第48話 起動
グラファさんと名乗った店主さんが「白灯」魔具を手に取って小鬼の魔石を嵌め込む。四角柱で壁は全面ガラス張りだ。光量調整のツマミも付いている。勿論、オフにはならず最弱から最強までね。地球の現代のランタンと似ている。グラファさんが壁の一面を開いた。魔法陣は容器の底にある。
「それでは、ショウ様」
グラファさんに促された彼は、魔法陣が彫られた魔銅板の上に二人で輪を作るように彼女と一緒に手指を添えた。
「わたしが【定着】しますから、同時に【発光】を流してくださいよ。宜しいですか? 3、2、1…」
「「【定着】【発光】」」
魔法陣の線刻を光が走り抜けて全体が輝く。その輝きが消えると同時に、魔法陣の少し上の空間に白い光球が浮き出るように出現した。起動成功だ。
「これは…大変に強くて…良質な…魔力をお持ちでいらっしゃる」
グラファさんは感心しながら魔具の扉を閉めた。天井部分には反射板もあるし、かなり明るい。宿で借りる角灯と比べると正に月とスッポンだ。「登仙楼」で小耳に挟んだ共通語の表現だと「龍鬼と小鬼」ね。
「あの、グラファさん」「なんでしょうか」
感心して「白灯」を眺めていたら、モモが遠慮がちに声を掛けた。
「薬術士も兼任されているのですよね」
「…わたしは残念ながら魔具の才能はそれなりでね。【定着】できるのは第四段階の魔具止まりだ。なので、薬術も勉強しまして。ひと通りの薬は置いていますよ。ああ、月止薬ですか?」
グラファさんは何故かわたしの方を見て言う。確かに月止薬は価格を確認したいところだけれど。モモが尋ねているのに何故? それに彼の前では…だって月止薬の目的には…わたしは頭を振って雑念を追い払った。
「お幾らになるのですか?」
微妙に動揺した彼とわたしの反応を無視するように、モモが尋ねる。
「組合札はお持ちですか?…この町では、ひと月分24粒で銀貨36枚ですよ」
わたしの【薬術:第二段階】の知識から推測すると、かなり安いという印象だ。二人で毎日、銀貨2枚半くらいの固定生活費のアップと考えると、今のわたしたちの稼ぎでも大丈夫だと思う。
「…在庫は常にあるものでしょうか?」
「月止薬は丸薬ですしね。ヴェイザでわたしから買うのがお勧めですよ?」
グラファさんは不審そうな表情をする。
三人はそういう関係で、服用していると思われたのだろうな。いずれにせよ転生十二日目だし、日程的にも考えないといけない。結局、今日のところは「月止薬」は見送り、魔具製作の道具と「白灯」魔具を銀貨50枚で購入して(予想よりも負けてくれた)魔具店を後にすると、砦の北門の外へと急いだのだった。
「今日はたくさんお金を使ったけれど、朝夕と治療仕事をしたから…丁度、魔具店で使った銀貨50枚くらいの赤字で済んだね。これでも「済んだ」と言えるくらいには余裕ができたよねえ」
その晩。宿の夕食をいただきながら、わたしたちは今日一日を振り返っていた。銀貨50枚の赤字でも、残金は銀貨100枚を超えているもの。常に銀貨100枚(金貨1枚)の余裕は持ちたいよね、と話し合っている。
「楼主のホーラさんのドレスは弾絹製よね。やっぱりモノが違うって感じだったよね。リカ、弾絹で可愛い下…お洋服を作るの、楽しみだよね?」
「…う、うん…そ、それより、あちらの「月とスッポン」がこちらの「龍鬼と小鬼」なのね。恒神様は、魔王はいないと仰っていたけれど、龍が付く魔物はいるのよね…「英傑の勲功」では何度も登場するけれど、今でも出るの?」
わたしは内心の動揺を抑え込みつつ、彼に話を振った。
「…「博物小覧」には詳しい情報が無いですね。恒神様が光魔法や時空魔法をこの世界に授けられる切掛けとなった、四魔術では相当の高段階でないと倒せない魔物です。龍と翻訳されますが飽く迄も人型ですから、大きさは3m半くらい。魔物の森からは、数十年に一度という頻度でしか現れないようです。でも、魔物の森は相当数ありますからね…」
「…どうやって倒すの?」モモが首傾げで尋ねてきた。
「そうね。「英傑の勲功」に「聖剣」や「聖珠」を使う英雄の話があったよ」
「聖剣は存在するのね。聖珠って?」
