第38話 怪しい二人
「貨幣価値の換算は難しいけれど。20万円以上だとすると、製本は高価よね…」
「僕も予想より高いと感じました。活版印刷は、あまり普及していないのかも」
「…神話の分冊版とか、恋愛物とか、貴族の自伝とかは袋綴じが多くて半値から十分の一くらいだったね」
わたしたちは北門の外で、患者さんと「赤い棘」を待ちながら話していた。
「魔術の段階を上げていくには、やっぱり「匠の技」みたいな上級の専門書を読まないと難しいと思う?」
「う~ん。読むに越したことは無いでしょうが。僕たちの場合は…例えば水魔術の第二段階は【水矢】と【冷凍】だって分かっていますし、科学知識がありますからね。意外と専門書無しでも発動できそうな気もします。【冷凍】の場合は、水分子の動きを止めるイメージで試していけば…」
「今のところ、あなたの光魔術に頼り切りだから。問題は魔力のやり繰りよね。負担を掛けて、ごめんね」
わたしは手を合わせた。彼は恥ずかしそうに頭を振って否定した。
「…私の装備を受け取って、沢小鬼の調査が終わったら、いよいよ牛頭鬼狩りに挑戦してみようか? 1頭当たり銀貨30枚くらいになるから、その日は治療をお休みして魔法の練習に魔力を充てられると思う」
モモの提案に、彼は紫の瞳を思索に染めながら答える。
「或いは「赤い棘」が今日、調査している北門の南側でしょうか。沢小鬼の数を打ち減らしてくれるなら、比較的安全に薬草木の採集で稼げるのでは?」
「そうね。「赤い棘」の成果次第だけれど、一日はこちらの南側で採集してみてもいいかもね。また別の薬草や茸なんかが手に入るかもしれない」
「野生の茸か…でも、リカの知識とショウくんの【浄化】があれば大丈夫ね!」
馬車が到着する時間になった。「玄奥の森」からも魔物狩さんたちが戻ってくる。打身の治療などをしていると、見覚えのある2人組がわたしたちの目の前に立った。確か二日目に、ニヤついた嫌らしい顔で【清浄】を依頼しながら、わたしとモモに厚かましい視線を浴びせてきた髭面の魔物狩だ。
「…ひと晩、金貨2枚でどうだ」
「え?」彼が怪訝な顔で聞き返す。
「その女魔術士の花値だよ。獣人女でもいいぜ」
花値って…あっ!…な、なんてことを!!
「冗談…戯れは止してください!」
彼の声が、珍しく尖っている。
「ああ、悪い、悪い、ほんの戯れだ。金貨3枚なら文句は無いだろう?」
モモが剣の柄に手をかける。わたしも杖を抜いた。
「…おいおい、こんな門の傍で先に手を出したら、どうなるか分かるだろう?」
髭面どもは相変わらず口を醜く歪めたまま、門番さんの方に顎をしゃくる。武器は、2人とも弓に見えるけれど。
「論外です。お引き取りを!」
彼が凍てつくような響きで言い捨てた。
「なんだ、毎晩たっぷりと楽しんでいるだろう? ちょいと、花分けしてくれたっていいじゃないか」
…門番さんに言ったら何とかなるものなの? その時、大きな声が響いてきた。
「ショウ様! 不肖フロッカ、無事、戻って参りました!」
「無傷なのを、こんなに残念に思ったのは初めてで!」
「あたいの手は、沢小鬼の血で汚れちまって…ショウ様、清めて~!」
「……お頭、あの2人…」
「うん?…お前らは!」「あんたたち!」
「…チッ…」「…角持ちめが…」
マクアナさんとナナさんの厳しい声音を聞いた悪面連れは、さっと踝を返すと音も無く北門の方へ歩み去った。助かった。彼女たちは2人が門の中へ消えるまでじっと見送ったあと、わたしたちを振り返った。
「まあ、何があったか察しは付くな。…あいつらのことは?」
「いえ。以前一回、【清浄】しただけで、名前も知りません」
彼が硬い声で答えた。マクアナさんは、三人を見渡しながら説明してくれる。
「…リコヤン兄弟って名乗っている。顎髭のある方が兄だ。黄銅札で狩りと弓の腕は確からしい。だが、一緒に隊を組んだ連中が帰ってこないことが続いた。もしや魔物狩を襲っているのでは、という花粉が飛んでね…組合の調査が入ったが証が無い。そのうち別の町へ消えちまった」
