第37話 魔具
クンディさんが「退室の際には、お声をお掛けくださいね」と資料室の扉を閉めるのを待ちかねるように、わたしは興奮気味に口を開いた。
「実物を見ることができて助かったよね。自分たちで作るときの参考になったし」
「リカさん、あの「魔法袋」の性能は分かりましたか?」
「うん、あれは「完全版」だと思う」
「リカ、完全版って、どういうこと?」
「あ、ごめん。第一段階基本魔具の【軽量】や【拡張】だけでも一応は「魔法袋」だけれど、この二つに加えて第三段階の【遅延】まで付いたのが「完全版」ね。複数の時空魔法を同時に付与できるかどうかは、時空魔術士の習得段階と腕次第だと思うけれど…大丈夫よね?」
わたしの問い掛けに、彼は少し首を傾げながら答える。
「…膀胱の尿を消すときに【深癒】と【清浄】を混ぜるイメージでやっていますが、この場合は尿管を透して膀胱まで【清浄】を届かせるという意味合いですからね。【軽量】と【拡張】を同時発動するのは、両手を使って練習していけば…三つの場合はどうするのが一番いいのだろう?」
「その辺りは、リカの【魔法学:第二段階】でも分からないの? そういえば属性の違う魔法の同時発動はできるの?」
「砂魔術だけが、他の四魔術と同時発動できて「昇華魔術」って言うみたい。わたしの知識では名前だけね。でも複数素質持ちは珍しい上に、両方とも第三段階以上が必要だから…とても希少だと思う」
「僕はあの薄明の時空では、砂魔術と他の四魔術を両方とも第三段階に上げることは試しませんでしたが…お二人はどうでしたか?」
「わたしは砂魔術を全く触らなかったのよね…」
「…私は、獣人以外は軽く覗いただけだったの…」
キャラメイクの際に砂ともう一つの四魔術を第三段階にしたら、昇華魔術も選べるようになったのだろうか。或いは他にも条件が要ったのだろうか。これはもう、考えても仕方がないよね。三人は、また手分けして「魔具心得」や「ヴェイザ地誌」、それに「貴家収攬」を読んでいった。
勿論わたしは「魔具心得」。半分くらいは【定着】を発動する方法についてだった。魔力の流れと質を感知できないと駄目らしい。キャラメイクでは、魔具術は素質が無くても魔具学をとれば第三段階まで上げられたけれど、魔力の流れや質を感知するって、それこそ「素質」なのでは?…と思った。
興味深かったのは魔法素質の確認方法。第五段階以上の杖使いである魔匠士に触れてもらって、その魔匠士と同じ属性の素質の有無を確かめるのが基本だけれど「基本魔具の魔法陣を光らせることができるか」でも分かるのだ。「魔試し」と言うらしい。四魔術は10歳から15歳の誕生日までに素質が開眼する。
そして15歳までに魔法を発現できないと一生涯、使えない。恩寵魔術は条件が厳しくて、光魔術は13歳以降、時空魔術は14歳以降に素質の有無が分かる。それもあって、恩寵魔術は素質のみで使えない者が出る。特に時空は、普人だと何と半数くらいが素質だけで終わるとされていた。
モモが読んだ「ヴェイザ地誌」には、帝国直轄領ヴェイザの情報が纏められていた。本町の南門から街道を下ると、半日でネップ村というところに着くらしい。本に地図は含まれていなくて「ヴェイザ南:10、8、8、ネップ:13、馬継所」等と書いてある一覧表が付いているだけだった。
数字は街道沿いの休憩所までの距離で「馬継所」は馬車の馬を交換できる施設だろう。ヴェイザから南に向かうと、10km先に休憩所、次は8kmで休憩所、更に8kmでネップ村に到着し、二番目と三番目の休憩所の中間、ヴェイザから13kmの地点に「馬継所」がある、らしかった。詳しい解説は無いから推測ね。
彼が読んだ「貴家収攬」は貴族の一覧で、今のところ関係ないけれど四協帝国の貴族制度を知ることができた。帝室が一番上で、帝室一族が公爵(但し領地無し)で、四種族を代表する六侯爵がいて、その下に伯爵、子爵、男爵と続く。伯爵以下は領地貴族と、領地を持たない官僚貴族に分かれる。
ちなみに地球と同じ爵位名は恒神様の漢字翻訳だ。直訳では、公爵が「帝戚」とか侯爵が「族長」とかだ。彼によると欧米系の爵位の語源は直訳の方に近いらしい。でもそれだと彼みたいに知識のある人以外には上下関係が分かり難くなるから、恒神様に感謝ね。いつも有難うございます!
