第29話 探知
異世界に転生して五日目。三人は昨日と同様に、朝の治療仕事はせずに本町へ向かい、南門を通って草原に入り込んでいた。昨日はパスした動物の狩りも、無理をしない範囲で試そうということになったのだ。十分も歩いていないのに早くも橘花くんの【探知】が反応する。モモが彼の指す方向を探って囁いてくれた。
(あれが「駆鳥」だと思う。保護色になっているから少し分かり辛いけど)
どこなのかな、と視線を動かしたら見えた。鶏よりひと回り大きい? 名前から駝鳥に近いと想像していたけれど、長い首にも羽毛があるから…そうそう、エミューを小さくしたみたい。薄茶色というか灰色っぽいバサバサした感じの羽毛だ。立派な脚をしていて、間違いなく飛べないだろう。
(私の【石弾】だと、首だけを狙う自信が無いかな。リカ、【火矢】の範囲を絞って首だけを飛ばせる?)
(…うん、そうね。やってみる)
わたしは杖を掲げ、何やら啄みながら歩いている駆鳥との間に射線が通るように…と思って姿勢を動かしたら、パキっと枝か何かを踏んでしまった。途端に駆鳥が首を伸ばしてこちらを見るや素晴らしい速度で逃げ出した。
「ああっ、待って!」
わたしは慌てて【火矢】を発動したものの、駆鳥は何とジグザグに避けながら走り去っていく。三回も打ち出した魔法の矢は全て空しく素通りし、鳥肉様はあっという間に草原の中に消え失せたのだった。
「…ごめんなさい」「リカ、どんまい」
「逃げる動きが分かりましたから、次に活かせそうですね」
モモと橘花くんが慰めてくれる。有難う。その後は【探知】に何も引っ掛からず、わたしたちは薬草木の採集と沢小鬼の討伐に切り替えることにした。
「そう言えば、この世界は現実だから、魔法ですら科学法則のようなルールに従っているけれど…【探知】は如何にもファンタジーで自然よね」
「ああ、気配を探るというのは、地球でも科学的に説明できていましたよ」
「「ええ~~っ!!」」
わたしとモモは思わず大きな声を挙げてしまった。例によって橘花くんが美しい笑顔で説明してくれる。
「ええと。結論から言えば電気です。僕たちの体は、神経細胞の情報伝達は電気信号ですし、心臓や筋肉も動くと電気信号を出しますから、それらを脳波や心電図や筋電図として見ることができます。非常に微弱ながらも、体全体として見た場合、生体を固有の電界が覆っていることになります」
そう言われれば、その通りよね。でも、電気って知覚できるの?
「問題は、僕たちにこういう微弱な生体電位を感知できる器官があるかどうか。で、他の動物では確実にあることが分かっている種がいて、例えばサメとかナマズ。哺乳類でもカモノハシがそうです。彼らは目が見えない環境下でも獲物の生体電位を感知して狩をします。その器官は「ロレンチニ器官」と呼ばれていて、例えばサメの頭部に点々と開いている穴に電気を感じる受容細胞があるそうです」
初めて聞いた! モモと二人で感心し合い、熱い尊敬の眼差しを向ける。
「…そ、そのロレンチニ器官の細胞が、僕たちの体で何に相当するかというと、内耳の蝸牛にある有毛細胞だそうです。つまり、地球で勘が鋭い人というのは有毛細胞の能力が高いのでしょうし、僕のように【探知】をとった者は、神様が有毛細胞の機能を先祖返りさせたということなのかもしれません」
なるほどねえ。それにしても、正にタチバナペディア、いえショウペディアね。
「で、ここからが本題なのですが…」
うん、橘花くんの本題、これこそが彼の真骨頂よね。
「こちらの世界では、生体を探知する際には電気だけを利用するのではないと思います。つまり…」
「分かった! 魔力ね?」「私も分かった!」
「そうです。恐らく【探知】では魔力も同時に感知しているでしょう。そこで問題となってくるのは…」
橘花くんが美しくも穏やかに微笑んでモモの頭を指し示す。モモを見ると、納得顔で角耳を触っている。
「…そう、モモさんの角耳。ほら、「縞馬」にも「跳兎」にも角耳がありましたよね。「我等世」の哺乳類には高い割合で角耳があります。魔素に満ち溢れているとされるこの世界の生物が、魔力を感知する専用器官を持っていない方が不自然です。角耳こそが魔力感知器官だとしても不思議は無いのかと」
