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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第2章 赤い棘

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第49話 拡張袋

 転生十三日目。朝の治療仕事を終えてから組合の出張所で小鬼ホルトの魔石を2個購入した。1個銀貨2枚と大銅貨2枚だった。組合の手数料は一割? でもガタイの良い職員のウールさんは「買い戻しのようなものだから、お負けだ」と言っていた。外部には銀貨2枚と大銅貨5枚で売る、とのこと。


 勿体なかったけれど、北でも南でも沢小鬼(ガリイホルト)は殲滅してしまったし、はぐれが残っていたとしても探索には時間が掛かるだろう。何より例のリコヤン兄弟のことがあるから、長時間の狩りに出るのは避けたかったのだ。今後の狩りでは、全ての魔石を卸さずに、魔具用に残して置かないとね。


 そして南側の本町に戻って、カリザさんのお店や雑貨店を回って大綿おおわた製の布袋を物色した。「魔法袋」の本体用に使うためだ。「魔法袋」の魔法陣は、当然のことながら袋の内側に向ける必要がある。魔石箱は魔法陣を彫る魔銅板の裏側に設置しても良いので、起動や魔力の追加に支障は無い。


 魔物狩組合の「魔法袋」は本体横のポケット状になっている場所を開くと裏側が見えた。どこかには専用の袋が売っているのかもしれないけれど、購入することはできない。彼が貴重な光魔術より尚、希少な時空魔術を使えることを隠す方針に変わりはない。布袋は大小二つ買った。


 まず小袋の外側に魔銅板を縫い付け、魔石箱の部分だけは魔銅板の裏側で袋の内側に出るように布に穴を開ける。そして大袋の側面を魔銅板大で繰り抜き、小袋の魔銅板を付けた面を大袋の内側に向けて縫い合わせる。更に小袋の反対面は、魔銅板と魔石箱にアプローチするために大きく開くよう加工する。


 わたしはモモが袋を切り抜いたりしている間に【拡張インフラテ】の魔法陣を彫った。魔鉄針で魔銅板に線彫し、魔導墨を流して【定着フィギテ】した。魔石箱を繋げて完成した魔法陣付魔銅板を、モモが小袋に縫い付けたりして魔法袋を組み立てた。ジッパーは存在しないので、ボタンをたくさん使って小袋のポケットが開くようにした。


 わたしのお裁縫は素人同然。モモは少し縫える。彼にマフラーを編んだから。入院中の彼の妹、董ちゃんの洗い物も、彼から奪い取ってボタンの付け直しなどを率先してやってくれた。モモは彼への愛のお陰で女子力が上がり捲りね。わたしだって、お料理も編み物も挑戦したけれど、モモにはとても敵わなかった。


 この間に、彼は水魔術の第二段階【冷凍ゲラーテ】を練習していた。コップに出した魔法水を氷にしようと試みている。水分子の動きを止めて整列させるイメージで繰り返しているそう。もう少しで、という感触があるらしい。わたしたちが「拡張袋」の準備を終えた時には、昼始め(正午)の鐘が鳴り終わっていた。


 彼の魔力も減ってしまったので、宿の食堂に降りてゆっくり昼食をいただいて休憩してから部屋に戻った。いよいよこの世界のマジックバッグの基本形、第一段階魔具である「拡張袋」の起動に挑戦する時が来た。


「わたしの人差し指と親指と、それから魔銅板にも同時に触れるようにしてね」

「…こうですか」「そ、そんな感じで…」

 指先を触れ合いながら二人で円を作るように魔銅板に手を副える。なんだか、共同作業でハートマークを作っているようにも…モモは彼の隣に座って、わたしたちの手元をじっと覗き込んでいた。


「では、いくよ。3、2、1、【定着】」「【拡張】」

 そして、突然それは起こった。


 …ショウくん?


 わたしは無言で二人の会話を聞いていた。

「…これって、成功したの?」

「魔法陣は裏向きですが、光ったのは分かりましたから、多分」

 二人は恐る恐る袋の入口を開いて覗き込んでいる。わたしにも見えた。ある筈の布地が見えない。明るくも暗くもない。どこまでも広がっているようで、狭い感じもする。何もかも曖昧なこの感じ…まるで…。


 彼が袋に手を入れたものの、手首から先が入らない。「魔法袋」は非生物限定だからね。モモが用意していた訓練用の木剣を差し込むと、すっと入っていく。袋の入口の少し奥に達するとブレながら消えていくのだ。そして明らかに袋の高さ(30cmくらい)を超えて木剣が吸い込まれた。


「離してみるよ?」

「どうぞ」「………」

 モモが手を離すと木剣が音もなく落ちて完全に消えてしまった。「魔法袋」は一切、変形もしていない。袋を畳んでも丸めても何ともない。ひっくり返しても木剣は落ちて来ない。続いてモモが恐る恐る手を入れる。

