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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第1章 ヴェイザ

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第30話 獣化

「それでは皆さん。「春甘根はるあまね」の見分け方を教えますね」

「リカ先生、よろしく!」

「リカさん、お願いします」


 川沿いの土手を爽やかな風が通り抜ける。アウストリ川の滔々たる流れを彩る細波に、太陽の光がキラキラと反射している。対岸は木が少ない。橘花くんに拠ると、川筋が凸で高さも低い対岸の方に決壊しやすくて森にならないのでは、とのこと。上流を臨むと、意外と近くにヴェイザの町と、革の鞣し場が見えた。


 ヴェイザは川から水道を引いている。水道は町を西から入って横断して東に抜けて川に合流する。町中は地下で蓋付だから最初は分からなかった。そして排水口の近くには鞣し場があるのだ。渡し船に乗る時も強烈に渋い匂いを感じることがある。鞣し加工は大変な悪臭を伴うので、町の外の水場で行うものらしい。


「この百合みたいな白い六枚の花弁が春甘根の花ね。湿った草地や土手によく生えるの。ほら、中心に白い筋がある細い二枚の葉が、茎の根元から出ているでしょう? これも目印ね。以外と根が深いから…」

 小型スコップ(尖手匙)で春甘根の周囲の土を掘って球根を取り出した。


「地中に細い茎が伸びていて、先の方にラッキョウみたいな球根があるの…モモ、【消砂デレーテ】してくれる?」

 一瞬で砂が消え、残った土の有機質も振るうと簡単に落ちて白い球根が現れる。

「春甘根は球根の脇から新芽が出ているのが特徴だけれど、似たような見た目で毒のある植物の球根も混じっているかもしれないから、花と繋がっているものだけを選んで。迷ったらわたしに見せてね」


 三人は買い足した鉄製の尖手匙で掘っていった。ほぼガラスの解体刀は土には向かない。石に当たると欠け易いから。わたしたちはモモが修正できるけれどね。彼に拠ると大型のシャベルは中世には存在していたけれど、園芸用のこてみたいな小型のものがいつ発明されたのかは知らないとのこと。


「春甘根の白い花、下を向いて咲いているのが多いね。茎は細いし、ひっそりと控え目なお花なのね…」

 モモが呟く。そうね、モモに似ているかもしれない。特に転生前の。頑張って五十個くらいの球根を確保したので、土手の上でお昼休憩をとることにした。昨日は少し物足りなく感じたので、今日は豆スープとパンに加えてチーズも買ってある。わたしは食べ終わった頃になって思い付いて切り出した。


「そう言えば春甘根は薬用と同時に食用でもあるから、味見してもいいけれど…茹でる時間が必要なのよね」

「時空第三段階の【加速アクセレラ】を小鍋に掛けると、時間が進むと思いますが」

「第四段階の時空魔術士だと、第三の【加速】は最大で十倍だよね。柔らかくなるまで三十分煮込むとして、それが三分に縮まるなら時間も掛からないね」

 彼も頷いて早速、鍋の用意を、と動き出したところでモモが確認してきた。


「ショウくん、三分間も【加速】し続けられるの?」

「ああ、そうね。でも必要魔力は対象物の大きさ次第だから…」

「小鍋と球根ならば、大丈夫ではないかと思います。まあ、時間を弄る魔法は初めてですし、試してみましょう」


 橘花くんが魔法の水を小鍋に注ぎ球根を三つだけ入れた。わたしが【加熱カラーテ】で沸騰させ、彼が杖を当てて【加速】し続ける。小鍋を見ていると何となくブレたような気がして瞬きしてしまった。


「ホルトッ!!」

 突然、橘花くんが叫んで、わたしとモモを思い切り突き飛ばした。二人がいた位置に入ったローブの背中に沢小鬼ガリイホルトの棍棒が振り下ろされる。ボグッ! 嫌な音が響く。橘花くんはそのまま魔物を押し出すようにして一緒に土手を転がり落ちた。いつの間にか囲まれていた! 沢小鬼が彼に殺到する。


「いやあああ!!」

 わたしたちの方に残っていた2匹を蹴り倒したモモが、飛ぶように橘花くんの方に向かう。わたしは慌てて、起きようと藻掻いている沢小鬼たちに次々と【火矢サギッタ】を打ち込んで黙らせた。


「ゴエッ?」「ゲバ!」

 橘花くんに伸し掛かっていた2匹を、モモの怒りの【石弾シレクス】がまとめて貫いた。杖も使わずに!

「よくもッ!」

「ギシャア!」「ギャア!」「ゲアア!」


 モモが沢小鬼の群れに突っ込む。短剣が煌めく度に、沢小鬼の鮮やか過ぎる血と耳障りな悲鳴が花火のように広がる。意地悪な小人のような魔物たちは、今度はモモをぐるりと取り囲んだ。


「ゴフッ!」

 振り返りもせずに後ろ手に放ったモモの【石弾】に貫かれた沢小鬼が引っ繰り返ったのを皮切りに、乱戦が再開された。モモが鬼神のように立ち回っている。短剣だけでなく拳や蹴りまで繰り出して、小鬼を寄せ付けない。眼と耳に痛い鮮血と悲鳴が再び辺りを覆い尽くした。


 わたしも二人に当てないように、震える杖先を両手で握りしめて【火矢】を打ち込んでいく。気が付くと魔物の群れは全滅していた。橘花くんは?…両手を頭の上で組み、俯せに伏している。その身に纏うのは沢小鬼の赤い血だけではない…わたしは転がるように彼の元へと駆け寄った。


「ショ、ショウくん!!」

 返事が無い! そ、そんな!

