第51話 仮説
「この世界の魔法は論理的な法則に従っていますよね。勿論、地球の物理法則からすると信じられない法則ですが…」
「そこは、剣と魔法の世界に転生してきた時点で…」
「リ~カ~?」
「ごめん、モモ。ショウくんも話の腰を折ってごめんなさい…」
「「!!」」
翌日。朝の治療仕事を終えた三人は、再び魔法袋に【拡張】【軽量】を付与すべく挑む前に、彼の仮説を拝聴していた。
「…い、いや、その通りですから。ええと。火魔術を例にとると、第一段階で火を出して、それを動かす。第二段階で火を飛ばして、物を温める。第三段階で火の球を飛ばして、火を消せる。そして他の魔法、特に四魔術の内容は予想できる」
彼の言う通り、四魔術は同じような順番で段階を上がっていく。どれかひとつでも上の段階の魔術が分かれば、他の属性の魔術の内容も見当が付く。
「それで、ですね。やはり第一段階魔術が全ての基本ではないかと。つまり「火を出して、火を動かす」が…」
う~ん、彼は何を言いたいのだろう? モモも首を傾げている。
「例えば【火矢】は火を矢のように打ち出そうとして、実際に打ち出していますが…正しくは「火を目標地点まで移動させる」ではないかと」
「ショウくん。つまり【火矢】を目標に当てたいとして。別の方向に向けて打っても当たるのでは、ということ?」
モモが納得したように確認する。ええと、つまり…?
「そうです。但し第二段階習得状態だと手から離れた直後にコントロールを失いますから、結局は目標に向かって真っ直ぐに魔法を放つしかありませんが…」
「…と言うことは、例えばわたしは第五段階習得済みで、第二段階の【火矢】は…第五段階の【火壁】を杖先から6mくらい先に出せるようになったから…撃った直後の6m以内だったら、コントロールできる?」
「一瞬ですからね。やはり同じことかもしれませんが。杖の向きが違うだけでも、特に対人戦では有効かと」
本当だったら凄いことでは? でも、わたしは【魔法学:第二段階】なのに知らなかった。「魔法概論」や「魔法全集」に書いていないということだ。その次の専門書「火匠の技」で触れられるのだろうか。でもこんな魔法の根幹に関わることは、入門書の「魔法概論」で言及されて然るべきだと思うのに。
「…恩寵魔術は、また別という感じですが。例えば光魔術の治療系統は、免疫系に働きかけて治癒を促進しているというよりも、正常な状態に「復元」しているような気がします。一瞬で治りますからね」
「でも、ショウくんの光治療は、一瞬で治るのを驚かれるよね? 普通は違うということだと思うよ?」
モモの当然の疑問に、彼は迷いながらも仮説を披露してくれた。
「こちらでも魔物や動物を解剖しますが、肉眼レベルの観察ですからね。この世界は血液循環説も妖しくて、感染は「癘素」という瘴気説の段階で、各臓器の役割も誤解していたりしています。神経は魔素の通り道とされていますしね」
そうなのよね。肝臓は「血の庫」だし膵臓は「胃の保護材」だし…。
「僕だって一般向けの医学書を眺めただけの素人ですが、それでもこの世界の光魔術士や医師…医術士ですが…と比べると、桁違いに正しい医学知識があります。その差が反映されている可能性があるかと…」
彼の「眺める」は「理解して記憶する」だと思うけれどね!
「…つまり、体内組織の役割まで理解して「健常に戻す」とイメージするのが「正解」だけど、肉眼レベルで「元の形に戻す」でも大丈夫という神様の「救済措置」があるのでは、と。「病原体を消す」が正解の筈の【浄化】が「癘素を消す」でも大丈夫になっていますからね」
神様のサービスで「瘴素を消す」でも病原体が消えてくれるということね。
「そうすると、「正解」と「救済措置」で、魔力消費量や必要時間や…効果まで変わるかもしれない?」
「リカ。それこそが、ショウくんの治療が一瞬で、しかも綺麗に治る理由かもね」
ああっ…これは本当に、この世界の魔法の働き方の解釈として正しいのかも、という気がしてきた。それに…。
「青光魔術が、光が当たる表面にしか効かないことも…そもそも細菌の概念がない世界で体内に効果を及ぼせると腸内細菌を消してしまって大変なことになりますから、「救済処置」で「表面だけ」になっているのでは?」
「そうよねえ。役立つ細菌まで消えたら…」
「…下手したら、死んじゃうのよね?」
「逆に、僕が青光魔術を体内に作用させられたり遅発性の筋肉痛を治せたりするのは、現代の医学知識という「正解」を知っているからで。正解を理解して「有害な或いは不要な病原体だけ消す」「過剰反応した神経を鎮める」という意識操作をすることで、本来の光魔術の効果を引き出せているのかもしれません」
「きっと、そうよ! この仮説を時空に当てはめると「正解」が重要だから…」
「【拡張】【軽量】を同時に流そうとするよりも「空間が拡張して重力も軽減するのに隅々まで手が届く袋」をイメージすると成功し易くなるかもしれない。問題は、宇宙空間とも異なるそんな時空を具体的にイメージできるのか…」
「…そこが時空魔術の難しさ、ということね? でも、ひょっとすると…」
視線を交わし合って、互いの言いたいことを悟った。モモが口を開く。
「ショウくん。リカ。「拡張袋」の中を覗いたときにね。私も二人と同じく、思い出したことがあるの…」
三人で揃って頷き合う。袋の中は、ある筈の布地が見えなかった。色が無いのに、明るくも暗くもなかった。果てしなく広いようでいて狭いようでもあった。何もかも曖昧なこの感じ。転生前のあの場所、わたしたちの魂が漂っていた霧煙る薄明の世界と似ているのではないか…。
「…恒神様の声をお聴きしたあの場所をイメージして、起動操作をしてみようと思います。リカさん、お願いします」
成功した。成功してしまった。あの薄明の時空を経験した者ならイメージし易いとしたら、これは途轍もないアドバンテージでは! わたしも時空をとるべきだった…と同時に心の片隅に微かな違和感が頭を擡げた。でも、わたしは又もや感じた「ショウくん」に気を取られて、それどころではなくなった。
…あなたの傍にいると心から安心するの。あなたも同じなのね。嬉しい!
