第32話 資料室
転生六日目の朝。北門の外へ向かうと、なんと患者さんが待ち構えていた。
「おう、来たか。朝は二日も見なかったからな。ちょっと溜まっているぜ。おい、重症の奴が優先だぞ!」
マナグさんたちも居て、何故か仕切ってくれる。
「ああ、すみません。早速、診させてください」
ひと晩も我慢するくらいなら神殿に行けばいいと思うのだけれど。神殿の治療費が高いということかな?
魔物狩さんたちだけでなく、商人さんからも魔法水などの依頼を受けた。北側の宿の間で、わたしたちの話が広まっているらしい。朝の稼ぎだけで銀貨34枚になった。新記録ね。マナグさんたちには、彼が革水筒の【清浄】付きで魔法の水を無料で提供した。そして三人は気分良く魔物狩組合へと向かったのだった。
「これは、これはショウ様!と、リカさんとモモさん。幸い、いえ、生憎クンディは会議中ですので、わたくしフリゾルがお相手させていただきます。何なりと、このフリゾルにお申し付けください!」
組合を訪れてクンディさんを探そうとしたら、今まで見掛けた職員さんの中でいちばん綺麗で、少し上くらいに見える女の子が満面の笑みで話し掛けてきた。チラリとモモを窺ったけれど余裕の表情ね。確かに今までに会った女性の中では最も美人だけれど、転生前のモモと比べても…だから。
「青銅札になりましたので、資料室を拝見させていだだこうと思いまして…」
「承りました、ショウ様。それではこのフリゾルが、資料室までご案内させていただきます。お一人銀貨1枚です」
「…はい、これでお願いします」
そう、資料閲覧は有料なのだ。カウンターから出てきたフリゾルさんは、どうぞ、と言ってわたしたちを二階へと誘った。他の女性職員や居合わせた魔物狩さんたちの恨めしそうな視線を背中に感じる。「森人は爆発しろ!」という声が聞こえた気もするけれど、まさかね。きっと空耳よね、うん。空耳。
「資料室は、こちらになります。大変に失礼ですが、退出時には本の確認をさせていただきます…皆さんは大丈夫と思うのですが、規則ですので…」
フリゾルさんが申し訳なさそうに告げる。四協帝国に活版印刷の技術があることを言語の反応で確かめているけれど、それでも書物は貴重品なのだろうな。
「当然の処置だと思いますので、お気になさらずに」
「そう言っていただけると助かります。では、ごゆっくり」
フリゾルさんは彼にだけ笑顔を向け、右肘を畳んで左胸に当てて頭を軽く下げる例の挨拶をして退出した。
「…それでは、どんな本があるか確認しましょう」
「思っていたより少ないね…」「ほんとねえ…」
壁際の本棚に並ぶ書物はB5くらいの大きさかな。革で装幀されていて組合の紋章が刻印されている。二十冊程度しかない。それでも、わたしたちにとっては待ちに待った情報収集の貴重な機会だ。順番にタイトルを確認していく。
「ええと、「帝国の栄光」に「貴家収攬」に「ヴェイザ地誌」か。あ、これは手作りっぽい手書きの小冊子で「ヴェイザ周辺の魔物」こういう本も読みたいけれど」
「僕は、まずは「魔法概論」や「博物小覧」で、学問スキル第一段階の知識水準を確認したい気もします」
「…この「神の御業」も重要かも。この世界には神様が実在するから。それにあの神様が、実際にどれくらい人類社会に干渉しているのか、分かるかも」
と言うことで、わたしが「魔法概論」、彼が「博物小覧」、モモが「神の御業」を読んで内容を教え合うことに。彼は「博物小覧」をどんどん捲っていって「どうやら【博物学:第一段階】はこの本の基本部分を読んでいる状態ですね」と言って「観臓図誌」という医学系の本を手に取っていた。
そして、わたしとモモが読んだ二冊からは、魔法と神話に関して驚きの事実が明らかになったのだった。
「…あの場所で魔術を第四段階にするときに初めて【魔法学】の第一段階が必要だったのは、神様のサービスかと思ったけれど、こういうことだったのねえ…」
彼が【魔法学:第一段階】は【博物学:第一段階】の知識量に比べて薄すぎる、と疑問を抱いていた件も解決した。「魔法概論」はその多くのページが、わたしたちにとっては常識と言える物理化学の基本、それどころか小学生の理科の教科書と言ってもいい内容に割かれていたのだ。
例えば空気中には「燃素」があるから火魔素と結びついて火魔法が使える、とか。燃素は酸素よね。気温が高いと魔素が空気を刺激して水分を多く含めるようになるから、水魔法の魔力の消費量も変わる、とか。魔素以外は納得。大昔の地球人が転生した場合は、第一段階魔術から魔法学が必要だったのかもしれない。
魔素と絡めるのは独特だけれど、地球と同じく物理法則に従う世界なのだろう。そして「我等世」は球体ということを、海の彼方に向かう船の沈み方や、北に行くと夏の昼が長くなること等から説明していた。帝国は北半球にあるのね。夏至と冬至の南中高度の差から地軸の傾き(24度で地球とほぼ同じ)も示されていた。
地動説も、月や惑星(この星以外に四魔術の名が付いた四つの惑星が知られていて「我等世」は第二惑星だった)の満ち欠けや逆行を、同心円状の図解で説明していた。本当に理科レベルだ。でもこれらの記述を読んで安心してしまった。剣と魔法の世界だから、まさか…なんて、ほんの少しだけ疑っていたから。
そうすると逆の疑問も湧いてくる。魔素や魔法も科学で説明できるのだろうか…でも「魔法概論」の魔法発動に関しては、既に知識にも有る通り、一転して宗教的だった。神に祈って魔素が四元素に変わる姿を思い描くのだとか、同じく恩寵を願って四元素を動かすのだとか。実際の発動にはお祈りなんて関係ないのに…。
「どうやら【博物学:第一段階】は「博物小覧」の、【魔法学:第一段階】は「魔法概論」の基本部分を読んだ状態というのは確定ですね。すると【医学:第一段階】はこの「観臓図誌」なのかな。【医学:第二段階】の僕はこの本以上の知識がありますから、資料室に置いていない本も読んで、実践もしている状態でしょう」
「わたしも【魔法学】は第二段階で「魔法概論」以上の知識があるから、他の魔法書まで読んで、魔術も使ったことがある状態なのね」
資料室には残念ながら基本的な書物しかない。この町には本屋さんあるかな。でも立ち読みは難しいよね?