「あれ、木剣がある…」

 モモが手を引き上げると、何もない空間から木剣が出現した。起動成功だ。


「…なんだか拍子抜けしちゃった」

「第一段階の基本魔具なら、僕もリカさんも段階に余裕が有りますしね」

「…リカ?」

「う、うん。いろいろと試してみようか」


 武具や革鎧やお金など、手当たり次第「魔法袋」に出し入れしてみた。まだ【拡張】のみの単機能だから「拡張袋」だ。入口さえ通れば何でも入る。彼の時空魔術は第四段階だから、四十倍に拡張されている筈だ。


 どんどん重くなるけれど、少しずつ袋が膨らんだりはしない。拡張された容量限度に達すると突然、入らなくなる仕組みだ。そして、袋に入れた本人は自由に取り出せるのに、他人の場合は最後に入れたものから逆順でしか取り出せない。この辺りはもう、現実を受け入れるしかないよね。


「ショウくん、次は【拡張】と【軽量レワーテ】を混ぜた「実用袋」よね?」

「この二つの機能が備わっていれば実用に耐えますからね。でも「魔具心得」の記述は「恰も拡張と軽量が融け合うが如く、時も力も等しく混ぜ合わせよ」とあるだけで…上手くできるのかな」

「ふふ、あなたなら大丈夫よ」

「頑張ります…でも、この「拡張袋」は一旦、ばらすのですよね?」


「うっ…リカ、やっぱり、そうするしかないよね…」

「…そうね。新しい魔銅板に【拡張】と【軽量】を組み合わせた魔法陣を彫らないといけないから…」

「頑張らないといけないのは、私たちだったね…でも形はできているし、魔銅板を取り換えるだけだから意外と大変ではないかな。糸とボタンは買い足さないと」

「…そうね…買わないと…」


 夕方の治療仕事のために北砦を目指す道すがら。二人の会話に何とか入りながらも、わたしは先程の「拡張袋」を起動するために彼とわたしの魔力を魔法陣に流した瞬間の出来事に気を取られていた。


 ほんの短い時間だったけれど、わたしの心に直に話し掛けられたような…いえ、違う。魔具士は魔力の流れを受け止めて【定着】する。あれは彼の魔力? その温かさに安心して嬉しくなって…わたしは激しく頭を振った。初めて魔具術を使ったのだし、緊張していただけだろう。リカ、彼のことを意識し過ぎよ!


 その日の夕方は「赤い棘(プカ・キスカ)」には会わなかった。朝は見送ることができたのに。例のリコヤン兄弟も、あの日以来、影も形もない。マクアナさんの推測通り、彼らを告発した彼女たちに遭遇したことで別の町に去ったならいいのに…動静を探ってみるとは言っていた。自分たちに対しても毒牙が向けられる可能性があるものね。


 組合も情報収集をしているらしい。マナグさんたちも「奴らは俺たちにも、一緒に狩りをしないかと声を掛けてきたことがあってね。その時は悪い()()は知らなかったが…断って良かったよ」と言っていた。そして、警戒すべきは彼らだけではない。門番のガットさんたちも「不逞の輩もいる」と言っていた。


 例えば「怒龍団」という中二病丸出しの魔狩隊名のひとたちも、かなり不愉快なのよね。わざわざ姿勢を屈めて、わたしとモモの顔を覗き込むのだ。日本でも男の人の変な視線は数知れず感じたけれど…彼だけが例外だった。いずれにせよ、ここは平和な日本ではない。緊張感を持って過ごさなければならないだろう。


 そして、わたしにはもうひとつの懸念事項があった。月のものだ。わたしは、前回は転生十日前に始まった。今日は転生十三日目なので、そろそろ来てもおかしくはない。一応ナプキンに相当するものはカリザさんに貰っている。でも布で綿を包んだだけのものだ。吸収力など期待できない。彼に何度も【浄化プルガーテ】をお願いするのは、とても恥ずかしい。


 月止薬を購入しておいた方がいいのだろうか。正直なところ、近代医学以前のこちらの薬は不安だ。地球のピルより優秀で、確実に月経が止まって副反応も殆ど無くて…その、避妊効果も完璧…とされてはいる。でも、きちんと統計を取ったりはしていないだろうから、どこまで信用していいものやら。


 勿論、月止薬を飲み始めたところで彼は変に誤解したりはしない筈だ。彼は只の友達だもの…大切だけれど。付き合っている訳ではないもの…ひとつ屋根の下で暮らしているけれど。うん。モモと相談して、明日にでも買いに行こう。地球のピルと同じく、月止薬も月経初日から飲むのが一番、効果的だしね。

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