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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第1章 ヴェイザ

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第28話 ヤドリギの下で

「ねえ、あそこ。変な木があるよ。枝の途中がマリモみたいに、そこだけ丸い緑の茂みになっている…」

 金柑の木から数分くらい歩いたところで、モモが右向こうを指差した。

「ヤドリギね。こちらだと「緑霧玉みどきりだま」。葉を乾燥させて利尿剤や鎮痙剤に使うみたい。あれも採ろう。通年、採集できるから安いと思うけれど」


 近寄ってみると、何本かの木が寄生されている。春なのに、寄生されている木はあまり葉が芽吹いていない。やはり栄養を吸い取られてしまうのね。

「ショウくん、リカ、この下なら見通しがいいし、休憩しない?…リカが大丈夫そうなら、お昼にしてもいいけど…」

「リカさん、モモさん、取り敢えず「甘苦茶」を温めて飲みませんか。それで平気そうならスープも」

「二人とも有難う。多分、平気だと思うから。よし、わたしの出番ね!」


 わたしたちは早速、購入したばかりの折り畳み式焚火台を組み立て、「サムの調理道具セット」(と名付けた)を開けて平小鍋を置き、革水筒から甘苦茶を注いだ。乾いた落ち葉や羊歯っぽい植物を集め、ついでにローズマリー(「青雫草あおしずくさ」だった)を見付けたので採集しておいた。肉料理の匂い消しに使える。


 高温を意識して【火種イグニーテ】で着火する。問題なくパチパチと火が点いた。

「火を点けてから気付いたけれど、【加熱カラーテ】で済んだよね…」

「リカ、気分よ、気分! ほら、コップ、木杯は二つしかないから、私と一緒に飲んでね。リカからどうぞ」

「ありがと。温めると甘さが引き立つお茶ね。スープも温めてお昼にしましょう」


 わたしたちは甘苦茶を飲み干すと、二つの小鍋に今朝入れてもらった豆スープを注いだ。軽く【加熱】して、パンも同じく温めて、三人で二つのお鍋から分け合っていただいた。魔法って便利! そしてちょっとしたピクニック気分で、気持ちもかなり落ち着くことができた。


「…ねえ。ヤドリギの下で出会った男女と言えば…」

 モモが瞳を輝かせながら切り出す。わたしも橘花くんも敢えて触れなかったのに、空気を読みなさいよ!

「え、ええと、ぼ、僕はヤ…緑霧玉を採集してきてしまいますね!」

 橘花くんが慌てて木に登った。正解。この間に…。


(ちょっと、モモ。こっちでは、その風習があるかどうか分からないよ?)

(あら、私はショウくんとリカがすればいいと思って、切り出したのよ)

(なっ…何を言い出すのよ! モモこそ、遠慮しなくていいのよ?)

(ほんとに?…そのときは、譲ってくれるのね?)

(…ええっ)

 密々(ひそひそ)と言い合っている内に、橘花くんが細い枝を何本か抱えて降りてきた。


「…枝ごと折り取ってしまいましたが、これでいいですか?」

「う、うん、有難う。そのままの状態で持っていきましょう」

「ショウくん。ヤドリギと言えば…」

「そ、そうですね! モモさん、ヤドリギは冬でも常緑ですから、古今東西、豊穣や永遠や幸運の象徴で…欧州ではキリスト教以前から冬至祭りの飾りの定番でした。日本の門松のようなものです…あ、クリスマスは元々あった冬至祭りをキリスト教が乗っ取ったものですから…」

 うん、動揺している橘花くんというのも新鮮よね。思わず笑みが零れる。


「ケルトの時代には、特にオークの木に寄生するヤドリギが珍重されて…日本だと桑の木に寄生するものが珍重されていたので、桑の木以外に寄生したものも含めて、ヤドリギの生薬の名前が「桑寄生」になっています。生薬として何に使うのかは、忘れてしまいましたが」

「文化が違うと、珍重される木も当然、異なるよね。ところでヤドリギの…」


「こ、これは別にオークや桑に寄生したものが薬効(あら)たかだからではなく、その文化圏で特に重要な木が選ばれただけです。桑は古来、木材としても食用としても薬用としても利用されてきて、そして何といっても養蚕ですね。「クワ」の名前の由来も、蚕の方が先…「食う葉」や「蚕葉」から「クワ」になったとも…」


 そして、わたしはまたひとつ真実を知る。橘花くんが普段、披露してくれる雑学は、ほんの触りだけで、彼の頭の中にはずっと多くの知識が詰まっていたのだった。気が回る彼のことだ、わたしたちに引かれないようにとか考えて、かなり端折って説明してくれていたのだろう…。