なるほどねえ。角耳は単なる獣人のモフモフ用品ではなく魔力感知器官だとすると、進化論的にもちゃんと存在の意味があるよね。と、言うことは…。
「モモ、角耳からその…音が聞こえるとか、毛が立つとか、そういう五感の感覚みたいなの、何か感じる?」
「…う~ん。正直、分からない。さっきの駆鳥も、昨日の沢小鬼も、ショウくんの方が先に分かったし…」
「確か、獣人は【探知】も種族ボーナスで5ポイントでしたよね。獣人以外には角耳が無いことも考えると、角耳は人類にとっては魔力感知器官の名残に過ぎず、獣人も他の人類種族よりは鋭い、という程度なのかもしれませんね」
「でも、わたしたちの能力は訓練で伸びるのよね? モモも、狩りの腕が上がれば【探知】が生えるかもよ…と言うか、こちらの優秀な狩人や魔物狩の人のステータス、もし見えたら【探知】を持っているのかもね」
「…そうよね。私も、これからは角耳を意識して気配を探ってみようかな」
「それにしても、【探知】をとって、よく角耳が生えなかったよね」
「森人に角耳を生やす訳にはいかなかったでしょうから…すると僕の仮説は間違っているかな。それとも僕の内耳が角耳みたいにモフモフになっている?」
橘花くんが悩み始めた。角耳の森人やモフモフの内耳を想像したのだろう、モモが吹き出してしまった。
「…ショウくん、ごめんなさい。つい、想像してしまったの…」
わたしも橘花くんも釣られて笑ってしまった。いつか機会があったら、神様に真相を確かめてみたい。
草原から疎林に変わった。そろそろ沢小鬼に注意しないと。でも長閑で懐かしい風景が広がっている。目に映る記憶にあるような木々も、耳に聞こえる何かの鳴き声も、鼻をくすぐる草花の香りも、ここは日本だと言われても違和感がない。これで魔物さえ出なければ、いつまでも森林浴を楽しみたいと思わせてくれる。
昨日と同じように「連房実」の蕾や「緑霧玉」の枝も採集した。沢小鬼にも出遭った。地面を掘ってなにやら漁っていた。5匹の群れだったけれど、最初にわたしの【火矢】の連射とモモの【石弾】で2匹を斃し、1匹を戦闘不能にした(わたしの【火矢】の片方は逸れて太腿を打ち抜いてしまった)。
襲い掛かってくる残りの2匹のうち片方は【火矢】の追撃で沈んだ。もう1匹はモモが短剣で相手をした。振り降ろされる棍棒を華麗に躱したと思ったら首が半分、飛んで終了。瞬殺だった。わたしの攻撃を受けて足を引き摺りながらも向かってきた最後の1匹も、モモが短剣で止めを刺した。
「魔石って、透明感があって黒真珠みたいに綺麗よね。でも弾力があるから、実際には石ではないのかな?」
「直訳はマギデンス、「魔素の塊」かな…成分はなんでしょうね…」
「魔角は曇っているというか、灰色よね。生きているときはもっと黒かったよね」
モモはさすがの観察眼を発揮した鋭い感想を述べる。
「魔石の魔力が無くなると、透明になるのですよね?」
「うん。魔具の魔石の魔力残量も、色で判断するの。完全に透明になると、魔力も追加できなくなるみたい」
「…色の変化はアナログで判断するのよね? 慣れないうちは気を付けないとね」
まだ「魔法袋」の自作までは遠い道程かもしれないけれど。
「リカ、魔石や魔角は魔具の製作道具だけでなく、武器にも混ぜるのよね?」
「魔石を鉄に少し混ぜると魔鉄になって、高級な杖や魔鉄針になる。鋼鉄にも混ぜると性能が上がるみたいね。魔角は肥料ね。少量だけれど普通の作物栽培にも使うし、特に「魔木」の根元の土に混ぜると魔木が更に魔力を通し易くなる上に、月…お、お薬に混ぜる根の油「魔根脂」の薬効が激増するみたい」
「月止薬ね。完璧に避妊できるピルなのよね?」
モ~モ~! せっかく口を濁したのに。
その後も、3匹の沢小鬼の群れに遭遇した。橘花くんの石弾投擲を試したものの、姿勢をひねられてしまって急所に当たらず、もう一投が必要だった。スプラッタにはまだ慣れない。でも、わたしも魔石回収の手順を見て、吐き気を堪えながら1匹の魔石を取り出した。そして、わたしたちは疎林を抜けてアウストリ川沿いの土手に到達した。今回はこの辺りで「春甘根」の球根を探すつもりなのだ。
滝口清昭『犬は主人を電界で見分ける? :歩行による人体の電界発生とその伝搬』(第16回生命情報科学シンポジウム)




