第36話 魔力補充
「ショウ様! お会いできて嬉しいです!」
「フリスタが、朝のご挨拶をさせていただきやす!」
「あたいの名前、タングニーザだよ~!」
「……おは……」
八日目の朝。北門の「私設野外診療所」(自称)で光治療をしていたわたしたちは、早々に例の賑やかな女魔狩隊「赤い棘」と再会することになった。
「「「…おはようございます…」」」
「おはようさん」「モモさん、おはよう」
獣人のお頭、もとい隊長のマクアナさんと妹のナナさんも挨拶してくれる。
「いつもここで待機しているのかい?」
「…僕たちも狩りに出たりしますので、必ずではありませんが」
「そうかい。わたしらは、今日は組合の依頼で川沿いの沢小鬼の調査仕事だ。帰りにお世話になるかもしれないが、その時はよろしく頼むよ…おい、おまえら! ワザと怪我しようとか考えるなよ?」
「「「当の前!」」」
これで狩りなんて出来るのかな…と思ったけれど、彼女たちは上流側の森ではなく下流側の草原に足を踏み入れていく。その途端に雰囲気が一変した。無口な普人の女性がサッと草原を進み往く。小型の弓を持つ普人女性が立ち木に登り、辺りを見渡すと手信号で合図をする。
残りの四人は武器を構え、二人ずつに分かれて草原を進む。音もなく木から降り立った女性がその間を縫って先に立ち、今度は岩の上に飛び移ると、また何やら合図をする。わたしたちが驚いて顔を見合わせてから振り返った時には、六人の女魔物狩たちは影も形も無く消え失せていた。
「…これが本職の魔物狩ですか…」
「息もピッタリで、フォーメーション?なんかも恰好良かったね」
「…マクアナさんの武器、何ていうのかな…」
そう。モモの身長くらいありそうな長さで、持ち手側は野球のバットか鬼が持つ金棒のよう。そして先端側は平たい板状になっていて、その両脇の溝から金属の刃が計8枚も飛び出しているのだ。彼は勿論、モモの知識にも無いし、ヒヨルさんのお店にも似た武器は置いていなかった、と思う。
「一緒に狩りができたら、勉強になりそうだよね」
「まあ、僕たちでは足手纏いでしょうからね。モモさんだけなら或いは?」
「…そんな機会、無さそうだけどね」
少し圧倒されてしまったけれど、治療がひと段落したので南側の本町へ向かうことにした。先ずはモモの装備を受け取らないとね。カリザさんの服屋に寄って、濃色で生地が薄い大綿製の肌シャツとレギンスを受け取って着替えさせてもらい…驚く程に体にピッタリだった…武具屋さんへと赴いた。
「おう、女剣士さん。仕上がっているぜ。スクリッダと一緒に奥で着てみてくれ」
「あ、申し訳ありません、【清浄】だけさせてください」
実際には【浄化】した。待つこと暫し。やがて牛頭鬼革製の革服に身を包んだモモが、嬉しそうに出てきた。
「ど、どうかな…どうですか?」
「モモ、恰好いいよ!」
「…素晴らしい…そ、装備です」
モモが含羞みつつも得意げにポーズを取る。チラリと彼を窺うと、案の定、焦点の定まらない視線をモモの後ろの空間に向けている。うん、体の線が見事に…だからね。モモは寧ろ見て欲しいかもしれないけれど…。
モモの革服は、上下組だ。上は肘上までの七分袖で腰までの長さ。下は膝上までのハーフパンツ。しかも上下とも一枚の革ではなく、部位ごとに組み合わせている。だからこそ既製品の調整で済んで、納期も短かったらしい。
腰の革ベルトからは水筒なども下げられる。動き易さを重視して、肘と膝は鎧下を兼ねた大綿が剥き出しだ。でも鋼片入りの籠手型の長手袋は肘の手前までだし、鋼片で強化してもらった編み上げ靴も膝下までだから大丈夫なのかな?
