第54話 牛頭鬼(バイペドルス)
牛頭鬼に追われていることを忘れたかのように、3匹の藪小鬼が迫りくる。次の瞬間、三者三様の攻撃を受けた小鬼たちは絶命した。先手さえ取れれば小鬼は敵ではない。真ん中は【石弾】が胸を貫通し、左は【火矢】に首を吹き飛ばされ、右は【加速】棒投剣を額に生やして地面に倒れ伏した。残るは牛頭鬼のみ。
「あとは任せて!」
「角と腕に気を付けて!」
「油断しないでね!」
モモが剣と盾を構え、わたしはショウくんと共に姿勢を低くする。牛頭鬼は一瞬、立ち止まって藪小鬼に視線を向けたものの、直ぐに頭を低くした前傾姿勢を取り、鋭く湾曲した魔角を先触れとしてタックルのような勢いでモモに突進した。彼女は黒毛猪の時と同じく盾を突き出しながら右に身を躱そうとする。
それを読んでいたかのように、牛男は猛然と左腕を薙ぎ払って重い殴打を喰らわせる。でも彼女もこれは想定済みだ。何しろ、この動きを躱し切れずに一発貰った魔物狩の治療を散々してきたのだから。モモは盾で豪腕の威力を削ぐように流しつつ体を沈め、剣を薙ぎ上げて無防備に伸びた魔物の左脇下を切り裂く。
「ヴモオオオッ!」
姿勢を崩して苦悶の叫びをあげた牛頭鬼の首筋にモモの剣が走る。魔物は派手に赤い血を吹き出して転がった。暫くの間、ビクビクと痙攣していたけれど、それも間も無く収まった。彼女はわたしたちを振り返ると、にっこりと笑って剣を振り降ろして赤い飛沫を散らした…恰好良すぎる。
「モモ、お疲れ様…でもないね!」
「余裕という感じでしたね。でも本当に気を付けてくださいよ」
「うん、油断しないつもり。ショウくんも、リカも、有難う」
さて、素材を回収しなければ。自作の「実用袋」は、牛頭鬼を丸ごと収納できる程の袋口の広さはない。そして「玄奥の森」はまだ浅層とは言え、再度の襲撃を受けるリスクは南の草原の比ではない。
「僕は警戒した方がいいでしょう。モモさん…」
「牛頭鬼はこのまま血抜きしながら、私が処理を始めるね。リカ…」
「わたしは藪小鬼の魔石と魔角の回収ね」
意思疎通に問題の無い、仲良しの三人で良かった。わたしは警戒を疎かにしないよう意識を外に向けつつ、藪小鬼の後頭部を暴いて魔石を取り出し、魔角を折り取っていく。モモは頭と手足の先の切り離しに掛かっている。彼は【探知】しながらも、牛頭鬼を吊り下げるための大枝を探している。
「モモさん、丁度良い枝が近くには無さそうです…」
「…それは仕方がない。リカ、終わったら手伝ってね」
「あと少しだけ、待ってね…」
黒毛猪よりもずっと大きいし、吊り下げられないだけで、こんなに大変になるのね…そして、内臓を取り出して洗浄したり【冷却】で肉を冷やしたりしながら枝肉になる頃、わたしはまた背中の震えと吐き気に襲われることになった。必死で深呼吸を繰り返す。ゆっくりと吸って、吐いて…。
直立二足歩行の人型の魔物は、当然ながら手足が長い。枝肉の状態になっても…いえ、毛皮などが無くなって枝肉になったからこそ…「人型」が強調された姿を晒していた。まるで、これは、人間の…しっかりしなさい、リカ。目の前にあるのは、只の人喰いの魔物の肉塊に過ぎないのよ!
