第45話 大きな土筆(つくし)
「…このへん…」
ブレーザさんが指し示した倒木の陰には、独特の形の茸がいくつも生えていた。
「うん、これが「網頭茸」だと思う。高級食材よ!」
「大きな土筆みたいですね。傘の部分が網目状になっているから、網頭茸ですか」
(地球だと、モリーユね。シコシコして独特な香りと旨味があるの)
わたしたちは三日振りに北門外の「私設野外診療所」に赴くと、並んでいた患者さんを彼がてきぱきと治療し終えるのを待って「赤い棘」の面々と落ち合い、北門の南側の草原を下流側へと進んで、アウストリ川沿いに広がる河原の近くまで分け入っていた。襲われた土手の対岸あたりになるらしい。
わたしと彼の硬革胸甲の仕上がりは明後日。まだ二人の魔物狩服を用意していないし、狩りに出るのは早くても数日後だ。そこで今日は北門の南側草原で採集しようと、先日この辺りの沢小鬼の調査を行った彼女たちに植生などを尋ねたところ、網のような傘の茸が生えていたという情報を得たので探しに来たのだ。
本来ならば沢小鬼が彷徨く場所だけれど、「赤い棘」が巣を三か所とも殲滅済み。但し戦果は昨日の合同調査より少なかったそう。対岸に拠点を移しつつあった可能性が高いらしい。道中、数匹の残党にばらばらと出くわしたものの、斥候のブレーザさんたちだけで片が付いた。小鬼は群れなければ怖くないからね。
駄目元で案内を兼ねて同行してくれないか申し出たところ、マクアナさんたちは快諾してくれた。牛頭鬼を狩りに来たであろう彼女たちからすると、いくら網頭茸が高級食材で高く売れるとは言っても稼ぎとしては微妙では、と思う。報酬の配分も4:1を提案したのだけれど、半々でいいと譲らなかった。
例のリコヤン兄弟のことを心配してくれているのかもしれない。獣人のモモがいることも大きいだろう。そして何より、彼の人柄のお陰だと思う。その優しさや誠実さに感じ入ったからこそ、わたしたちのような新人を気に掛けてくれるのだ。二人と一緒で本当に良かった…。
網頭茸は少し湿ったところを好む。実際に、倒木があったり地面がフカフカしたりしている場所に生えていた。柄の部分は白っぽくて、縦に長い薄茶色の傘の部分は襞々の網目状。全長は大きいもので10cmを超える。食べ過ぎると、特にお酒と一緒に食べると悪酔いするため、わたしの【薬術】の知識に含まれていたのだ。モモの【調理】や彼の【博物学】では名前だけの情報だったそう。
この世界の茸は野生種が多い。栽培されているのは「泡茸」(マッシュルームらしい)など数種だけ。茸は夏から秋に生えるものが多く、この時期に採れる茸は限られる上に網頭茸は高級品とのこと。これらのことを教えてくれた「袋道亭」の女将さんは、良いものは一本銀貨1枚以上なので手が出ない、と言っていた。
「変わった香りだねえ…全て取ってしまっていいのかい?」
ひくひくと鼻を動かしながらマクアナさんが尋ねてくる。
「そうですね。指先…これくらいより小さいものは残してください」
「分かった。よし、おまえらも頼むぞ」
「「「承知!」」」「お願いします!」
普人女性たちが散る。彼は敢えて立っている。マクアナさんたちには貴族仕草に見えるかもしれないけれど【探知】で警戒してくれているのだ。わたしたちは範囲を広げて網頭茸を採集していき、百本くらいの茸を集めることができた。銀貨何枚くらいの稼ぎになるか、今から心が躍る。
(モモ、本当に変わった香りよね。濃厚というか何というか)
(そうね。私も食べた経験は少ないけど…ええと、向こうと同じだったら、茸の香り以外に、土の風味や、お肉やお魚の風味も混じっていると言われるみたいよ)
(どういう風にして食べるのが美味しいのですか?)
