第40話 縄抜け
「第一段階時空魔術【拡張】で縄抜けできるのでは、と思いまして」
二刻(二時間)くらいは休憩しただろうか。二人ともそれなりに気分が落ち着いてきた。わたしは【復調】をとっているから、魔力の回復は早い筈だしね。彼が何かの蔓を解体刀で切って集めてきて、そのひとつを自分の手首に巻き付けた。蔓がブレたかと思った瞬間に、四方に飛び散る。
「モモさん、後ろ手で縛ってくれませんか?」
「うん、わかった…これでいい?」
今度も問題なく飛び散る。ゆるく縛った感じだったけれどね。
「目で見えていなくても、縛られる部分に手が含まれていれば発動できますね」
「必ず、手を縛るだろうしね」「…後は距離?」
「そうですね。お二人で試させてください」
少し怖い気もするけれど…つい、迷ってしまったわたしを他所に、モモが率先して両手を揃えて差し出した。何故か自分を叱りたい気分になりながら見ていると、1mくらい離れたところから発動された【拡張】は無事に蔓だけを吹き飛ばした。モモが飛び切りの笑顔を咲かせる。
「あの、わたしもお願い」
近くにいたモモが素早くわたしを縛ってくれた。彼は10mくらい先まで離れた。発動しない。少しずつ近付きながら繰り返し試す。4~5mくらいまで近づいたところで、蔓が弾け飛んだ。
「杖無しだと4mくらいが限度みたいです」
「でも、これなら十分よ。安心できたよね」
「リカ、火魔術で縛られたロープを燃やすのは?」
「…確認した方がいいよね。火傷しても光治療で治してもらえるから…」
彼にすぐ傍で待機してもらって、後ろ手に縛った蔓を焼き切れないか試すことに。指先を何とか手首の蔓の近くに向けて【火種】を出したのだけれど…。
「熱っつ!」「【表癒】」「あ、有難う…」
やっぱり、こうなるよね。でも、イザという時にはね。
「あの、リカさんに痛い思いをさせてしまった後ですが…火の杖使いが縄を焼き切ることは想定されていますよね?」
…そう言われれば、そうかもしれない。
「でも、そうすると…杖使いを縛ろうと思ったら、この世界ではどうしているのかな。罪を犯したときに捕まえるとか、そういう場合もあるよね?」
「…水で濡らした綱だと焼き切るのは難しくなる? あとは縛り方…そうね…腕は両脇で下向きに伸ばして固定して、それとは別に体全体を簀巻きにするとか…」
モモが怖い想像をする。直ぐには思いつかないけれど、杖使いに効果的な捕縛の方法は在るのだろうな。衛兵のガットさんは勿論、クンディさんも知っていそうだけれど、聞く訳にはいかないよね…。
モモも試すことになった。縛られた状態で無理やり【石弾】を発動できるかどうか。獣人のモモは魔法を使うとは想定されないだろうから、試す価値がある。逆に獣人は力が強いと想定されるから、蔓ではなく解体用に買ってあった麻綱で手首を後ろ手に緊く縛ってから試した。
「痛ったあ!」「【表癒】」「ショウくん、有難う…」
指先を上に向けて縛られた手首を指す形で発動したからか、【石弾】は縄を引き裂くようにしてモモの背中から飛び上がった。【石弾】を発動した瞬間に綱が引っ張られて痛かったらしい。やはり試して良かった。
「モモさん、手をよく見せてください。背中も当たりませんでしたか」
彼が心配してモモの手を取り、抱きかかえるような姿勢になって背中を確認している。光治療は跡形もなく治るから、大丈夫だと思うけれど…。
「…有難う…ショウくんのお陰で安心できるよ?」
自然に触れ合った手の感触に、モモが頬を染めている。
「リカさんは、痛みはないですか」
「わ、わたしはほら、何ともないから。光治療、すごいよね…」
わたしは彼の手が触れる前に両手をかざして無傷をアピールしてしまった。彼がはっと反応して、慌てて手を引っ込めて話題を変える。モモの溜息が聞こえた気がするけれど、空耳よね。最近、多いのよね…。
「モ、モモさんが言ったように体を簀巻きにされたりすると…いずれは体のどこからでも魔法を出せるようになるかもしれませんが、今は無理ですからね…その場合も第四段階時空魔術の【頑丈】なら対応できるかと」