「金回りも妙に良かったのです…娼館で散財しているらしいのに」
「…なんで再びヴェイザに…まさか今の代官も…」
わたしは二人の顔を確認した。二人とも深刻な表情だ。そしてわたしは、彼の瞳に今まで見たことのない光を見付けて、思わず身震いしてしまった。
「あんたたちは目立ちすぎるからな。狩りに出たときは、気を付けたるといい」
「有難うございます」「…はい」「………」
二人は返事したのに、わたしは動揺を鎮められなくて頷くだけだった。
「ショウ様、あたしらがいる間は頼ってくれよ!」
「お頭、今日は自分で出すぜ!」
フロッカさんたちが敢えて明るい声音で話してくれる。結局、銀貨12枚で全員を【清浄】することになった。青い光が強い。マクアナさんたちは気付かないみたいだけれど、これは【浄化】だと思う。
彼が明後日に南側の調査に同行することを告げた。クンディさんから話を聞いていたのだろう、18匹の沢小鬼の群れに囲まれながら無傷で撃退した新人が、わたしたちだったことに驚いていた。明日の午後に組合で打ち合わせをしてから、軽く腕を確認してから調査に赴きたい、とのこと。喜んで承諾した。
その晩。わたしたちは固い表情で話し合っていた。
「治療だけでも何とかなります。三人だけで狩りに出るのは、考え直した方が良いと思います。いえ、取り止めましょう」
彼が珍しく有無を言わせない声音で告げる。
「心配してくれて、有難う。とても嬉しいよ。…モモ。あの2人、強そう?」
「弓使いみたいだから、さすがに分からない。でも、あの2人の目的からすると、私たちを殺そうとはしてこないと思う。だとすると、余程のことがないと…」
「モモさん。他にも仲間がいると、その前提は崩れますよ」
「うん。でもマクアナさんの口ぶりだと、2人だけらしいし」
「組合の仕事は「赤い棘」と一緒だから大丈夫よね。その後にまた相談しよう?」
「…………。非力な森人で申し訳ない。僕は…やはり得意分野で何とか工夫を…いや、そもそも…時空は…」
彼が真剣な表情で何やら考え込む。モモを窺うと、しっかりと頷き返してきた。
「モモ、どう思う?」
わたしたちは彼がトイレに行っている間の「相談タイム」で話し合っていた。そう言えば、だんだん彼が帰ってこない時間が長くなっている気がする。気を利かせてくれているのだろうな。ごめんね…。
「…先ずはクンディさんに相談と確認。町の外での犯罪の扱いについて」
「そうね。そこからよね…」
「…危ないとしたら、誰かを人質に取られることだと思う。今までにも増して別行動は避けないと」
「……。その時はモモの奥の手、【石弾】を披露することになりそうね」
「リカ。私、初日に足から魔法、出せたでしょ? 体のどこからでも出せるものなの?…例えば、口からとか」
「それがね、杖使用が大原則なのよね。魔法使いは杖使いだし、第一段階は『杖から何々を出すこと適う』だから。それにモモみたいな魔法剣士…魔戦士か…は相当に数が少ないと思うな」
「あの時はショウくんに『足から出せますか』って聞かれたから普通に試してみたけど…そう言えばリカも…」
「そう。漫画とかの知識があるから、指先から光線みたいに出したり、掌から何とか波みたいに出したりしたけれど…魔法は杖で、っていう常識に囚われない転生者ならでは、という気もする」
「実戦では、それこそ切り札として使う人はいる、と思っていた方がいいかな。どちらにせよ、リカと私は本気で口から魔法を出すことを練習した方がいいね」
二人とも、思わず絵面を想像して吹き出してしまった。でも「杖を置いて両手を上げろ!」なんていう時に口から【火矢】や【石弾】で攻撃できたら、確実に不意を打てるだろう。どこで練習すれば彼を納得させられるかと検討している内に、そっと扉がノックされたので、その日はお開きとなった。