「光魔術の第六段階で【聖武器】という属性剣を術者本人が使えて、第七段階の【聖性付与】で他人も使える属性武器になるから、これが聖剣だと思う。もうひとつの第七段階が【聖珠】で、これが光魔術版の【火球】みたい」
「高段階の魔術はファンタジーそのものなのね。ええと、確か魔具の上限は…」
「うん。四魔術の魔具は第六の属性剣までだから、例えば「焔剣」はお金さえあれば手に入る。でも光の魔具は第五まで、時空の魔具は第四までしか存在しない。第七の【属性付与】は魔導師が単独で起動できる代わりに魔石無しだから、光属性の「聖剣」は他人に渡しても数秒間しか使えないの」
「第七段階以上の魔導師は【定着】もできるのね。物理的な攻撃は効かないの?」
「書物では詳しく描写されていない。脚色されているだろうし…でも、大きな岩とか、名剣とかを使って何とかして傷を負わせていたかな。頑丈で魔法耐性もある皮膚を破れば、四魔術の攻撃も通るようになるから。高段階ならね。でも第十段階の究魔導師どころか、魔導師だって何人くらい存在するものやら…」
「剣の達人というのも…高段階相当だと、すごく少ないよね?」
「うん…たぶんね…」
特に普人の高位の杖使いは、四魔術でも少ない。四魔術は第五段階で魔匠士、第七段階で魔導師だけれど、百人に一人くらいしかいない普人の杖使いの中でも、魔匠士に達するのは更にその百分の一、魔導師は千分の一くらいらしい。究魔導師なんて猶更よね。高段階の光魔術士は言うまでもない。
剣の達人だってそうだ。【剣術:第五段階】のモモが、ここヴェイザの魔物狩では恐らく最強なのだ。第十段階相当の剣豪なんて、この帝国全体でも何人いることやら…。「龍鬼」もその下の「蛟鬼」も本当に強敵になるだろう。どうか、わたしたちには縁の無い魔物でありますように。
「…そう言えば、グラファさんはご自分のことを「才能はそれなり」と言っていましたが、要するに【魔具術の素質】を持っていない、と言うことですよね?」
何故か会話から外れていた彼が、やや猪突に話題を変えた、ように感じた。モモを窺ったけれど、彼女は疑問に思わなかったみたい。わたしの気の所為ね。
「それに関しては微妙なのよね。「魔具心得」で「魔力の流れや質を感知できないと【定着】させられない」ってあったよね? それこそ「素質」だと思うのに…」
「う~ん。僕たちと「我等世」の人とでは、スキルの条件と言うか、獲得の仕方も違うかもしれませんからね…」
これはもう、考えても仕方がない。こちらの人は、自分のステータスを見ることができないのだから。
「…私が月止薬のことを聞いた時、グラファさんは何でリカの方を見ていたのかな。私、ショウくんの奥さまには見えなかったのね。やっぱり、リカだけが…」
モモが爆弾発言を投げ込む。これはどうフォローすれば。頼みの彼も固まっている。わたしは鼓動が大きくなるのを感じながらも考えを巡らせた。ええと…。
「ほら、薬術士として優秀だと、見ただけであれになりそうか、分かるとか?」
「…地球でもそんなこと、できなかったのに…」
瞬殺だった。ええと…ええい、ままよ!
「こちらでは分かるかもよ? 地球とそっくりの惑星でも魔法があるし…そ、それに「登仙楼」では…わ、若奥さまが二人も、って言われたじゃない?」
「…ん…そうね…ホーラさんたちの見立ての方が間違いない…よね?」
モモが桃色に染まった顔を上げて、彼をチラリと見やる。わたしも頬が熱くなるのを感じて動揺してしまった。リカ、何を意識しているのよ。そういう関係に見られる方が余計なトラブルに遭わないし、実際には奥さまでも恋人でも何でもないもの…彼はお友達で、パーティ仲間なのよ…掛け替えのない大切な…。
暫しの静寂のあと、顔を伏せたままの彼が口を開く。
「…そ、それでは、明日の予定だけ決めて、今日は上がりましょう。部屋で日誌を書いたりして「白灯」の明るさを確かめませんか?」
「う、うん!」「…それがいいと思う」
わたしは何とか答えを返した。続いて明日の予定をぎこちなく決めていった二人の会話を、頷きながら黙って聞くことしかできなかった。何故か重くなった胸の奥の閊えを振り払うのに必死だったから。
※次回更新は2/12(木)を予定しています。