そして貴族ではない土着の郷士家が村々を統治する。郷士家は寄家である貴族の碌を食む。帝国宰相には官僚貴族の伯爵が、帝国軍司令官には権威のみの公爵が就く。平民代表を含む九名の「九賢会議」が内閣みたいな感じで、権力が集中しないように工夫されているらしい。実態は分からないけれどね。
「そう言えば、「浄化便所」に魔力を追加したとき、クンディさんが身動ぎしたように見えたのよね」
「うん、私も感じた。最後の「魔法袋」の時も、クンディさんと職員さんが顔を見合わせていたと思う…」
「僕は「浄化便所」や「魔法袋」しか見ていませんでした」
「魔力の補充にかかる時間から、その人の魔力量とか魔術の段階とかを推測できるのかもしれないね」
「リカ、「魔具心得」には書いていないってこと?」
「隅々まで読んだ訳じゃないから、多分ね。上級書である「魔具大全」では触れられるのかな…」
「ショウくんはいつも【治癒】する時に一瞬で治ることに驚かれるよね。魔法能力が高いということだと思うの」
「…う~ん。まだ他の人が光治療を施すところを見ていませんからね」
「魔具への魔力追加だけでも、いろいろと推測できてしまうのかもね。もし、あなたが「魔法袋」に魔力を追加していたら、時空魔術士だと勘付かれたかも」
「危ないところでした。つい興味が先に立って、手を出しそうになりました」
彼が「僕も「魔具心得」を読んでおきたいです」と言うので、わたしとモモは彼が読んでいる間に他の書物、「英傑の勲功」とか…これは昔の英雄物語で、色恋沙汰も多くてギリシャ神話みたいだった…「帝国の栄光」とか…これもモモによると最初の方は神話だったらしい…を読んでいった。
ひと段落したのでクンディさんを呼びに行き、本を確認してもらうと、彼女は「少しご相談が…」と切り出した。
「明日の…そうですね。昼一の刻くらいに組合を訪ねていただけませんか。仕事の依頼をしたいのです」
わたしたちは顔を見合わせて、目顔で彼に任せることにした。
「仕事と言いますと、どのような内容になるのでしょうか?」
「本町南側の河原の沢小鬼の件です。本日、とある魔狩隊に砦北門の下流側の沢小鬼の調査を依頼しておりまして。その結果次第ではありますが、南岸の河原で沢小鬼の巣を探索して、巣があれば殲滅したいのです。戦闘は基本的にその魔狩隊が担当しますので、みなさんには案内と支援をお願いできれば、と」
「…その魔狩隊とは、もしや「赤い棘」ですか?」
「あら、ご存じでしたか。それなら話が早いですね」
クンディさんの話では、わたしたちが群れに襲われたことで、南岸側に沢小鬼の巣があると想定して調査殲滅することになったものの、わたしたちと同行する主力隊の選定が難しかったらしい。
「ショウ様もそうですが、リカさんとモモさんは大変に容姿端麗ですからね。実力者なのは当然として、最低限、男女混合の魔狩隊でないと…しかし居り悪しくヴェイザにいなくて…」
そこへ絶好のタイミングで「赤い棘」が到着したので、昨日、急遽依頼することが決まったとのこと。
「彼女たちは以前も暫く当地で活動していましたし…その、言動は多少乱暴ですが、信頼できる腕の立つ魔狩隊というのが、わたしどもの評価です。如何でしょう? 日程は明後日にでも予定したいのですが」
寧ろ絶好の機会よね。モモの装備も明日中には揃うことだし。顔を見合わせただけで、直ぐに承諾の返事をした。報酬は、基本給として一人銀貨5枚。倒した沢小鬼の素材は「赤い棘」と4:1で分配。これも、わたしたちの取り分が無くても良いくらいと思うので文句なし。それに一番大切な、組合貢献度への加点大。
組合を辞した三人は、広場で持参したスープとパンとチーズの昼食を摂った。代り映えがしない内容だけれど。少し相談した結果、できれば今日じゅうに「赤い棘」に挨拶しておきたいということになり、ヴェイザに一軒だけある書店を覗いてから、早めに砦の北門の「私設野外診療所」へと向かうことにした。
書店では、表紙も無くページが袋綴じになっていて読めない本の方が多かった。そう言えば昔の文豪の作品で「頁を切って読んだ」という描写があった。わたしたちに必要な専門書は、組合の資料室の蔵書と同じような革装の製本があり、幸いなことに彼の【清浄】と引き換えに書物の中身を確認させてもらえた。




