第58話 相談
「モモさん、そろそろ誕生日ですよね」
「!!…………」
あまりにも予想外なショウくんの言葉に、わたしは口を開けただけで、何の音声も紡ぎ出すことができなかった。
「三月になっていた地球から、第三月「華月」の朔日に転生しましたが…惑星年齢が異なる筈ですから季節が合ったのは偶然でしょうが…せっかくのタイミングなのでお祝いをしたいな、と思うのですが如何ですか?」
「…………う、うん、そうよね…何かしたいよね…」
わたしは混乱した頭を何とか整理しようと頑張っていた。リカ、何を意識しているのよ。ショウくんは、大切なモモの誕生日の相談をしたかっただけ。何も、わたしに…また気を遣ってくれて起動操作を先延ばしにするためだとしても…兎にも角にも、まずはモモの誕生日よ!
「…今日は転生十九日目だったよね。モモの誕生日は3月21日だから、明後日にでも…ちょっと時間がないね」
「モモさんも遠慮するでしょうし、何かプレゼントという訳にはいかないと思いますが。例えば中枢地区の飲食専門店で食事する、というのは如何でしょう」
「…そうね。三人とも楽しめる、ということならモモも気が楽よね。予約が必要かな? ええと、フリゾルさんから聞いたお薦めのお店の名前は確か…」
「…「山猫の注文亭」です。紹介と、ドレスコードの有無の確認も必要ですね」
「せっかくだから、注文したブラウスで行きたいよね…わたし、催促してくる!」
「いや、僕が行きます。女性一人で町中を歩くのは危ないです。リカさんはエンディルさんに「山猫の注文亭」の件などを確認してください」
ショウくんを「登仙楼」に行かせるのも…と思ったけれど、わたし一人という方が問題だろう。ヴェイザは直轄領で治安は良いらしい。それでも女性が一人で歩いていることは基本的に無い。一緒に階下に降りて、まだトイレに籠っているモモに「エンディルさんに用が」と声を掛け、外に出て彼を見送った。
「ああ、「山猫の注文亭」ですか。前日までに予約した方が良いですね。魔物狩様は黄銅札か紹介状が必要なのですが、正式な書状でなくとも良いので…今からでも宜しければ、わたしがご一緒しますよ?」
「そうですか。でもお忙しいところ申し訳なくて…」
「いえ、よき客人は是非ともご紹介したいものですから」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
宿から遠くない「山猫の注文亭」は、瀟洒な佇まいの飲食専門店だった。お店の方はエンディルさんとは顔馴染みで、彼女の口添えで予約できた。「ご家名は明かせないのですが、さる森人のご家中の若様と魔術士のご側近と親衛のお嬢様ですよ」と紹介されたので困ったけれど、わたしは精一杯、上品に微笑んでそれっぽく見えるといいなあ…と立っていた。
宿に戻ってエンディルさんと少し話をしている間に、ショウくんが走って戻ってきた。笑顔で頷いてくれる。大丈夫そうだ。女将さんに驚いた顔を向けられてしまったけれど。彼が一人で出歩くのも不自然だったのかな。微妙な表情でお礼を述べた二人はその場を辞すると、急ぎ足で離れの扉を押した。
「お帰りなさい、ショウくん。リカ…早かったのね?」
モモが土間で立ったまま待ち構えていた。
「申し訳ない。ただいま、モモさん」
「た、ただいま、モモ」
モモの笑顔が硬い。当然よね…。ここは何とかしないと。
「あの、あのね。エンディルさん、洗濯場に砂魔術でバスタブを作るのは、退去時に撤去するなら構わないって。それからね、今晩の牛舌のお料理だけれど「赤椒」を使ったお薦め料理があるっていうから、お願いしちゃった。暫く赤椒味は食べていないから、偶にはいいかなって…勝手にごめんね」
「…リカ、有難う~。確認してくれて。新しいお料理も楽しみだから」
モ、モモ…今まで見たことのないような笑顔をわたしに…。
「モモさん、勝手に決めて申し訳ない」
「ううん、ショウくん、本当に平気。お二人が良ければそれでいいの…」
うっ…そういうことではないのに。でも、お誕生日はサプライズにしたいよね? ぎこちない笑顔を返したわたしは、居た堪れない気分で階段を上がった。彼がモモの肩を抱きそうに近付いてそっと耳打ちしている。フォローしてくれたのよね? それとも…わたしは胸の疼きを必死に抑え込んだ。
まだ時間があったので、急いで治療仕事に向かうことに。陽が伸びていることもあり、何とか間に合った。「赤い棘」とは渡し船で入れ違いだった。「私設野外診療所」には患者さんが待ち構えていて、それなりの稼ぎになった。そして、その晩のお薦め料理は「牛頭鬼タンの赤椒炒め」だった。
