第46話 手に職を
「あ、娼館?…娼館って、あの、その、夜のお仕事をする…?」
「おや、知らないかい。森人さまの地域だって娼館があるだろう?」
わたしたちはカリザさんのお店で絶句していた。魔物狩服などを新調するお店として紹介されたのは、何と娼館だったのだ。どうして娼館で仕立てを?
「ほら、花を売ることができる時期は長くないだろう? だから公認の娼館は娼女たちの手に職を付ける手助けをするよう、定められているのさ。帝国内は、どこも同じじゃないのかい?…三人ともやはり、相当の良家の出で居なさるということ。いや、やはり貴族さまのお忍び…でも森人こそ…」
わたしたちの様子を見て余程の世間知らずと思ったのか…世間どころか、文字通り世界を知らないけれど…カリザさんは首を傾げながらも説明してくれた。
それによるとヴェイザの公認娼館は二つ。表向きは未亡人と連れ子が働く宿屋。ひとつは歌舞音曲を教えている。もうひとつの「登仙楼」という娼館が今回紹介してくれるところで裁縫と髪結を教えている。衣服の直しから仕立てまで、また散髪や結髪を請け負うらしい。髪結は理容・美容の両方ということだろう。
「…「登仙楼」の楼主は娼女あがりの女傑でしてね。本業で役立つから、唄や奏や舞を教える娼館が多いですけどね。そんなものは生涯の仕事にならないと言って、娘たちに裁縫と髪結を仕込むことにしたとか。特に、今は殆ど専業で裁縫をしている腕の立つ娘がいてね、お薦めですよ」
口調が丁寧になったカリザさんの説明が続く。勿論、商会や服飾専門店で注文することも可能だ。しかしこの町の服飾店は自前の職人を抱えておらず、結局は娼館や平民女性の内職の織り手や、他の町へ下請けに出す。そもそも、これらのお店を利用するには正式な紹介状か、魔物狩なら黄銅札が必要だ。
「なるほど、大変に興味深いですね…あっ…違いますよ? 本業では無くて、服を頼めば女性たちの独立の手助けになると考えると一石二鳥という意味です!」
空気を凍らせるモモの悲しげな殺気を受けた彼が慌てて説明する。カリザさんが混乱した顔でモモを見ている。上下関係がどうなっているのか、と思ったのだろう。上下関係と力関係は別なのよ?
「…でも、その…無理やり何かされたりとかは、大丈夫でしょうか?」
わたしは恐る恐るカリザさんに尋ねた。
「ああ、そういうことですか。服を仕立てるなら入口も別ですし、公認娼館はそんなことしませんよ。危ないのは添女宿で…まあ、ショウ様を見た娘たちがどう反応するか…でも、お二人が一緒なら」
モモが落ち着いてさえいれば、問題ないということね。
翌朝。治療仕事を終えてから「登仙楼」裏手の服飾受付を訪れた。服は展示されておらず布地などが積んであり、パタパタという音が聞こえる。言語で「編機」「縫機」が反応する。髪結所の方は娼館の表に併設だそう。彼が声を掛けると誤解されそうなので、わたしが対応する。三人ともフードを深く被ったままだ。
「すみません。カリザさんのご紹介で、服の仕立てをお願いしたいのですが」
組合札を呈示しつつ、カウンターのようなところに座って縫物をしていた女の子に話し掛ける。お化粧もしていないし普通の服装だけれど、やっぱり夜のお仕事をされているのかな…。
「ああ、カリザさんの。有難うございます。どういったご注文になりますか?」
「ええと、わたしたち三人の魔物狩服と…これから着るものなので大綿製がいいと考えているのですが…あと、肌窄着と肌窄袴は夏用の薄い大綿製で、革鎧の下に着るので濃い染色の生地で男女一着ずつ。それから…」
肌窄着は肌シャツ、肌窄袴はレギンスね。「窄」は「せばめる」だから体にピッタリした服だと分かる。
「胸袋と股穿きは、弾絹製の価格を知りたいです。色柄形は、どこまで指定できますか? いえ、皆さんのご本業用のものを見せていただけると…」
天使の美声が横から被せるように割り込んできた。モ~モ~!
(ちょっと。誰に見せるっていうのよ!)
(えっ? 決まっているじゃない)
(ええええっ?)
チラリと彼を窺うと、空気になろうと努力したけれど失敗したという表情だ。
(き、今日のところは、今着ているのと同じデザインで。ね? お願い!)
(…仕方ないなあ。今日のところは、だからね?)
