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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第2章 赤い棘

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第44話 袋道亭

「それでは。沢小鬼ガリイホルトの巣を二つ発見して群れを殲滅。成体39匹と幼体42匹の魔石と魔角が合計で銀貨110枚。巣穴になりそうな洞窟の排除に特別手当として銀貨10枚…事前の取り決め通り、4:1の配分で構いませんか?…では「赤い棘(プカ・キスカ)」に銀貨96枚、ショウ様に銀貨24枚で。基本給として「赤い棘」に銀貨60枚、ショウ様に銀貨15枚。以上になります」


「ショウ様、本当に宜しいのですか?」

「はい。僕たちの取り分が多過ぎるくらいですよ」

「いや、ショウ様は何度も【表癒クラウデ】や【清浄エウェッレ】などで魔力をお使いに…」

「…皆さんには、護衛していただいたようなものです。魔術士として、せめて魔法で支援させていただかないと」

 彼は、さも当然という口調で頭を下げる。

「…そこまで言っていただいては…それでは、有難く…」

 マクアナさんとナナさんが、例の挨拶をして深々と頭を下げでくれた。


 こちらに来て地球との違いに驚くことも多いけれど、地球と変わらないと驚くことも、同じくらい遭遇する気がする。正直なところ、魔物が跋扈する昔の世界だからもっと殺伐としていて、自分のことばかり考える人たちが多いのでは…と危惧していた。でも、そんなことは無かった。


 他人に対する気遣いや敬意、そして善悪とか正直さといった概念が同じで、その価値が大切にされている人類社会で本当に良かった。勿論、リコヤン兄弟のような輩もいるし男尊女卑は残念だけれど…神様が実在する世界だから? 使徒様って、やっぱり恒神様がその御姿をお顕しになった存在なのかもしれない。


 それでも、彼の優しさや誠実さは格別なのだと思う。貴族はもっと偉そうにする筈なのに、ということかもしれないけれど。クンディ様も、うんうんと頷いているし、マクアナさんたちも心を打たれているもの。わたしたちは「赤い棘」と再会を約して組合を出ると、暗くなってきた道を「袋道亭」へと急いだ。


「お待ちしておりましたよ」

 宿へ到着したわたしたちは、女将さんのエンディルさんに迎えられた。三人でこちらの挨拶を返し「荷物を置いてきます」と断ってランタン、もとい角灯と鍵を受け取って三階の四人部屋へ向かう。モモは硬革胸甲と革服を脱いで魔物狩服に着替え、確認がてら順番に「浄化便所」を使ってから食堂へと降りて行った。


 そうそう、わたしとモモが彼に体内【清浄】で膀胱を空にしてもらっているのを見咎めた「赤い棘」の面々にも、彼は「処置」してあげたのだけれど…「聞いたことがない!」と、それはもう驚愕していた。慌てたわたしたちは、頭を下げて口外しないように頼み込んだのだった。


 ここ「袋道亭」はその名の通り、道の行き止まりに位置している。そう、『指輪物語』のあの屋敷、ビルボとフロドの家と同じなのだ。神様がご存じなら「袋小路亭」と訳されたかも。北砦で泊まった宿より小ぢんまりとしていて、バッギさんとエンディルさんご夫妻と娘さん二人で切り盛りする、家族経営の宿だ。


 昨夕、「クンディ様にご紹介いただきました」と今晩の宿泊を予約した際には「伺っておりますとも。まあ聞きしに勝る美形揃いでいらっしゃって、正に使徒エランダ様のよう…」と丁寧に挨拶されてしまった。寡黙なバッギさんは料理担当。上の娘のエプレさんは16歳で下の娘のベルさんはまだ14歳だった。


 でもベルさんでも、わたしたちと変わらない年齢に見える。二人とも雀斑?が目立つ愛嬌ある子だ。美人のフリゾルさんに反応しなかったモモが、心配そうに彼を窺った。こちらでは早くから働くのが当たり前とは言え、健気な二人に心を動かされるとでも思ったのかな。いえ、彼の妹、菫ちゃんを彷彿としたのね。


 一学年下の董ちゃんは長く入院中で、わたしとモモは何度もお見舞いに伺っている。彼の妹に相応しい絶世の美少女で、しかもとてもよく出来たいい子なのだ。彼のことを凄く慕っていて、彼もまた、董ちゃんをそれは大切に思っているのが伝わってきて、モモが羨ましそうな素振りを見せることもあったから…。


 「袋道亭」は一泊朝夕食付で一人銀貨3枚。その日の朝までに申し出れば、夕食は「赤椒」無しの味を選べる。その他の条件、「浄化便所」と角灯一人一台一刻分の油付きは同じ。少し高いものの「離れ」もある。モモが激しく興味を示していた。それより夕食よ。当然のことながら赤椒無しの方を選んである。


 メインは浅皿にお肉少々と白人参に黒人参と韮葱を煮込んだもの。ここまでは、まあ同じね。別皿は玉菜 (キャベツね)と玉葱とベーコンっぽいお肉の微塵切りの炒めもの。お椀に緑色の豆のポタージュ。例の茶色いパンにチーズ。お味の方はどうだろう…うん、美味しい。間違いなく今までで一番ね!