短冊切りにした舌肉と玉葱や韮葱や玉菜などを一緒に炒めていて、こちらの山椒である赤椒を利かせている。地球だと胡椒や唐辛子でピリ辛に炒めるところだろう。「袋道亭」に移ってからはずっと赤椒味を避けていたけれど、偶にいただくのなら美味しく食べられると分かったのは嬉しい発見だった。
「ね、二人とも。胡椒は反応ある感じだけれど、唐辛子は無さそうよね?」
「私の【調理】だと「黒椒」が胡椒なのかな。唐辛子は…駄目ね」
「僕の【博物学】でも同じです。…どうも、地球の新大陸産に相当するものが全て存在しないような気がしますね…」
「トマトもジャガイモもインゲンマメも無いみたいだからね…」
モモは美味しそうに平らげている。機嫌も直ったようで良かった。
翌日は治療仕事の後にそのまま三度目の狩りに出た。三度目の「逆正直」とでも言うべきか、なかなか牛頭鬼にも藪小鬼にも遭遇しなかったけれど、また新しい事実を知ることになった。もう午前中は諦めてお昼を食べに戻ろうとして、それでも彼が集中して【探知】しつつ帰路についていた時のことだ。
「…微かに魔力だけを感じるような…二度目の牛頭鬼狩りの、藪小鬼の死骸の反応に近いかも…」
ショウくんが、ねじくれた大木の根元の黒い土が覗いている辺りを指した。
「ひょっとして、土の中に…」
「…魔石が埋まっているのかも?」
モモとわたしが警戒を交代して、彼が剣先スコップで土を掘り返した。すると土の中から、まだ肉がこびり付いている藪小鬼の頭蓋骨が出て来たのだ! そしてその周囲を掘り広げると複数の骨などがあり、魔石も幾つか見付かった。
「考えてみれば、魔物の気配は「生体電位」よりも、魔力の…言うなれば「生体魔位」をメインで感知しているでしょうからね。魔力の塊である魔石の位置が分かってもいいでしょうが…逆に魔石だけを【探知】できないのは何故だろう…」
「リカ、魔石ってずっと放置しても魔力が少しずつ消えたりしないの?」
「少なくとも消えるという知識はないと思う。放電してしまう電池より優秀よね」
「それなら、魔具の位置も分かるのかな?」
「ああ、その可能性は有りますよね」
「試してみようか」
ということで早速、実験してみた。結論として、すぐ近くで魔具を動かせば何となく位置が分かるとのこと。魔具だけを持ってじっとしている状態だと、感知できるのは「人間がいるのかも?」だけだった。
「…魔具は起動し放しですから、少しずつ魔力を放出しています。すると「魔具の魔位」が形成されますから、魔具を動かせばギリギリそれを【探知】できるのでしょうね。この藪小鬼の死骸の場合は…そうか、魔角が付いていたからかな。やはり魔物を【探知】するというのは、魔力を通し易い魔角から漏れ出る魔力が作る「生体魔位」を【探知】するのが主で「生体電位」は補助かもしれません」
「なるほどねえ。そうすると、森に埋まっている魔石を探そうとしても、まだ魔石と魔角が骨なんかを介して接触しているような状態の死体の近くを偶然、通り掛からないと駄目?…これは相当に運が良くないと…」
「…そうそう、美味しい話はないってことね…」
「僕の仮説に過ぎませんが。敢えて探すのは、効率が悪すぎると思います」
昼食を食べた後にも再び「玄奥の森」に入った。でも結局この日は牛頭鬼に出会わず、偶々見つけた藪小鬼の魔石以外は藪小鬼5匹の小集団を狩れただけ。ちなみに他の魔物狩の気配を感じても、避けるようにしている。「赤い棘」やマナグさんたち「硬化石の守り」なら良いけれど「怒龍団」には遭遇したくないもの。
今日は人間くらいの大きさの倒木を「魔法袋」に入れて持ち帰った。モモの剣はさすがに鋸のようには使えなかったので、主にわたしの火魔術で上下を焼き切ってから整形した。ショウくんが【浄化】【加速】してモモが【消砂】したので、木材のような綺麗な丸太になった。
離れに移ってからは、早朝などに少しずつ素振りや模擬戦を熟している。「袋道亭」は奥まった場所にあるし、離れの建物の陰なら人目を気にしないで済むから。丸太は投擲の的や打ち込みの相手にするつもり。この世界を生き抜くためには、弛まぬ努力を積み重ねないとね。
そして朝夕の治療と藪小鬼だけでも銀貨40枚を超えた。本当にショウくんが頼りよね…。今のところ一日あたりの生活費は宿代が殆どで銀貨15枚。二人とも生理はまだなので月止薬も飲んでないし、装備更新などの大きな出費を除けば一日銀貨20枚と考えておけば十分だろう。お金はついに銀貨300枚に到達した。




