第39話 秘密の訓練
翌日。わたしたちは早起きして敢えて朝の治療はせず、何度も後ろを気にしながら朝一番の渡しに乗って、南側の本町に向かった。行動パターンを少し変えようと思ったのだ。あれ、船着き場の形が変わったような…短くなっている!
「ああ、増水に合わせて桟橋を取り外すからな」
三人で変わったよね?と話していたら、すっかり顔馴染みとなった船頭さんが話し掛けてきた。そうか、どうも船着き場が揺れる…と思っていたけれど、浮き桟橋だったのね。そう言えば川幅も広くなっている気もする。
渡しの間のほんの短いお付き合いだけれど、船頭さんたちは気持ちの良い人たちだった。軽い世間話でも、わたしたちには十分に役立つ。これも彼の力が大きい。あんな丁寧に挨拶をする人は他に居ないし、多少の怪我の治療は無料で提供しているから。船頭さんたちも、返礼として渡し賃をサービスしてくれる。
例の2人は見掛けなかった、と思う。幸い、宿の食堂は暗いうちから開いているので朝食も摂ることができた。この世界、本当に朝も夜も早いのよね…。そして、モモを先頭にお店を開けるところだった武具店に到着すると「張り切っているな。用意できているぞ!」というヒヨルさんの声に迎えられた。
新調した硬革胸甲を見せてくれる。バスト部分が繋がった双球に盛り上がるベスト型だ。胸とお腹と背中で別れていて、革紐と鋼片で繋がれている。お腹は硬革が重なって腹筋みたいに見える。肩当ても硬革を重ねた形状で、いずれも動き易さ優先のため。硬革の表面はカチカチなのに、全体を動かすと靱やかに変形する。
モモは試着のために奥で着替えることになった。その間に、最初から持っている鉄短剣を研いでもらおうとヒヨルさんに見せたところ…。
「ショウ様、これは? 只の鉄短剣なのに、業物みたいじゃないですか!」
…忘れていた。恒神様がくださった剣だから「完璧な鉄短剣」なのよね。
「ええと、然る方に伝手がありまして…特別に頂いたものです」
彼が説明する。嘘は吐いていない。文字通り「特別」だけれど。
「ううむ…銘は無いか。名のある工房の親方が弟子の見本用に作ったのか?…ショウ様、その親方が鉱人の名匠だとしても、全く驚きませんね」
…然る方って、鉱人の匠どころか恒神様だけれど。でも、予想通りドワーフと音訳される鉱人の鍛冶の腕は別格なのね。
「あの…。口を挟んでも宜しいでしょうか」
わたしは従者仕草で、彼に発言の許可を取る。
「…構いませんよ」戸惑いつつも合わせてくれた。
「ヒヨルさん、仮にこの短剣を売るとすると、如何ほどの値になりますか?」
「そいつは難しいな。見事な仕上がりとは言っても所詮は鉄短剣だ。魔物狩には高くは売れない。工房に見せれば興味を惹くだろうが…この町の親方は凡庸な腕だからな。そうだな…もっと大きな町の工房を訪れたときに見せると良い。初見客でも扱いが異なってくると思うぜ。そういう使い方をお薦めするよ」
わたしたちは感心してお礼を述べ、次いで彼とわたしの防具の相談に移った。対人戦…それも対弓矢…の可能性が生じたからね。その結果、モモとは異なり革服は着ずに、肩当て付き硬革胸甲と腰回りにぶら下げる鋼片入りの革裾(佩楯と言うらしい)と長籠手を魔物狩服の上に装備することになった。
魔物狩服は体にピッタリした詰襟でボタンが表に出ない比翼仕立てだけれど、これは鎧下を兼ねているためだったのだ。これから購入するなら、モモが持っている毛深牛製ではなく大綿製だろう。日々、着実に暖かくなってきているからね。これはカリザさんのお店で既製品の直しか、新調するかを相談することに。
牛頭鬼の硬革胸甲は、わたしがカップ部分のみを新調して銀貨20枚、彼は中古品の微調整で銀貨12枚。佩楯と長籠手は男女同じ値段で銀貨5枚と銀貨6枚。二人合わせて銀貨54枚のところを銀貨44枚に…いつも思うけれど、元からこの価格なのでは。表情に出てしまったのか、ヒヨルさんは「この町は牛頭鬼が大量に狩れるから、革製品はかなり安いのだぞ」と説明した。
あとはモモも含めて頭の防御だ。ヘルメット型の黄鋼兜が銀貨10枚くらい。鉢金に革帽子ならもっと安い。モモは角耳があるから加工代が必要。マクアナさんとナナさんは、兜に穴が開いているだけだったと思う。これはマクアナさんたちの兜をよく確認してから、ということになった。
