第31話 昇格
「沢小鬼の魔石と魔角が26個ずつで銀貨54枚と大銅貨6枚。緑霧玉の葉と連房実の蕾で銀貨16枚と大銅貨2枚。春甘根の球根が銀貨17枚と大銅貨5枚。締めて銀貨88枚と大銅貨3枚になります。それから魔石納入が31個になりましたので、青銅札に昇格です。発行手数料として、銀貨3枚を差し引かせていただきます」
警戒しながら18匹もの魔石を取り出すのは本当に大変だった。土手を渡る涼風が梢を鳴らしたり、何かの鳴き声が聞こえたりしただけでもビクリと振り返った。二度ほどは、本当に【火矢】を放ってしまった。常に緊張を強いられて頭が痛くなり、手の力も入らなくなっていった。
彼の【探知】はスキルだから楽なのかもしれないけれど…いえ、この現実世界では頭の中にレーダーのように表示される筈は無い。飽く迄も、目を凝らしたり耳を澄ましたりするように魔力の動きを意識して探っているだけだろう。それに、初日に「集中が必要だ」と言っていたもの!
モモだってそうだ。獣人の剣士になったとは言え、中身は優しいモモのまま。彼女は暴力とは全くの無縁に育った。小学生の頃のドッジボールですら、一度も他の人に当てなかったという伝説の少女なのだ。今はまだ気が張っているから大丈夫だろうけれど、我に帰ったら、どれほどの罪悪感に苛まれることか。
わたしは歯を食い縛り、涙を堪えながら魔石を取り出していった。途中で彼が目を覚ましたし、モモも体力が戻ってきたので、まだ動けない彼を視界から外さないように気を付けながらモモにも手伝ってもらい、漸く全ての魔石と魔角の回収を終えることができたのだった。
さすがに埋葬する気分にはなれず、死骸は川へ放り込んでしまった。長い時間が掛かったけれど、結果的にはモモが何とか復活したし、彼はまだ辛そうだったものの、わたしたちが支えれば歩けるくらいには回復した。幸いなことに、帰路も含めて再び沢小鬼に襲われることはなかった。
「五日目にして昇格というのは異例なのですが。魔術士が二人含まれた魔狩隊ですので、特別ということで。それにしても一日で26匹も沢小鬼が出たのですか? 採集もされているようですし、よく時間がありましたね?」
わたしたちは川沿いの土手で春甘根を採集した直後に、沢小鬼18匹の群れに襲われたことを告げた。
「そうでしたか。こちら岸にそんな群れが。これは掲示が必要ですね。今春のアウストリの水量は多いくらいなのですが…南岸に巣を作った可能性が高いでしょう」
沢小鬼はその名の通り谷筋や川沿いなどに見られる小鬼で、浅いところなら泳ぐこともできる。ヴェイザの周りでは川の北岸の下流側…「玄奥の森」が近い上流側のメイン狩場とは反対側…の川岸から草原に出ることが多く、南岸の方には偶々、川を渡った個体しかいない筈らしい。
「皆さんは殆ど武装されていませんのに。よくご無事でしたね?」
「彼とモモのお陰です。彼が身を挺して、わたしたちを庇ってくれました…あとはモモの【獣化】です」
「いえ、ショウくんのお陰です。私が【獣化】したのも彼を守…あの、その」
クンディさんが驚いた顔でモモとわたしの間に視線を往復させ、彼に確認するような表情を向ける。
「…そうですか。モモさんの奥の手を…」
「そうなのです。モモさんがいるお陰で安心して狩りに出られます。天下無敵の活躍でした。勿論、リカさんの火魔法にも助けられました。彼女たちこそ、僕の命の恩人です。僕は本当に少しばかり支援と治療をしただけです」
「まあ、ショウ様、まだ顔色が優れませんよ。無理は禁物ですのに…重々、承知されていますでしょう?」
「「「…………」」」
クンディさんの物言いが引っ掛かる。気にし過ぎだろうか。それは兎も角、青銅札から魔物狩組合の正会員だ。資料室の本も読みたいし、お金も一気に銀貨100枚を超えたから装備の充実も検討したい。でも三人とも本調子からは程遠い。夕暮れが迫っていたこともあり、真っ直ぐに「溢れ鍋亭」へ引き上げることにした。
その日の夕食。わたしたちのお願いに少しは効果があったのか、一昨日に続いて「赤椒」を使わない味付けだった。しかもシチューのメインは牛頭鬼ではなく「黒毛猪」。魔物ではない野生動物で、草原や疎林に出る。白黒人参の根菜と黒目豆に韮葱は同じだけれど、「油菜」と訳される菜の花が一緒に煮込まれていた。パンの付け合わせの野菜も、菜の花と細切りにした白人参の煮物だ。