「リカさん、予備の杖を。二本の杖を構えて、外を警戒していてください」
優しいショウくんが直ぐに気付いて警戒を交代してくれる。ごめんなさい。そして有難う…。わたしはモモがバキバキと枝肉を縦二つに分割する音に慄きながらも、杖を構えて周囲を見回した。
「半丸の枝肉にすれば、私たちの「実用袋」の入口も通ったね」
「良かったです。もし、通らなかった場合は?」
「肋骨の下のところで二つに分割するかな。それでも駄目なら、分割した下半分を骨盤のところで更に分けて「骨付もも」と「骨付とも」にする…私、牛の魔石と魔角の回収に掛かるから、ショウくんは毛皮の【浄化】をお願い」
二人がすごい会話を交わしている。モモの【狩猟】と【調理】が無かったら大変だった。彼の【医学】だけでは、何とか皮を剥いで内臓を取り出せても、枝肉にするにはかなりの練習が必要だったろう。
今日は初めての「玄奥の森」での狩りと言うこともあり、このまま引き上げることにした。「実用袋」は丸めてわたしの背袋に入れ、モモは敢えて毛皮を背袋に詰め込んでパンパンに膨らませた。幸い、他の魔物狩たちに遭遇することは無かったけれど、これくらいは警戒しておかないとね。
無事に森を抜けて「私設野外診療所」まで戻ってきた三人は、診療椅子と診療台に腰を下ろして、ほっと一息を吐いた。
「…ごめん、枝肉の形を見ていたら…」
「リカ、言わなくていいから」
モモの顔色も優れなかった。彼女だって健気にも気丈に振舞っているだけなのだ。同じく血の気が引いているショウくんは「せめて【回復】しましょうか」と気遣ってくれたけれど、二人とも精一杯の笑顔で遠慮した。
「ご、ごめんね。ショウくんも有難う。でも、もう大丈夫。モモは?」
「…うん、私も平気よ。もう少し休んだら、お昼にしようか」
今日は狩りに時間が掛かる可能性を考えて、宿にはスープとパンとチーズを用意してもらっていた。手分けして食事の準備にかかる。
「そう言えば、小鬼の時から疑問だったけど…魔角って魔石に比べると安いよね。体積当たりだと十分の一以下よね?」
モモが努めて明るい声音で尋ねてくる。
「魔石は魔力の塊で、この世界の動力源のひとつよね。金属にも魔石粉を混ぜることがある。魔角は魔力を通し易いから、魔具術の道具に混ぜるし、魔木栽培を始めとして作物の肥料にも加える。でも少しだけだからね」
「角と言っても、骨とも角質とも違う感じですが。有機質だとすると肥料には兎も角、金属には僅かしか添加できないでしょうね」
「死ぬと簡単に取れるのは、魔力が消える関係?」
「そこはわたしの知識にも無いの。当たり前みたいに思われているのかな?」
有難う、モモ。敢えてわたしの得意分野の質問をして気を紛らせようとしてくれたのだろうな。声を出して話しているだけでも、気分が落ち着く。大切な、そして今や頼りがいのある、わたしの大親友…ショウくんも…。
「素材を卸すのは、本町の支部まで行った方がいいよね?」
「今の時間帯だったら、北砦の出張所の解体場の手前でも取り出せそうですが…今日は買い物もするのですよね?」
「うん、カリザさんのところか金物店でアイロンを…「火熨斗」ね…探さないと。南側に行こうか?」
カリザさんのお店ではアイロンは売っていなかった。衣服関連とは言え、さすがに守備範囲外だったらしい。その代わりサンダル(「裸履き」だ)を購入した。三足で銀貨1枚と大銅貨5枚。離れの中ではサンダルや素足で過ごすつもり。編み上げの革靴にも慣れてきたけれど、やっぱり靴を脱ぐとホッとするもの。
金物店では、柄杓型のアイロンだと安かった。でも地球そっくりの鏝形のアイロンとアイロン台を購入した。銀貨8枚。高くても使い慣れた形の方がいいだろう。普通は暖炉で温めながら使うらしいけれど、わたしの【加熱】で大丈夫の筈だ。その他、細々したものを買ってから組合へ向かった。
クンディ様は不在で、フリゾルさんが笑顔を向けてくれた。皆まで言わないうちに解体場を確認しに行ってくれて、片眼を瞑って合図してくれる。そのまま同伴して微笑んでいるので、手作り感丸出しの「実用袋」を見られたくないから困った。でもショウくんが彼女の視線を遮るように相手してくれたから大丈夫かな…。
解体場の職員さんも特に袋に注目する素振りは見せずに、黙って査定してくれた。直径1.7cmの中型魔石が大銀貨。枝肉が100kgくらいで銀貨18枚と大銅貨7枚。皮が銀貨1枚と大銅貨9枚、そして大きな魔角が2本で銀貨2枚。藪小鬼3匹の素材は銀貨6枚と大銅貨3枚。締めて銀貨39枚弱だった。
わたしたちはフリゾルさんと職員さんにお礼を述べ、担いできたアイロンなどの荷物を「実用袋」に移し替えた。まだ時間があったけれど、夕方の治療はパスして宿へ戻って離れで一休みすることに。モモが本館の受付で、下の娘さんのベルさんから鍵を受け取った。家具の移動は済んでいるとのこと。
モモは先頭に立って弾むような足取りで離れに向かい、鍵を開けて中に入ると、わたしたちを振り返った。
「お帰り、ショウくん、リカ。お、お帰りなさい………」
「ただいま、モモ…さん」
「…ただいま」
モモの二回目の「お帰りなさい」は、含羞むように消えてしまった。三人とも照れながら顔を見合わせると、自然に肩を寄せ合って離れの扉を潜った。
※次回の更新は、2/28(土)を予定しています。