興味深げに目の奥をキラリと光らせながら窺っていた受付の子が口を開く。
「それでは採寸を…殿方からになさいますか?」
「いえ、わたしたちからでお願いします。…暫くお待ちになっていてください」
「ショウ様、そこから動かないでくださいね!」
「…ハイ」
「な、なんという…あたしらなど「龍鬼と小鬼」! ブロストマ姐さまでも…これぞ使徒様。これこそが使徒様!…少々お待ちを。スイヤ、手を止めて表へ! それから楼主さまは、お手隙でしたっけ?」
わたしたちがフードを降ろした時点で絶句され、採寸のために脱いでいったところで、受付の子は仰天して人を呼びに奥へと駆け込んでしまった。肌着姿なのに。まさかこの状態で無理やり引き込まれたりしたら、と思ったけれど、それは杞憂に終わった。杞憂は「鳥憂」なのね…。
「なるほど。先日カリザさんから薄手の肌窄着と肌窄袴の直しを注文された方ですね。この数字で本当に合っているのかと疑問でしたが…納得です。正に理想的なお体。是非、このスイヤにお任せを!」
顔も体も地味な雰囲気の女の子、スイヤさんに張り切られてしまった。この人がカリザさんの言っていた良い腕を持つ娘さんらしい。続いてドレスを着た中年女性が奥から現れた。ナールさんと名乗った受付の子とスイヤさんが頭を下げて畏まる。カリザさんが女傑といっていた楼主さんだろう。
「これは、これは…「龍鬼と小鬼」というのが大仰な表現ではないとは。ああ、ご挨拶が遅れまして。当「登仙楼」の楼主でございます、名をホーラと申します。以後、どうぞ御馴染みに…」
ゆったりとした例の挨拶で頭を下げられた。ドレスは決して派手ではないけれど光沢があって如何にも高級そうだ。これが弾絹製かな。何歳くらいの方だろう? お化粧はしっかりしているけれど毳しくない。穏やかに微笑んでいるものの、切れ長の目の奥は鋭く光っている。遣り手の女実業家という雰囲気だ。
世間話をしながらスイヤさんが採寸してくれた。でも「どちらのご家中の?」とか「ご修行は順調で?」などの答えられない質問が多く、結局、魔物狩の話題に落ち着いた。どうやら今年は沢小鬼だけではなく、他の魔物の出現も増えているらしい。良いことを聞いた。そして勿論「例の騒動」が発生している。
「この生地は…この縫製は…形状も完璧!」
スイヤさんが、神様製のわたしたちの服を手に取って感動したのだ。ホーラさんも覗き込んで目を見張った。
「あの、胸袋とかはこれに合わせて作っていただけると…」
「…努力いたします。可能ならば預けていただけませんか?」
「いえ、それは…替えを持ってきていないので」
「では新調したあとに、一式を預けていただけませんか?…その分、お値引きいたします。楼主さま、構いませんか?」
「ふむ。お前がそこまで言うんだ。確かに帝都のどこの職人が作ったのやら、という極上品だね。纏めて注文してくださるようだし、値付けはお前に任せるよ」
「有難うございます!」
話が勝手に進んでいる気もしますけれど。でも日々暖かくなっていて、特にモモの毛深牛製の魔物狩服は季節に合わなくなってきている。お安くなるのなら預けてもいいかも。次は、店の表で待っていた彼の番。わたしたちも、恥ずかしいけれど彼を一人にする方が心配だから同席する。全裸にはならないことだしね。
「…な、なんて美しい森人さま…」
「ああ、信じられない…」
「これぞ、真花の使徒様…」
フードを降ろしただけで、この有様よ。続いて彼は(恐らく)ブリーフだけになって全身を採寸される。わたしたちは当然、後ろを向いたまま耳だけは澄ます。
「お体も完璧…神々しいほどの…こ、これは…」
「うっ!」「なんてこと…」「なるほど…」
空気が妖しくなっている。ちょっと時間が掛かりすぎじゃない? モモの雰囲気が険しくなる…やっと終わったらしい。彼が急いで服を着ている。着終わった頃合いを見計らって振り返ってみると…。
「…羨ましいです」「どれほどの…」
スイヤさんとナールさんの目が女になって、艶めかしい光を湛えている。わたしは必死にモモを目顔で制した。
「わたくしも二十ばかり若ければ…おやおや、ほんの戯れですよ。これほどの麗しき若奥さまを二人も抱えていらっしゃるのですもの。身籠りなさった時まで、お待ち申し上げておりますよ?」
彼が突撃寸前だった猛虎の前に立ち塞がるようにして笑顔を向けた。忽ちモモは、ふにゃふにゃと可愛らしい子猫に変わる。さすがよ…多分、彼は森人基準でも美形なのだろうな。若奥さまというのは誤解だけれど、あまりにも美形だから、わたしたちが羨ましいということ…よ、ね…?
全て大綿製で、魔物狩服上下三着が銀貨27枚。濃茶色の夏用シャツとレギンス二着が銀貨7枚。夏用ブラと紐パン二組が…紐パンは何とかしたかったのに「同じデザインって言ったよね?」とモモに押し切られてしまった…銀貨6枚。彼の夏用ブリーフ二枚が銀貨2枚。靴下3足が銀貨9枚。合計銀貨51枚を、完成後に「神様の衣服」をひと通り預けるという条件で、銀貨40枚まで引いてくれた。
魔物狩服二着はわたしと彼が早く使いたいので最優先で作ってもらう。完成は明後日の夕方。思ったよりも早い。艶やかに彼に微笑みかける彼女たちに見送られたわたしたちは、どっと疲れた気がしながらも…直ぐに彼が【清浄】してくれたけれど…「登仙楼」を後にしたのだった。