「モモ、「神の御業」、どうだった?」
「うん。それがね、古文書みたいなの。文章が読み難くて…」
面白いことに世界も神様も初めから存在していた。彼によると「ゴンドワナ」というタイプに分類される神話とのこと。地球でも古い神話形式らしい。
そして「恒神」と漢字翻訳されて「アペイロン」と音訳される神様が、最初に特別な花から森人を作り、他の人族も樹木から生まれていた。森人が最初から使えた魔法は火魔法だけで、他の魔法は全て「恩寵」として後から与えられていた。
水魔法と砂魔法と風魔法は、人型魔物が現れたときに、恒神が森人に「他の人族に教えるように」と賜ったものになっていた。そして鉱人が全く魔法を使えないことや獣人がほぼ魔法を使えないことは、如何にもというエピソードで綴られていた。光魔法と時空魔法は更に後になって、順を追って与えられたらしい。
『…上古の我らの技は四魔術のみ有りき。殊と人型は猛くなり、惨き蛟鬼の暴れしがため、四魔術の第五段にて滅すこと適はず。しかるに恒神の恩寵を賜りしに、光の技を使ひし者の顕現し、四魔術は第七段に至れり。まこと忝し。光の技にて我ら癒され、蛟鬼に立ち向かうこと叶ひ…』
『…口惜しくは龍鬼のいとど剛なり。我ら嘆き荒びしところ、時空の技を使ひし者の顕現す。四魔術も終に究めること適ひし。ああ恒神の恩寵こそ、いと妙なり。我ら魔物を退くこと能はずが、大地は人の営みを保つこと叶ひし。技使ひと武者の身を尽くすこと、げに健気なりぞ…』
「神様、凝り過ぎよね。わざわざ古語みたいに翻訳されなくても…」
「…古い神話だと分かるように、という神様なりのご配慮でしょうか。でも、これが事実だとすると、高段階の光魔術や時空魔術の情報が乏しいのも、単に魔法使用の歴史が浅いからなのかもしれませんね」
彼はやや苦笑しながらも、納得顔で頷いていた。
「私もそう思う。それからね、何度か「使徒様」という言葉を聞いたでしょう?」
「うん。まさか…「使徒様」は転生者らしいことが書いてあったりした?」
「幸い、と言えるのかどうかは分からないけど、違う気がする。ほら…」
「ああ、これは所謂「来訪神」ですね」
モモの指し示す辺りを読んだ彼が解説してくれる。
来訪神とは、困っている人を助けたら突然、神々しい姿に変わってお礼をくれて去っていくとか、逆に不親切にしたら酷い目にあう、という話のことだった。この世界ならではの点は、使徒様が見目麗しいこと。お礼や酷い目の内容が、新しい知識や能力を授かったり、逆にそれで懲らしめられたりすること。
「使徒様の直訳は「遣わされし者」で音訳が「エレンドラカ」…何度か聞いた「エランダ」との違いは書き言葉と話し言葉?…でも僕たちは神様に伝言を依頼されていませんし、新しいスキルを授かってもいませんからね。あの神様が人の姿に身を窶され、光や時空を始めとした技や新しい知識を授けられた、ということでは」
「恒神様…アペイロン様がご覧になっているって、よく考えると怖いことよね」
「…でも、これが伝説ではなく本当に起こることだと皆が思っているなら、犯罪の抑止にもなるかもよ?」
「失礼します! フリゾルです! お茶をお持ちしました!」
フリゾルさんが闖入してきたので、考察はお預けとなった。その後はフリゾルさんが居座って彼に話し掛けて離してくれないので、仕方なくわたしたちは、ヴェイザの町中のお店などの情報を彼女から仕入れることにしたのだった。尚、残念ながら組合に訓練施設は無かったものの、手立てを考えると言ってくれた。




