第50話 失敗
転生十四日目。朝の治療を熟し、モモのいい笑顔に気圧されているグラファさんから月止薬を購入して宿に戻ったわたしたちは、【拡張】と【軽量】を付与した「魔法袋」である「実用袋」に挑んだ。でも残念ながら、起動に失敗してしまった。魔法陣そのものは問題ない、と思う。
【拡張】と【軽量】の魔法陣を繋げるのではなく、二つを組み合わせた複雑な魔法陣を彫る。第二段階魔具だ。魔法袋の本体も、昨日の【拡張】魔法陣を彫った魔銅板を取り外して入れ替えただけなので問題ない筈だ。両方を付与するには時空魔術の第二段階が必要だけれど、彼は第四段階なのだから、絶対に問題ない。
実際の起動操作は…彼が先に【拡張】の魔法を流し、続けて【軽量】を流す瞬間にわたしが【定着】した。その結果できたのは【軽量】のみの「軽量袋」だった。これは予想通り。続いて彼は、両手を使って左右同時に【拡張】【軽量】を流した。今度は「拡張袋」ができたり「軽量袋」になったりした。
僅かでもどちらかの魔術が強かったり、発動時間が長かったりすると、その魔術の袋になってしまうらしい。「恰も拡張と軽量が融け合うが如く、時も力も等しく混ぜ合わせよ」だから、練習あるのみなのかな。それよりも…。
「リカさん、何度も申し訳ない…モモさんも失望させて…」
「ショウくん、謝ることなんてないよ。時空は難しいのだし、私も口からの【石弾】を目標に当てることは、まだできないし。ね、リカ。…リカ?」
「…ご、ごめん。そうね。わたしの【定着】が下手なのかもしれない…」
わたしは激しく動揺していた。起動操作の瞬間、毎回「ショウくん」を感じたから。組合の資料室で読んだ「魔具心得」の記述は「杖使いの魔力を受け止め、その魔力の質を解し、魔法陣に固定せんと祈るべし」だった。杖使いの、その…「心」を感じるなんて書いていなかった、と思う。
そう言えば「魔力の質を理解するには魔法の素質があれば問題ない」とあったので、わたしは大丈夫と思って読み飛ばした部分もあったかもしれない。確認しないと。それにしても「魔力の質」…これは魔法の種類を見分ける素質とか能力だと思っていたのに…杖使い本人の性質も窺えるという意味なのだろうか。
グラファさんが彼と「白灯」魔具を起動操作した際には「強くて良質な魔力をお持ちだ」としか言っていなかったのに。今日は二つの魔術の魔力を何度も流したから、気の所為などと片付けることはできなかった。はっきりと「ショウくん」を感じた。彼の「心」を。彼の「人格」すら…。
…ショウくん。優しくて誠実で頼りになる男性…とても安心する…
「…僕はご存じの通りモモさんとは比べものになりませんが、一応はピアノを弾けます。左右で同じ楽譜の曲を弾くイメージとか、左右で違っても一つの曲として調和するイメージを試したのですが…」
「ショウくん、ラフマニノフまで弾けるひとを「一応」とは言わないのよ?」
…モモさんのピアノ、また聴きたいなあ。こちらの楽器って、音楽って、どうなっているのかな。ふふ、有難う。二人でカノンを連弾したの、覚えている?…などと会話を続ける二人を横目に、わたしは悶々としていた。
何度か試みているうちにお昼になったので食堂に降りた。昨日は初日と同じオープンサンドだったけれど、今日は肉野菜炒めに豆スープとパンだった。わたしは厨房の「魔焜炉」の魔力補充を申し出た。恐縮されてお昼代は受け取ってくれなかった。魔具を見たかっただけなのに、却って申し訳なかった。
「魔焜炉」は四角くて薄い金属箱の上面に設置した魔銅板の上に五徳が載っていて、そこから複数の火が出る仕組みだ。【火種】を重ねる魔法陣を彫る。火の杖使いと魔具士の習得段階が高いほど、火口の数を増やせるのだ。魔法陣から僅かに離れた位置に火が出現する。不思議なことに、箱は殆ど熱くならない。
そして午後は「登仙楼」で魔物狩服を、革製品店で硬革胸甲などを受け取るために出かけていった。裏手の扉を押した途端に、艶声が響いてきた。
「ショウ様! リカ様にモモ様…仕上がっておりますよ?」
「ああ、茎を伸ばしてお待ちしておりました!」
「ようこそ…」「んん…」「うふふ…」
わたしはモモのマントを引っ張った。「登仙楼」の服飾受付には、今日は何故か別人のようにお化粧をしているスイヤさんとナールさん以外にも、三人の女の子が並んでいたから。しかもこの三人は、流し目に官能的な口開けに両肘を寄せる谷間強調に…と明らかなアピールをしてくる。こういう仕草の意味は共通なのね…。
「お召しになりますよね? 奥でお着替えをどうぞ…ひいいっ!…か、彼女たちは寝明け…いえ、皆さんのご注文品を手伝っている職人です。職人ですから! いえ、殆どこのスイヤが腕を振るいましたとも!」
(モモ? 落ち着いてよ?)