「ショウ! 気を確かに! 落ち着いて治療して! リカ、彼をお願い!」

「う、うん!」

 モモが抜き身のまま身を翻して土手を駆け上がる。まだ残党がいたらしい。わたしは必死に呼びかけた。


「ねえ! 返事できる? 治療できそう?……あっ!」

 一瞬、青い光が出たものの消えてしまった。白い腕と手背がざっくりと割れて骨まで見えている。ローブの背中には殴打の後が残っている。ああ、どうしよう、どうしよう、あなたが…か、神様っ!!


 やがて青い光が彼の体を覆い、次いで白い光が包んだ。ショウくん!

「…すみま、せん。ご心配をおかけして。傷を塞ぐ前に【浄化プルガーテ】を、と思ったので手間取りました。もう大丈夫です」

 そういう彼の顔からは血の気が失せて黄色くなっている。

「だ、大丈夫なの? あんなに血がたくさん…か、顔色も…」

「リカさんこそ怪我は? それにモモさんは…」


「ショウ!」

 モモが降りて来た。全身に沢小鬼の真っ赤な返り血を浴びている。モモを青い光が包むと一瞬で消え失せた。

「私は無傷だから! あなたを優先して!」

「でも【清浄エウェッレ】しないと、傷を確かめられませんから。モモさん、本当に大丈夫そうですね。良かった…」


 彼がわたしの肩に手を添えて立ち上がる…いつの間にか、わたしはその胸に縋りついていた。はっと気付いて咄嗟に優しい手を振り解いて離れてしまった。は、初めて、あなたと…触れ合って…。


「あっ…ええと、攻撃を受けたのは最初の数発だけです。後は第四段階時空魔術の【頑丈ドゥラーテ】を発動できたので、全く衝撃を感じませんでした。ただ、傷が痛くて直ぐに【深癒サナーテ】を出せなくて…」

 そう言われると、途中から沢小鬼の棍棒が跳ね返り、魔物たちが弾かれるように彼から離れた気もする。でも…。

「ほ、本当に…治ったの? 痛くない? 気分は?」


「す、すみません。僕の所為です。魔法を使いながら【探知】はできないと分かっていたのに。申し訳ない」

 慌てたように黄金色の頭が下がった。あなたって男性(ひと)はいつも…。

「…わ、わたしたちを庇ってこんな…し、心配したのよ! こ、怖かった…怖かったの…ぐすっ…うう…」


 わたしは涙が零れるのを止めることができなかった。彼がそっと肩を抱いてくれる。わたしはビクリとしてぎこちなく彼の胸に顔を埋めて…おかしい、こんなこと真っ先にモモがする筈なのに…。


「モモさん!」「モモ!」

 彼女は、青白い顔で震えながら座り込んでいた。慌ててわたしたちはモモの傍に寄り、両側から肩を支えた。

「【獣化】ですね?」

「…うん、そうだと、思う。意識、したつもりは、無いのに…」


 【獣化】は獣人の種族特性のひとつ。いわゆる「火事場の馬鹿力」のように一時的に身体能力が上がるものの、切れると脱力してぐったりとしてしまう、意外と使いどころが難しい能力だ。


「モモさん、有難う。命の恩人です。リカさんも。本当に有難う。そして申し訳ない。魔力が厳しくて第四段階の【回復スルギテ】は使えそうもない。せめて…」

 淡い白光がモモの全身に広がっていった。

「全身の筋肉と、その結合組織に、【治癒キュラーテ】を…。無理に、動いて…傷…」


「ショウ…くん、あ、有難う。力は入らないけど痛みが消えたよ…ああっ!」

「ああ、そんな…」

 今度は彼が、脂汗を浮かべて崩れ落ちてしまった。第二段階の【治癒】でも範囲が広ければ魔力消費は大きいから…わたしが彼を、二人を支えないと…。


「ショウくん…しっかり、して!」

 モモが必死に腕を伸ばして彼の手を握った。反応が無い。まさか、意識を失うまで魔力を使ったの?

「ど、どうしよう! モモ、どうすればいいの?」

「…リカも呼びかけて」

「う、うん…あの、返事できる…?」

 眉が微かに動いた。ほっとして、いつの間にか握っていた手に気付いて離す。


「…どちらにせよ、暫くは動けないよね。モモも休んで体力の回復に努めて。魔石と魔角の回収は、わたしに任せて」

 わたしは決然と立ち上がると背袋を回収し、モモに水筒と手拭いを渡した。

(モモ、いざというときは頼んだからね?)

 せめて、彼を、彼だけは守って…。

(…二人とも、守ってみせるから)


 モモは短剣を覆う赤い血を手拭で拭くと地面に突き立て、彼の頭を労わるようにそっと抱いた。わたしは半透明の解体刀を握り締めると、沢小鬼の後頭部を暴いて魔石を回収していった。勿論、額の魔角も。不思議と吐き気もしなかった。憎たらしい魔物どもは、18匹もいた。

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