モモの装備の微調整は、急ぎでお願いして午後一番に仕上げてもらう。その間に午前中は、南門を出て魔法の訓練をする予定だ。危険だからと反対されるかと思ったけれど、彼も試したいことがあるそうで、相談の結果、門からあまり離れないように気を付けて訓練することに落ち着いたのだ。
「ショウ様、お久しぶりです。お陰様で腕は腫れもせず、至って快調です!」
南門に向かうと、初日以来の再会となるガットさんとキパリさんが立っていた。
「…それは何よりです。僕の名前は、組合からお聞きになりましたか?」
ガットさんは、しまったという表情をしたものの、すぐに真面目な顔になって「クンディ様から聞きました」と肯定した。相棒のキパリさんが苦笑している。
「僕たち、門からあまり離れない場所で訓練しようと思っています…そう言えば、あまり素行のよくない2人組の魔物狩がいると聞いたのですが、ガットさんたちは何かご存じですか?」
ガットさんはキパリさんと顔を見合わせつつ、答えた。
「…いや、知りませんね。魔物狩は出入りが激しいので。ただ、ショウ様たちは目立ちますからね。この町も不逞の輩が皆無とはいきませんし、気を付けるに越したことはありませんよ」
「ショウ様、町の外は俺たち衛兵も管轄外ですからね。門から見えるところで揉め事があれば別ですが」
「ガットさん、キパリさん、有難うございます」
黙って控えていたモモとわたしは彼に倣って挨拶をすると、何故か驚いている二人に背を向けて門を潜り、草原に分け入った。100mほど進んだところで手頃な岩陰に陣取り、彼が【探知】で気配を探る。門の方を窺いつつ暫く待機して、誰も近付いてこないことを確認してから漸く緊張を解いた。
「では、訓練を始めましょう。魔力残量の半分を目安にしましょうか? 僕は警戒していますので、お先にどうぞ」
「わたしたちは口から発動する練習をするね」
「ショウくん、有難う…ええと、あちらの方に向ければ安全ね」
…わたしは簡単にできてしまった。口も声や息を「出す」場所だからだろうか。試しに肩から【火矢】を出そうとしても、全く発動する気配がなかった。モモは口からの発動だと【石弾】のつもりが頼りない【砂矢】になってしまうことにガッカリしていた。やはり習得段階が物を言うらしい。
第五段階火魔匠士のわたしは、第二段階の【火矢】をかなり自在に工夫できた。右手の杖と口から、そして両手の杖からの同時発動も成功して、別々の目標に当てることもできた。一方、第三段階砂魔術士のモモは、第三段階の【石弾】は基本的な使い方しかできないので、口から出すのも苦労していた。
モモは、何とかビー玉くらいの小さな【石弾】を口から発動できるようになったところで、魔力が心許なくなったと言って中断した。わたしはもう少し頑張った。【火矢】だけでなく【火球】も、杖無しで「手と手」「口と手」が発動できるようになったところで、魔力が枯渇した。
「モモさん、魔力残量はどうですか?」
「…初日の時よりは使ったと思うけど、体力的には問題ないし。この状態で【獣化】できるのかな?」
「それはそれで、興味深いことですが。リカさんは?」
「…ごめんなさい。ギリギリまで使ったみたい…」
わたしは魔力をここまで枯渇させたのは初めてだった。感覚としては半分切ってもう少し、というところで止めたつもりだったのに、もっと減っていたらしい。抗い難い無力感に襲われる。モモや彼が初日に味わった辛さが少しは分かったかな。いえ、彼は土手で襲われた時に気絶するまで魔力を使ったよね…。
…おかしい気がする。魔力は確かに残っている感覚があるのに、わたしはこれ以上、魔力を使いたくない。無理に発動しても、真面な魔法にならないと分かる。況してや倒れるまで使うなんて不可能だ。精神力の問題? 彼は、優しく穏やかに見えて、とても強くて頼れる男性だから。
「お二人がもう少し回復するまで、警戒を続けますね」
「…ショウくん、有難う…」
「感覚を間違えてごめんなさい…」
モモとわたしは心からの感謝を彼に捧げた。控え目な視線を向けてくれる、その美しい笑顔が眩しい。
「そうそう、僕は時空魔術でいろいろ試したいと思っています」
モモと顔を見合わせる。さて、彼は何をするつもりなのだろう?
※次回更新は、1/24(土)予定です。




