ウィラルテの神話:その壱 言葉を聴く者
世界は静謐でございました。人族が居らなかったのですから。柔らかな風が美しき花々を揺らし、清らかな水が滑らしき巌を下り、獣たちは互いに食べ合いながらも、決して必要以上の殺し合いは犯さなかったのでございます。いずれの御時のことでしたでしょうか。畏きも尊き恒神様の御声が響き渡りました。
{我が言葉を聴く者が在らぬ}
そうなのです。獣たちは恒神様の御言葉を賜りましても、首を傾げる者が多かったのです。縞馬は恒神様を探して走り回りました。大狗は声の聞こえる方に尻尾を振りました。毛深牛や野羊は草を食べ続け、時鶏は朝の声を告げるだけ。最も賢いはずの伸猿ですら、きいきい、と喚き返すばかりでございました。
{我が言葉を聴く者は何処に?}
木漏れ陽の射す森の中に麗しき花が咲いておりました。その茎と葉は抜けるように白く、その花びらは数多の黄金色に輝き、その蕊は深き湖よりも濃い紫でございました。恒神様はこの花に御声を聴き分ける力を与えられました。壱族、白肌に金髪で紫瞳の森人は、このようにして現れたのでございます。
畏くも尊き恒神様は、森人に始原の技を伝えました。森人は恒神様の御言葉に従い、この火の技をもって暖を取り、蚕を飼って衣を拵え、草と木の家を建て、少しばかりの獣を狩りました。森人の女は季の巡りが遅く赤子を儲け難かったため、ゆっくりと、本当にゆっくりと世界に広がっていったのでございます。
{我が言葉を聴く者がなかなか増えぬ}
広野を流れる川の辺に立つ木々が人間に変わりました。弐族、普人でございます。川筋は多く木々も数多ありましたので、普人の肌色や髪色や瞳色は様々でした。遠き地から強き風に運ばれた枝葉は、逸速き獣人に変わりました。山の巌を力強く割り開いた低木からは、逞しき鉱人が生まれました。
{我が言葉を聴く者が揃った}
このようにして、世界には肆の人族が揃うことになったのでございます。森人は他の族に神の御業を伝えました。森人に仕える普人のうち才ある者は技を覚えましたが、鉱人は技を使えませんでした。獣人は獣を狩ることに夢中で、聞く耳を持ちませんでした。そして遥か遠き角の地へと去ってしまったのです。
鉱人はその器用な太指で火を熾し、深き森を切り開いて薪とし、高き山の石を削って斧としました。鉱人は細工に夢中となり、赤子を作ることを後回しにしました。森人もまた普人の奉仕に慣れてしまい、火の技と唄と奏に勤しむばかりで、一向にその数が増すことはありませんでした。
鉱人より石の道具を貰い受けた普人は、数多なる草原を耕しました。いつしか森人の傍を離れる者が増え、普人だけの国が幾つも萌え出ました。普人は子を生して慈しみ育てることを何よりの喜びとしておりましたので、瞬く間にこの世界の隅々にまで広がっていったのです。ト・アペイロン!