(ミルク系の濃厚なソースが合うの。加熱すると更に力強い香りと旨味が立って、ソースに負けないから)
わたしたちは小声で話していたのだけれど、ナナさんには何となく聞こえたらしい。明らかに驚きながらも、それでも納得顔で(やはり累代のセルウァで兄妹同然にお育ちに?…だからこんなに仲睦まじく…)等、密々とマクアナさんと話しているのが聞こえてきた。セルウァって何だろう…。
「ふう。生き返るねえ」
「…本当に魔法は便利ですね」
マクアナさんとナナさんがしみじみと言う。
「ショウ様、リカさんも有難うございます!」
「狩の途中で温かいものが食べられるなんて最高で!」
「出す方の心配もいらないなんて、あたい感激!」
「…タング、下品…」
わたしたちは早めのお昼休憩を取っていた。昨日の合同調査では、わたしたちは「溢れ鍋亭」の豆スープとパンとチーズを持参したけれど、彼女たちは干肉にパンとチーズだった。魔法が使えないと火を熾すのも時間が掛かるし、警戒も必要なので、お昼は食べないか簡単に済ますのが普通らしい。それはそうだろう。
昨日は、彼女たちのパンをわたしの【加熱】で温めてあげて、彼が出した魔法水に「甘苦茶」の葉を入れて温めたお茶を提供したのだけれど、今日はわたしが温められることを知っているので、スープも持ってきていた。わたしたちも「袋道亭」で用意してもらった昨夕のシチューの残りとパンだ。
昼食を済ませた後は、他の薬草も探しながら、「赤い棘」が死骸を放り込んだだけで放置していた沢小鬼の巣穴を三か所ともわたしの【火球】で崩した。川沿いだった対岸と異なり、少し陸側に入った土手沿いの巣穴だった。ひと休みしてから、早めに町へ引き上げることに。北砦の組合出張所では茸の鑑定はできないと言われたので、本町の支部まで赴いて換金した。
「お待たせしました。それでは査定の結果です。沢小鬼の魔石と魔角が11匹で銀貨23枚と大銅貨1枚。沢小鬼の巣穴の処理に特別手当として銀貨10枚。薬草類が銀貨3枚と大銅貨6枚。そして網頭茸ですが…」
ここでクンディ様は微笑みながら一同を見渡した。
「間違いもなく状態も良かったので…光魔術が使えると大違いですね…116本で銀貨83枚と大銅貨7枚とさせていただきます。内訳が必要ですか?」
彼が皆の表情を確認してくる。マクアナさんたちも異存はないようだ。実はわたしが巣穴の処理をして「赤い棘」の注意を引いている隙に、彼の【浄化】に加えてモモも【消砂】したから、とても綺麗なのだ。
「いえ、その金額で異存はありません」
「配分はどうなさいますか?」
「クンディ様、半々でお願いしますよ」
彼が口を開く前にマクアナさんが答えた。クンディ様は眉を上げたものの、いつもの優しい微笑みとともに頷いた。
「マクアナさん…」
「いやいや、ショウ様、困りますよ。既に決めたことです。それに【清浄】やら【加熱】やら…【火球】も何発も…半々でも、わたしらの取り分が多いですよ」
昨日と逆の会話になってしまった。わたしとモモは彼に目顔で頷いた。
「では、ありがたく…」
彼が右拳を左手に当てて頭を下げる。わたしとモモもタイミングを合わせる。
「いえ、そんな…頭をお上げください…」
マクアナさんとナナさんは居心地が悪そうに身動ぎする。貴族は平民に頭を下げないものなのだろうか。でもクンディ様もわたしたちに頭を下げるよね。いえ、飽く迄も彼に対してということね…。
わたしたちは大銀貨6枚と大銅貨2枚を受け取ると、組合の玄関前で解散した。彼女たちは明日から牛頭鬼狩りに出るらしい。わたしは優しくて頼もしい女魔物狩たちの後ろ姿を見送りながら、どうか彼の光治療が活躍するような事態に陥りませんように…と心を籠めてお祈りした。
今日は朝の治療仕事と合わせると銀貨90枚も稼ぐことができたので、夕方の治療仕事はお休みすることに決めた。そして宿に帰る途中で、魔物狩服を新調するお店を紹介してもらおうとカリザさんの中古服店に寄った三人は、衝撃的な事実に接することになったのだった。
※次回の更新は2/7(土)を予定しています。