「ショウくん。【頑丈】って、そもそも具体的にはどういう魔術なの?」
「ええと『術者を万象から隔てる』ですね。万象ということは魔法も防げる、という意味でしょう。外部からの干渉を一時的にキャンセルするのかな。沢小鬼の時も、棍棒が当たる感覚が突然、消えましたし。リカさんの知識では…」
「うん。恩寵魔術、特に時空は極簡単な説明だけだから、同じね」
この世界の魔法は論理的というか、一応、科学でも説明できそうな仕組みになっていると想像している。棍棒が当たる瞬間に棍棒の時間の流れを止めるとか、当たった場所の空間が拡張して跳ね返っているとかなのかな。そう言えばあの時、もうひとつ、気になることがあったのよね。
「ね、沢小鬼に襲われたときにね。確かに棍棒が跳ね返ったけれど、沢小鬼も弾かれるように離れた気がするのよね」
「そうでしたか。僕は見えていませんでしたから…」
「…時空魔術って、発動中は一瞬だけど視界がブレる感じになるよね。魔物も異変を察して嫌がるのかな?」
「そうか。魔物の視点で考えるのも重要かもしれませんね…では【頑丈】を張ってみますから、殴ったり魔法を当てたりしてください」
わたしとモモは顔を見合わせて、実験に協力することになった。モモが訓練用の木剣で、わたしが【火矢】で試すことになったものの…緊張してしまう。
「それでは、どうぞ」
モモが恐る恐るという感じで彼に木剣を当てる。
「あ、あれ…本当にバリアがあるみたい」
モモが力を籠めたのに、彼の体から少しだけ離れた空間で木剣が宙に浮いたままだ。彼が口を動かしているのに聞こえない。万象を隔てるのだから、音も遮断されるのね。モモが木剣を離した。
「あの時は気付きませんでしたが、音も伝わりませんね。長時間だと窒息するかも。次は思い切り当ててください」
「え…でも…そ、そんなこと…リカ、お願い!」
モモが必死の形相で頼んで来る。仕方ない。体育で相手にボールを投げることさえ躊躇するモモには無理。特に、愛しの彼に対してなんて酷よね。
「それでは遠慮なく、どうぞ」
「い、痛かったら直ぐに【治癒】してね?…ご、ごめんなさい!」
わたしは目を瞑って彼に木剣を振りつけた。途轍もなく硬いものにぶつかった感覚とともに強い反動が手に伝わり、思わず木剣を取り落としてしまった。音もしないのに、何というか…そう、ぼんやり歩いていて電柱とかにぶつかったときのような…突然の衝撃が手に伝わってきたのだ。
驚いて両手を見詰めたわたしに慌てた彼が手を差し伸べてくれて、先程と似たような遣り取りを繰り返してしまった。モモが木剣を拾いながら、溜息を吐いている。ひょっとすると空耳ではないのかも…。
「こ、これなら矢でも鉄砲でも…抱筒ですが…大丈夫かも。次は【火矢】でお願いします。真っすぐに跳ね返ると危ないので、入力角度を斜めにしてください」
今度は大丈夫という確信があったものの…それでも発動には決心が必要だった。なんと【火矢】は反発することなく、その場で霧散してしまった!
三人で顔を見合わせ、モモの【石弾】でも試すことに。やはり【石弾】は粉々になって砂に戻り、その砂も消えてしまった。
「…魔法は「魔素に還る」?…それなら物理的な干渉も、その物体の直前の時空まで戻しているとか…?」
彼が悩んでいる。わたしやモモに問いたげな視線を向けてくるけれど、分からないから! 二人して顔を左右に振る。
「…現実を受け入れるしかありませんね。そろそろ魔力が厳しいので最後にもうひとつだけ。モモさん、リカさん。綱が勿体ないのですが、僕の胴体をしっかりと縛り上げてください」
そう。第四段階の時空魔術士である彼は、対象物の大きさにもよるけれど、第四の魔術は数秒程度しか使えない筈だから。
わたしたちは「痛くない?」「緊くない?」「いや、そうしないと意味が…」などと会話を交わしながら、綱で彼の体をぐるぐる巻きにしていった。
「それでは、発動します。【頑丈】」
頑丈な麻の綱は文字通り粉々になった。