「ショウくん。あなたの瞳、すごく深い湖のような紫色になったよね。前の瞳も、とても素敵だったけど。森人はみんな、こんなに美しい紫色なの?」

 モモがキラキラと輝く瞳で橘花くんの目を見上げる。濃紫の瞳は揺れ動きつつも、視線を外すのも失礼だと観念したのだろう、そのまま説明を続けた。


「…森人は薄紫色が基本みたいです。地球では紫の瞳は大変珍しくて…「瞳の三原色」みたいなのがあって、黄色、茶色、青色、この三色の組み合わせで瞳の色が決まるそうです。紫色になるのは条件が厳しくて…確か茶と青だけで黄色が全く含まれないこと。さらにメラニン量も少ないこと。すると、金髪白肌の森人が紫色の瞳なのも納得かもしれませんね」


 瞳の話題だから、モモが堂々と顔を近付けて橘花くんの目を見詰めている…モモったら、いつの間にこんな恋愛強者に。

「ショウくんは何でも知っていて、本当に頼りになるよね。その叡智と、そして何よりあなたの優しさが瞳に深みを与えているのね…リカも、そう思うでしょ?」

「えっ? そ、そうね。わたしも、いつも吸い込まれそうに…」

 いきなり振られたので、つい恥ずかしい答えを返してしまった。


「ほら、モモ。これ以上、プレッシャーを掛けたら駄目よ。初めては、習慣とか伝統とかではなく、本当に心からそう思った時がいいでしょ?」

 わたしったら、ますます恥ずかしいことを…。

「二人とも有難う。ためになって楽しいお話が聞けて、わたし、もうすっかり元気になったから。さ、片付けて帰ろうか!」


 ほんと、沢小鬼ガリイホルト如きで動揺するわけにはいかないものね。ほっとした視線と残念そうな視線を受けながら、わたしは率先して「サムの調理器具セット」を片付け、これ以上奥には行かずに引き上げることにした。


 今日は二人とも橘花くんに膀胱の体内【清浄エウェッレ】をしてもらった。不思議な感覚だった。冷静に考えてみれば、少し離れてモモに掘ってもらった穴で済ますのも、恥ずかしいし危険な行為だからね。うん、魔物に対峙して、その死骸を処理することに比べれば何てことはない。彼をお医者さまと思えばいいだけよ!


 帰り道には運よく?やはり金柑を漁っている沢小鬼2匹に遭遇し、あっさりと倒すことができた。今度は橘花くんの解体申し出を断ってモモが魔角を採り…死んだ後は根元から簡単に折れるらしい…後頭部から魔石を取り出した。


 わたしは、今回も「回収」はチラリと見ることしか出来なかったけれど、少なくとも覚悟は決めた。次は手順も教えてもらおう。こうしてわたしたちは初めての採集と魔物狩りを終え、ヴェイザの町へと引き上げたのだった。


「沢小鬼の魔石と魔角が5つずつ。状態も問題ありません。銀貨10枚と大銅貨5枚です。それから、連房実の蕾、金柑の実、緑霧玉の葉ですね。こちらは数などを確認しますので少々、お待ちを」

 魔物狩組合に戻ったわたしたちは、早速、初めての狩猟採集の成果を換金していた。わたしの【薬術:第二段階】では、価格の高低はある程度推測できても実際の相場は分からないから、ドキドキしている。


「お待たせしました…全て間違いないです。銀貨26枚と大銅貨4枚とさせていただきます。沢小鬼と合わせて銀貨36枚と大銅貨9枚。大銀貨にしますか?」

「いえ、結構です。逆に銀貨1枚を大銅貨に崩していただけませんか?」

 わたしたちは自然と綻ぶ顔で視線を交わしながら答えた。


 クンディさんに礼を述べて組合を辞したわたしたちは、意気揚々と北側へ戻った。日暮れが近かったけれど、魔物狩たちが戻って来る時間帯にギリギリ間に合った。三日ぶりに会ったマナグさんたちと、他の魔物狩パーティの人の骨折治療で銀貨20枚。ちなみに骨折したのは今回もアザルさんね。


 異世界初の狩りと採集を無事に乗り切った。橘花くんの治療以外の収入源ができて、残金も最高額を更新した三人は上機嫌で眠りに就いたのだった。わたしもやっと二人の役に立てた気がして、穏やかに眠ることができた。明日も無事に生き残れますように。神様、どうか、どうか、お見守りください…。



 J.M.Seddon『虹彩色分類システムの評価』(PMID:2201662)

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