本来は肩や胸やお腹に鋼片が入る。でも硬革胸甲と肩当てを注文済みなので、それらと重なる部分には鋼片が入っていない。モモは手足を動かしたり、先日買ったばかりの剣を振ってみたりして、スクリッダさんと何やら言葉を交わし、細かい調整をしてもらうということで、また奥に引っ込んだ。
硬革胸甲と肩当ての完成は明日の朝だ。今日の午前中は訓練などで体を動かしてみてから革服を戻し、気になる点を修正してもらった上で革鎧と一緒に受け取る予定だ。やがて微調整が終わったモモが出てきたので、ヒヨルさんたちに礼を述べて、三人で魔物狩組合へと向かった。
「ああ、皆さん。今の時間は解体場が空いていますが、お使いになりますか?」
「「「お願いします」」」
クンディさんに案内してもらった解体場は、枝肉を吊るすフックや解剖台のような大机があったりして決して広くなかった。でも三人で木剣や木棒を振り回したり模擬戦をしたりするには十分だろう。
彼はモモとの模擬戦では目を瞑ってしまったので、モモは残念そうな表情でマントの前を閉じて相手をしていた。ひと通り汗を流したあと…直ぐに彼が【清浄】してくれるので快適なのよ?…革製品店に戻って革服を預けてから組合受付に行き、魔具のところへ案内してもらった。
「では、「浄化便所」への魔力追加をお願いしますね」
クンディさんは用を足す穴の脇のタイルを外した。魔石が接続されて魔法陣が彫られた魔銅板が奥に見えた。
「最初は、僕がやりましょう」
「お願い。あ、でも魔法陣は見せて」
「まあ、リカさん、薬術に加えて魔具まで。ショウ様の隣に相応しいですね」
「あ、あの。まだ、ほんの勉強中ですので…」
鼓動が大きくなる。ふとモモを窺うと、下を向いて唇を固く引き結んで黙っている…他の女子が彼に話し掛けてきた時みたいに。わたしにそんな顔を向けるなんて。クンディさんは、単に秘書や副官として相応しい、という意味で言っただけよ? 胸奥に渦巻く妙な感情を乱暴に払い、魔法陣を確認した。
わたしの【魔具術】は第二段階で【魔具学】もとっていないから、第四段階魔具である「浄化便所」の魔法陣は初見だ。なるほど細かくて複雑な魔法陣。魔角粉を混ぜた魔銅板に、魔石粉入りの魔鉄針で一筆描きに魔法陣を彫り、魔角粉入りの魔導墨を流して【定着】するけれど、わたしには彫れないと分かる。
彼に二つある魔石のうち魔法陣に近い方を指し示し、光の魔力を流し込んでもらう。あっという間に魔石の色が黒真珠のように濃くなり、一瞬だけ魔法陣が光る。満杯になった証拠だ。クンディさんがピクリと反応した気配を感じた。続いてクンディさんは便所の手洗い場の上を開けた。魔具が見える。
これは水の基本魔具「水筒」ね。わたしは思わず二人を振り返った。彼は「やれやれどうして気付かなかったのか」という顔。水を出す魔具と組み合わせれば、ポンプも要らないし水を担ぎ上げなくてもいい。排水管だって必須では無いから、この仕組みなら後付けで「浄化便所」を設置するのも簡単かもしれない。
今度はわたしが魔力を補充した。魔石残量は色から推測するしかないものの、やはり属性が異なるためだろう、彼の時と比べて時間が掛かった。クンディさんは「もう結構です」と言われたけれど、「他にあれば明日以降の分も」と申し出たところ、解体場の隣の部屋へ案内してくれた。
机に座って書類仕事をしていた中年の男性職員さんが立ち上がり、クンディさんに例の挨拶をした。但し左胸に当てた右手は拳になっている。何度か見たけれど、男性の場合は掌ではなく拳を握るらしい。クンディさんは何やら指示すると、職員さんが大きなバッグを持ち出してきた。
「では、こちらの「魔法袋」にもお願いします」
これは、またとない機会ね! 知識としては「魔法袋」は知っていても、実物を見たことはないもの。わたしたちは色めき立つ雰囲気を必死で抑えつつ目配せを交わし合い、ファンタジーではお馴染みのマジックバッグ、この世界では初めて目にする「魔法袋」に対面することになった。
やや古びた革製の「魔法袋」は、馴染みのある形だった。そう、マチの広い大型のトートバッグに近い。袋口を拡げてバッグの口を開くと、結構な幅になるのではないだろうか。牛頭鬼を丸ごと収納するのは難しいかもしれないけれど、枝肉の縦割り半分…半丸というのよね…ならば十分に入口を通りそうだ。
袋の上側の横のポケット部分を開くと、魔銅板の裏面が見えた。「魔法袋」は魔銅板の裏側に魔石を接続するのだ。魔石が大きい。彼が手を出しそうになったものの、ふと思い留まってわたしと交代した。「便所」の時よりも更に時間が掛かったけれど、大きな魔石の色が濃くなって魔法陣が一瞬光るのが分かった。
あれ、クンディさんと職員さんが視線を交わしたような…でも直ぐに「予定外の仕事までしていただいて助かりました。組合への貢献として加点させていただきますね」と言ってくれた。わたしたちは心からのお礼を述べ、二階の資料室で書物を読ませてもらうことにした。
※次回更新は1/17(土)を予定しています。




