ウィラルテの神話:その肆 陣の父
普人は幾歳月も飽くことなく、恒神様に請うておりました。
「我らに杖を使う才が乏しいことを口惜しく思います。森人のような才を賜りたいとまでは申しません。然れども、少しでも技の恵みを普人どもにお分けいただく訳には参りませんでしょうか」
恒神様は御言葉を下賜されませんでしたが、使徒様を御遣わしくださいました。
「余が陣を刻み、技の才なき者にも使えるようにいたそう」
こうして始原の魔具士、陣の父グラバナン様が顕現されたのでございます。グラバナン様は普人のお姿でございましたが、常に森人の姫がお傍におりました。その果てもなき叡智の多くは、人族の理解の及ばぬものでした。
「グラバナン様。幼き種族には早かったようでございます」
森人の姫がグラバナン様に囁きました。
「止むを得ぬ。石の板に陣を刻むほかあるまい」
グラバナン様は石板に魔法陣をお刻みになりました。
「杖使いの魔力と合わせ陣を光らせれば、火も水も砂も風も出せる」
その一筆書きの陣に杖使いの魔力を通わせますと、妙なる光とともに肆の技の素が湧き出たのでございます。
「おお、これは有り難きことでございます。然れども」
「畏れながら、杖使いが居らぬ場では、長く使えません」
「手立てを考えるとしよう」
頭を捻られたグラバナン様は、何年もお隠れになりました。或いは何十年もの時が過ぎたという伝えもございます。そして終に姿をお顕しになったグラバナン様は、晴れ晴れとした若々しいお顔で普人の長を呼ばれました。使徒様に寄り添われる森人の姫も別人の如きお姿でした。
「細かき陣を刻む棒が要る。鉄の針はないか」
「鉱人が得意とします」
普人の長は鉱人の匠に御掲示を伝え、鉄の針を拵えさせました。
「細かき陣を刻む場が要る。銅の板はないか」
「普人でも作れます」
普人の長は普人の鍛冶師に御掲示を伝え、銅の板を誂えさせました。
「魔石を陣に繋げ、その魔力を移すとしよう」
「獣人が鬼を狩り、魔石を集められましょう」
普人の長は獣人の頭に御掲示を伝え、鬼狩りで魔石を集めさせました。
鉄針と銅板と魔石が揃ったのち、グラバナン様は森人の姫に御指示され、杖使いを普人の元に遣わしました。
「銅の板に鉄の針で陣を刻み、魔石を繋ぎ定着すれば良い。石の魔力ある限り、肆の技の素を使うことができる」
「有り難き幸せにございます。陣を刻み、定着する業を修めましょう」
魔具技は、生まれつきの才に恵まれなくとも、業を習い修めれば陣を刻むことができます。普人はその弛まぬ努力により魔具技を親から子へと伝えました。杖使いが居らねば起動することは適いませんが、拙き普人の杖使いでも魔石に魔力を分け与え、魔具を使い続けることが適ったのでございます。
森人、普人、獣人は言うまでもなく、魔法を好まぬ鉱人も魔具を使うことを受け入れました。鉱人は鉄の道具や地底の石と引き換えに魔具を求めました。相変わらず森人と鉱人の仲は険しいままでしたが、それでも人と物の行き来が増えましたので、人族の暮らしは少しだけ豊かになったのでございました。
グラバナン様はお去りになりましたが、新たなる使徒様が顕現されたのでございましょうか。それとも魔具士たちの腕が巧みになりしが為でございましょうか。何時しか魔具技はひとつひとつ段を上がり、終には杖と同じ伍段の技をも定着させることが適ったのでございます。ト・アペイロン!