(落ち着いていますよ? リカよりはね?)
(な、何を言っているのよ!)
わたしの大綿製の魔物狩服は、とても着易かった。オーダーメイドの服なんて初めて着たけれど、体がスムーズに動く。でも、体の線が分かるのが気になる。どう縫ったら胸の形がきれいに浮き出るのだろう? いずれにせよ上下で銀貨9枚の価値はある。脚の長い彼のスラリとした魔物狩服姿も、素敵だった。
持参したモモの毛深牛製の魔物狩服と、わたしと彼の魔術士服一式を預け、大綿製のフード付マントを三着、追加注文した。値引きしてもらって三着で銀貨7枚。マントなら中古でも良かったかもしれないけれど、大綿製マントの中古品は、カリザさんのお店ではあまり状態の良いものがなかったのよね。
モモはと言えば、剣の柄に手を掛けた状態で彼の新しい装いに見惚れていた。三人組は直立して震え上がっていたけれど、それだけで済んだ。さ、新しい装備を受け取りに向かわないと。わたしは笑顔のまま杖を仕舞うと、崩れ落ちる三人組に首を傾げながら店を後にした。モモ、その目は何かしら?
「やっと魔物狩に見えるようになったかな?」
「…こんどは二人が魔術士と思われなくなるかも。あ、でも、魔術士も戦いに出るときは武装するよね? 魔術士服は、飽く迄も平時の制服とか、第三段階以上の身分証みたいなものなのよね?」
「近接戦闘に全く対応しない訳にはいかないでしょうからね」
三人とも硬革胸甲と頭部装備に身を包み、本町南側の草原で軽く体を動かしながら魔法の練習も熟した。頭部装備は、わたしと彼が革と綿で裏打ちされた黄鋼製のヘルメット。モモは角耳の感覚と体の動きの邪魔になるということで、T字型の鉢金のみにした。三人で銀貨20枚。再び資金が減ってしまった。
そして今日の門番はガットさんたちでは無かったのだけれど、朗報を聞けた。リコヤン兄弟らしき二人組の魔物狩は、わたしたちと最後に遭遇した翌々日に南門を出たらしい。この情報は組合、というかクンディ様に伝えられたということなので、恐らくマクアナさんたちも知っているだろう。
「ね、そろそろ、牛頭鬼狩りに挑戦してみてもいいのかな?」
「…マクアナさんたちにリコヤン兄弟の情報を確認してからにしませんか? 詳しい消息をご存じかも。それに、馬車や荷車は厳密に検査していませんからね。隠れて入門することは可能だと思います」
「そう言われれば、そうね。荷物を全部解いたりしていないから…」
門を通る時には身分証を確かめることが多い。入町料を徴収することは稀だ…初日にガットさんに驚かれたのは、森人なのに身分証を呈示しなかったからだ、と今では分かる。馬車は中を覗くし荷車は荷を開けさせる。でも「形だけ」と感じることも多い。門番さん次第だけれど…。
「…油断はしない方がいいと思う。悪い奴は彼らだけではないだろうし。私は、口から魔法を出す訓練とか、リカの工夫とか、ショウくんの投擲の練習は続けていった方がいいと思うの」
「勿論、訓練は続けないとね。今後の狩りにだって役立つものね」
「僕も頑張ります。この投げナイフ、棒投剣も工夫しようと思います」
魔力は直ぐに枯渇するから、練習時間は長く取れない。それでも今日は、モモが口からの【石弾】を目標に当てられるようになったし【砂矢】の両手発動も実用化させた。わたしは火魔術の工夫に取り組み、彼は武具店で買った棒投剣の威力増加に挑んだ。時空魔術の利用だ。投げた瞬間に【加速】しようというのだ。
「アイデア倒れかな。魔法の仕組みが分からないからな。「時匠の技」をどこかで読めないものか…いや…」
投擲のスピードは上がる。でも飛ぶ方向が一定しない。モモが回収してくれるけれど、見当違いの方向に飛んだりする。
「…何か勘違いしている気がする…」
彼が考え込む。紫の瞳の深みが増した気がした。
魔力回復の時間を取りながらの訓練だったので、気付いたら時間が押し迫っていた。彼の魔力が乏しいままなので夕方の治療仕事はせずに、組合にも寄らず真っ直ぐに「袋道亭」に引き上げた。彼は夕食までの僅かな空き時間に、魔法の一覧を作って眺めながら思案に耽っていた。