「メインのお肉は黒毛猪くろいのししかな。でも時間を掛けて煮込んでいて柔らかいね。ベーコンは「燻製塩豚」で反応するから、たぶん、それね。豆スープは豌豆かな…こちらでは「緑豆みどりまめ」か。地球でも干豌豆を裏漉した「ピースープ」は欧州家庭料理の定番ね。何かの出汁とハーブが利いて、濃厚ながらも爽やかな後味で…」

 我らが食の評論家、モモ様が解説してくれる。


「玉葱は、日本ではもっと季節が進んでから収穫するよね…でも考えてみれば全部が全部、同じってことはないよね?」

「そうね。でも玉葱の風味のお陰で野菜炒めも更に美味しくなっている気がする。そう言えば生野菜は出てこないけど…ショウくん、やっぱり衛生上の問題よね?」


「モモさん、そう思います。こちらでは肥料は人糞…失礼、油粕や裏作の作物の鋤き込みも使うみたいですが、寄生虫のリスクがありますからね。ところで寄生虫は【浄化プルガーテ】で消えてくれるのかな…」

 わたしとモモは若干の不安を覚えながらも、それでも彼ならば何とかしてくれそうだという安心感が勝り、美味しい食事を気分良くお腹に収めていった。


 お部屋は北側で泊まった二軒よりやや狭い。でもベッドを三つに減らしてくれていたので、寧ろ空間には少し余裕を感じられた。今日の依頼仕事では、衝撃的な映像が記憶に刻まれてしまった。それでも「赤い棘」の皆さんからは、学ぶことが多かった。精神的な疲れからだろう、三人とも直ぐに眠りに落ちた。


 朝食も初めてのお料理だった。麦粥にチーズという献立だったのだ。麦粥は小麦粉を牛乳で溶いた、とろりと濃厚な食感。微塵切りの野菜と黒目豆と緑豆が入っていて、食べ応えがあった。そして、なんと卵も使われていた。卵は完全に溶いて混ぜられていたので最初は分からず、ひと匙、口に入れた後にモモが気付いた。


「こちらにサルモネラ菌がいるのかどうか分かりませんが、確か75度以上に熱すれば良かったと思います。この調理法なら大丈夫そうですが…念のため、体の中も【浄化】しておきましょう」

「お願いね。目立つかな?」

「…仕方がないよ」


 バッギさんやエンディルさん、気を悪くするかな?と思ったけれど、背に腹は代えられない。幸い、特に何も反応されなかった。忙しそうだったしね。卵のコクが加わることで、とろとろの小麦粉粥にお野菜やお豆がアクセントという食べ慣れないお料理でも、十分に美味しく感じられた。


 彼によると、古代ローマ時代の麦粥「プルス」に似ているかも、とのこと。

「貧しい人は小麦粉を水で溶いただけで、裕福な人は牛乳で溶いて卵とチーズと蜂蜜を入れたものを、当時は豊かさの象徴だった「カルタゴ粥」と呼んでいて…チーズと蜂蜜が入らない塩味の麦粥だから違うかな…」

「小麦粉なのにザラザラした触感は残るのね。茶色いのは麦の皮の色?」


「リカ、たぶん地球でパスタに使うセモリナ…デュラム小麦とか、古代小麦みたいに皮が硬くて、皮ごと粗挽きの小麦粉にしているのだと思う。ああそうか、そういう小麦だとパンも膨らみにくくなるから、いつものパンの平べったいあの感じになるのかも。硬いけど弾力がある食感も、そのせいね」

「無理に皮を剥くと、歩留まりが悪くなるということですね」


 お食事にも宿の皆さんの人柄にも惚れ込んだわたしたちは、当然のように今晩の部屋も確保した。一週間単位で(こちらでは六日で一週ね)予約してくれたら合計で銀貨48枚になるとのこと。合計金額は大きかったけれど、額を寄せて少しだけ相談して、思い切ってお願いしてしまった。


「お部屋も清潔でお食事も美味しくいただけましたし、何より皆さんのお持て成しに心休まる時間を過ごせました。これから長くお世話になりたいと考えておりますので、宜しくお願いいたします」

「い、いえ、こちらこそ!…お顔をお上げください。陋屋ろうおくでは御座いますが、仮宅のひとつのようにお寛ぎいただけますよう、精進いたします」


 丁寧に挨拶をした彼に倣ったあと、従者然とした態度でわたしが銀貨48枚を支払った。今日は「赤い棘」との約束もあるし、できれば北門の外で朝の治療仕事もしたい。わたしたちはカリザさんのお店に寄ったりはせず、急ぎ足で町を横断して、渡し場へと向かったのだった。



 J.R.R.トールキン『ホビットの冒険』(袋小路屋敷)

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