を寄越しながら店内に進み、続いてモモが滑り込み、わたしも続いた。モモはビクリと身動ぎをしたものの、堪える。

「まあ…()()を遥かに上回る…羨ましい限り…」


 豊かな胸の谷間を強調した豪華な衣装に身を包み、濃いお化粧をした凄い美人さんが、大きな扇子をゆったりと仰ぎつつ艶然と微笑みながら奥から出てきた。こんなことだろうと思った。両脇にスイヤさんとナールさんが控えている。ナールさんの笑顔が心なしか引き攣っているような…。


真花まこと使徒エランダ様としか言いようがありませんこと。ほんに、わたくしなど「龍鬼ドラコ小鬼ホルト」でした。…おまえの目は確かだったねえ。そうだね、ナ、ア、ル?」

「あ、姐さま…ど、「龍鬼と小鬼」というのは自分のことで…楼主さまにご足労いただくために、つい大仰に…」

 ナールさんが冷や汗を浮かべて伏している。わたしたちは「登仙楼」一番の「大花おおはな」(最上位の娼女のことらしい)だという、ブロストマ姐さまの大人の色香に圧倒されながらも着替えを終えていた。


 モモは約束通り落ち着いている。寧ろ、ショウくんが絶え間なく話し掛けるブロストマさんに真面目に受け答えはしても、決して谷間に目も呉れずにモモの新しい装い…細いリボン付でフロントがギャザー織りのブラウスに、体の線が浮き出る迫力あるベストと細身のスラックス…を褒めてくれたので照れ放しだ。


 わたしの新しいブラウス姿も褒めてくれた。魔術士服を着るのは何日振りだろう。ボディスで強調された胸、新しいブラウスの胸に、初めて彼の視線を感じた。ブラウスを褒めるためだもの、当然よね…わたしは激しく弾む心音と、熱く火照る頬が気になって仕方がなかった。モモの顔も上気している。


「ほんに仲睦まじき異体同心の主従でいらして…わたくし、これでも自信がございましたのよ。でも奥様方には到底、敵いませんでしたのね。汚らわしい娼女の詰まらぬ自尊心など、お笑い種でございましょうが…」

 そう言いつつも、ブロストマさんは前屈みになって谷間を見せつける。すごい。サイズだけならモモを上回るかも。そ、それに…見えそう。でもショウくんは全く視線が動かない。えらい。


「…仕事に貴賤などありません。いや、寧ろ皆さんの慰めのお陰で、この町の魔物狩たちは再び魔物に立ち向かう勇気を貰えているではありませんか。皆さんこそが、人類を支えているのです」

 ショウくんが、初めてブロストマさんの目をしっかりと見据えて話し掛けた。姐さまは勿論、スイヤさんもナールさんも驚愕の表情で彼を見ている。わたしとモモは顔を見合わせて微笑んだ。


「いや、申し訳ありません。自ら、このお仕事を選ぶ筈がありませんでした。でも…ブロストマさん。それでも、ご自分の仕事に誇りを持っている貴女は、本当に美しく、また尊い方です」

「…ショウ様。例え世辞としても、このブロストマ、疾うに枯れ果てました涙すら蘇る気分でございます。貴方様のご領民は、さぞ幸せでございましょう…」

 豪華な羽の扇子で顔を隠しながらブロストマさんは深々と頭を下げる。スイヤさんとナールさんは額を床にまで付けた。


「世辞などでは…私は、今は何の力も持ち合わせておりません。しかし…いつかきっと…身分に関わらず、男女さえも分け隔てなく、望む生き方が叶う世の中を目指したい。私は、ほんの僅かでもその実現のために…いえ、差し出がましい言い方をしてしまいました。ご事情も知らずに利いた風な口を…この通りです」

「な、なにを…頭をお上げください! これぞ高徳なる貴き血…!」

 三人とも却って動揺しつつも、感動の面持ちを隠せないでいる。


「ナール…ほんに、おまえの目は確かでしたよ…」

「は、はい!…姐さま!」

「スイヤ…しっかりと仕事をして差し上げるのですよ…」

「と、当の前です、姐さま!」


 わたしとモモは誇らしげに彼の後ろを歩きながら、密々(ひそひそ)と話し合っていた。

(ショウくん、本気の本音だからね。さすがよね…)

(ショウくんと出会えて、この世界でも一緒で良かった…)

(この世界、ああいうお仕事の女性、日本よりもずっと肩身が狭いよね…)


 男尊女卑は常識というこの世界。職業差別だって酷いだろう。宿の従業員が夜のお仕事を兼ねることも珍しくないらしいけれど、そういう宿は一段も二段も下に見られている。当たり前のように、対等な人間として彼女たちを遇してくれる男性など…特に地位ある立場では…存在しないのだろうな。


 密々話をしている内に宿まで戻ってきた。さて、本日のメイン・イベントはこれからよ。離れの扉を押し、部屋に上がって担いできた装備などの荷物を降ろしたところで、ショウくんと示し合わせるようにモモに相対した。


「ええと、モモさん」

「…ショウくん、ちょっと待って。リカ、やっぱり変よ? 何かあるのね?」

「モモ。決して悪いことではないから」

 彼女は様々に表情を変えつつ…どれも可愛かった…彼に揺れる眼差しを向けた。


「モモさん」「…はい」

「せっかくの新しい服なので、今日はそれを活かした時を過ごそうと思いまして。モモさんに喜んでいただけるように、細やかながらも準備したつもりです。少し早いのですが、これから出掛けましょう」

「…うん、わかった…わかりました…」

 戸惑いつつもモモがそっと頷く。三人は、モモが短剣で彼とわたしは杖だけという最低限の装備で宿を出た。


 目的のお店「山猫の注文亭」は「袋道亭」から歩いて直ぐの本町の西側、中枢地区にある。本町の西門の周囲には、北砦と同じ高さで天辺が凹凸になっている硬化石の外壁と一体化した内砦があって、その中に代官屋敷と神殿と衛兵本部などがある。そしてこの内砦とその周辺が、中枢地区と呼ばれているのだ。


 食肉組合や伝馬組合や商館などの大きな組織の建物が並び、貴族や郷士や有力平民が住む家屋敷、そして彼ら向けのお店が集まっている。子供に魔法を教える学校もあるらしい。グラファさんの魔具店もこの辺りだし、高級宿も一軒。わたしたちの泊まる「袋道亭」だって中枢地区に隣接しているのだ。


 店構え自体は小さいものの、窓は全て硝子だ。門の先には小さな庭があり各種ハーブが植わっている。正面玄関に近付くと扉が開いて、何故か執事に見える服装の男性が現れて例の挨拶でわたしたちを迎えてくれた。一昨日にエンディルさんとわたしが予約に伺った時にもお会いしたご主人、ディネンさんだ。


「ショウ様、リカ様、そして本日の主役のモモ様。お待ちしておりました」

「お約束のお時間よりは早いのですが、構いませんか?」

 わたしは一歩前に出て、森人貴家の若様の側近、のつもりで尋ねる。


「当の前でございます。森人ご一行様、ようこそ「山猫亭」へ!」

 そう。お店の正式名称は「山猫亭」。でも、お店の方からお客に注文を付ける、ということで町の人は「山猫の注文亭」と呼んでいる。どこかで聞いた話よね!

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