「やっと、牛頭鬼以外のお肉が出てきましたね…」
「お肉の量は相変わらず少ないけど、この豚肉ならぬ黒毛猪のお肉は、意外と柔らかくて美味しいジビエね!」
「ごめん、モモ。わたしたちにとっては硬いから。それにしても菜の花にはびっくりするよね。こちらの食べ物は、向こうの東西が混ざっている感じよねえ…」
まだ顔色の優れない彼が、躊躇いがちに口を開きかけた。
「何か言いたいことがあるのよね? 遠慮しないで教えて?」
「私たち、あなたの解説、本当に楽しみにしているのよ?」
「…いや、大層な事ではないです。菜の花は地中海原産ですよ」
「「えええ~」」
まさか菜の花が地中海原産! モモと二人で驚き合ってしまった。
「それと、菜の花が出てきたということは、このランタン、角灯の油は菜種油かな、と…「種油」として反応しますね…江戸時代は幕府主導で、春播きの稲と秋播きの菜種を輪作して穀物と油を確保していましたから。こちらでも同じだとすると、稲作地帯は意外と近くにあるのかも、と思って…」
そして少ない情報から作物の植え付けまで推測してしまう彼は、相変わらず頼りになる。残念なことに肝心のお味は…食材が変わったこと自体は嬉しいのだけれど…苦味もエグ味もかなり強かった。虫食いも目立つし、ストレスに晒される天然作物は味も悪い、ということを思い知る日々だ。
「明日は二人の体調次第になるけれど…」
「朝は三日振りに治療をしてみませんか? それから南側に行って、組合で資料室の資料を確認したいですね」
「治療は魔力が戻れば、よ?…モモ、狩りは休もう」
「うん。私もそれがいいと思う。まず資料室で情報収集かな」
「それから、特にモモさんの装備を揃えたいです。武術の稽古を付けてもらいたいですし、魔法だって…なかなか、新しい魔術を練習する余裕が…」
「…魔法はともかく、他人の目のあるところでは武術の訓練は控えた方がいいかも。リカも、ショウくんも初心者のようなものだから。悪意のある人に付け込まれかねない気がするの」
「治療の待ち時間で多少は訓練したけれど、これからは控えた方がいいのかな?」
彼は真剣な紫瞳をわたしとモモに向けながら答える。
「モモさんもリカさんも、美貌が際立っていますから。そこが一番、心配です」
「ショウくん…あ、有難う…私、あなたこそ…」
「ファ、ファンタジーでは組合に訓練施設があるけれど、これも要確認ね」
彼が心の底から…心配していることが伝わってきて、モモが照れてしまった。
「…ねえ、結局、この町には他の人たちは転生していないということ?」
ひと通りの相談が終わった頃合いを見計らって、モモが聞いてくる。
「そうですね。身分証が無いと雇われるのは難しいみたいですからね。魔物狩組合で登録者がいないとなると…」
先程もクンディさんに、ここ数日で新規登録した人の有無を確認したのだ。そもそもヴェイザでは増水期は魔物狩にとってオフシーズンで、新規登録者は前月を含めても、わたしたち以外ではこの町の出身者だけだそう。
「…何となく、花蓮は近くにいるような気がしたのよね…」
モモが呟く。楠銘花蓮は、モモの結界を突破して彼に近付く唯一の女子。本人は全くその気はないと宣言している。でも修学旅行でも一緒の班で多少のトラブルも有り、モモとしては思うところがあったのだ。華やかなのに品のある超美人の御令嬢で、スタイルも完璧だったしね。決して悪い子ではないのだけれど。
「…………」
彼は何か言うべき言葉を探そうとしたものの、正解が見付からないらしい。目顔でわたしにお願いしてくる。
「会ってもいないのに気にしても仕方がないよ。誰かと再会することがあったら、その都度、考えようよ」
わたしも当たり障りのない答えを返すことしかできなかった。
「ん…そうよね…」
「で、では、明日は朝の治療をしたら、組合で情報収集ということで」
彼が締め括る。わたしたちは部屋へ引き上げることにした。
その晩。精神的な疲労も大きかったのだろう。わたしはベッドに入るや否や、あっという間に意識を手放した。今日は、この世界に来て初めて命の危険を感じた。でも、彼とモモと一緒に転生できて本当に良かった。二人を捕まえたわたし、改めてグッジョブ。明日も無事に生き残れますように…。