「これなら【遅延】まで付与した完全版の「魔法袋」も、いけそうな気もしますが…いや、無理かな」
ショウくんがモモと話しながら、わたしを窺ってきた。紫の瞳が目に入った瞬間に、思わず視線を逸らせてしまった。
「そう? ショウくんなら大丈夫だと思うよ」
モモが可愛らしく小首を傾げているだろう声が聞こえる。鎮まれ、わたしの心臓。お願い、鎮まって…お願いだから…。
「…それに、僕たちの目的は、牛頭鬼などを狩場から組合の解体場まで運ぶときに楽をすることですよね。素材はその日のうちに買い取って貰いますから、時間遅延効果は必要ないと思います。取り敢えずこの「実用袋」を使ってみるのが良いと思いますが、如何ですか?…それに、この袋はお金や衣服などの保管に役立ちますから、バラさないで確保しておきたいですよね。「完全版」は、また袋を始めから作りましょう。僕も、なるべくお手伝いを…」
ショウくんが長々とこれ以上の「魔法袋」が直ぐには不要という理由を並べ立てる。…ごめんなさい。勿論、わたしの動揺を感じ取ってくれたのだ。わたしの心の中まで覚られないといいけれど…。
「…そうね。「完全版」は、新しくお裁縫しないと。まずは、この「実用袋」を使ってみてからよね」
モモも朗らかに同意する。でも、わたしをじっと見詰めるその大きな瞳に、不審の影が過った気がした。
午後からは、また南門から草原に出て魔法の訓練をした。仮説は概ね正しそうだった。わたしの【火矢】は、目標の立木とは別の方向に杖を向けつつ「あの木に火矢を移動させる」と意識して撃ち出したところ、射出直後に鋭く曲がって目標の立木を貫いたのだ! 視線だけは目標に向ける必要があった。
ショウくんの棒投剣は、方向転換はできなかったものの「あの木に加速して移動させる」と意識して投擲直後に【加速】すると、弾丸のように立木に突き刺さった。モモは第三段階だからか、第三の【石弾】の射出後に方向を変えることはできなかった。ちなみに杖は「予備用」という名目で二本、買い足している。
良いことは重なるもの。「赤い棘」に会えないものかと急いで夕方の治療に赴いたところ、ナナさんが町の中から現れて吉報を伝えてくれた。ヴェイザ脇街道を南に下ると到達するネップ村に連絡を取った結果、リコヤン兄弟は四日前にネップ村を通過して更に南に去っていった、とのこと。
そして少なくとも昨日の朝の時点で、髭兄弟はネップ村に戻っていない。村を迂回したとしても、ヴェイザとネップの間にはアウストリ川に注ぐ川があり、街道が通っている橋を必ず渡る必要がある。そして橋の傍にある衛兵詰所(これが「ヴェイザ地誌」の「馬継所」よね)の衛兵は、彼らの姿を目撃していない。
その情報は昨夕に組合にもたらされ、「赤い棘」には今朝、伝わった。彼女たちは独自に彼らの活動を調べたりしていたけれど、あまり収穫が無かったとのこと。そして午後に「袋道亭」へ伝えに来てくれたものの擦れ違いで、ナナさんが砦の北門の外まで探しにきてくれたのだった。申し訳ないことをした。
「ネップ村を南へ下って最初の町はフォルカラッドですが、彼らは恐らく更にその先…或いは大回りで北に…旅を続けた可能性が高いと考えています。少なくとも当面は、彼らに関しては安心して良いと思いますよ」とはナナさんの弁。わたしたちはホッとして宿へ戻った。明日からは、狩りに出ても良いのかもしれない。
※次回の更新は、2/21(土)を予定しています。




