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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第1章 ヴェイザ

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第27話 沢小鬼(ガリイホルト)

 転生四日目。朝の治療仕事は止めにして南側へと急ぎ、狩と採集のための装備を購入すると、南門を通り抜けた。門番さんはガットさんたちではなかった。ヴェイザ脇街道を南へ向かう荷馬車や徒歩の旅人と一緒に暫く歩き、十字傷のある岩に挟まれた獣道のような野道を見付けて、街道を逸れて草原に分け入った。


「たくさんお金を使ってしまったし、気合を入れていこうね!」

「うん!」「頑張りましょう!」

 最低限の準備をするだけでも、銀貨が何枚も飛んで行った。まず襷掛けにする胃袋のような革水筒が銀貨2枚。これは「踊る跳兎(はねうさぎ)亭」の雑貨店で購入。割高だと思うけれど、宿泊している「溢れ鍋亭」でスープを入れてもらうためだ。女将さんは「残りものだし」とパン三つと合わせて大銅貨1枚で詰めてくれた。


 それから組合前の広場の金物屋で、安い半透明の小型解体刀が銀貨3枚。小型の剣先スコップ(「尖手匙」だった)は鉄製で銀貨3枚。折り畳み式焚火台が銀貨1枚と大銅貨5枚。金串三本で大銅貨3枚。二重の入れ子になっている木のコップ(「木杯」ね)が大銅貨5枚。そして大きかったのが携帯用の鍋セット。


 大小二つの平小鍋が重ねて収納できて、スプーン(「木匙」)二本と二枚歯のフォーク(「肉叉」)が一本付いて銀貨8枚。見付けた瞬間に「これってサムの調理道具みたいよね」と盛り上がって、勢いに任せて購入してしまった。その他は「綱麻つなあさ」製の袋や雑用布と綱を少し。合わせても銅貨20枚くらいと安かった。


 お店のご主人に、わたしとモモが笑顔で値引きをお願いしたのだけれど、スプーンをもう一本付けてもらった他は、負けてもらえたのは袋類だけ。朝の革水筒も含めて銀貨18枚と大銅貨3枚に羽根が生えた。【商売】には、値引き交渉スキルは含まれていないような気がする。残金は危険水準に墜ちてしまった。


「あ、あれが多分、「連房実つれふさみ」の木ね」

 草原では橘花くんが何かの動物の気配を捉えたけれど、魔物と違って逃げる動物の狩りは時間を取られそうなので、今日のところはパスした。木が増えて疎林になってきた辺りで、わたしは雪が積もるように白い蕾がたくさん付いている立ち木を見付けて、二人をそこへと誘った。


「ちょっと待って。確かめるから…大丈夫と思う」

 葉を一枚、ちぎって噛む。苦くて青臭い中にも微かな甘味。間違いないだろう。

「細くて柔らかそうな白い毛に覆われていて、思わず触りたくなりますね」

「ほんとね。指先くらいの大きさで可愛い蕾ね…リカ、触っても平気なのよね?」

「うん。ほら、少し開き始めている蕾もあるけれど、こんな風に完全に閉じている蕾だけを選んで採ってね」


 まず三人で手の届く範囲の蕾を採り、次いで橘花くんが木に登ってどんどん採ってくれた。開き始めている蕾や小さい蕾は残した。その後も「連房実」の木を見付けて、合計三百個以上の蕾を集めることができた。


「地球そっくりのハーブ類は結構、自生しているのね。これなんかローリエよね」

「タイムもある。【調理】に拠るとローリエは「緑香樹みどりかのき」でタイムは「麝香草」ね。タイムは同じ翻訳ね…」

「僕の【博物学】だとハーブ類は1ページに纏まっている情報で、葉の形を見ても判別には自信ありません」


「わたしも地球で生えているところは見たことないけれど、分かるの。多分【薬術】のお陰ね。ハーブ類も大抵、何かしらの薬効があるから。庭先で栽培できるから二束三文だろうけれど、どうする?」

「…私たちが屋外で調理するときに使えるから、少しずつ採っておこうよ。乾燥しても大丈夫だし」


 ハーブ類も少しずつ集めながら更に奥へと進んでいたところ…橘花くんが、突然わたしたちを制した。

(…少し先にいますね。多分、沢小鬼ガリイホルトかと)

 姿勢を低くした橘花くんが指差した方向を窺うと、木立の中に枝が揺れている木があるのが分かった。小さなオレンジ色の果実を鈴なりに実らせているようだ。

(なるべく音を立てないで、私の歩いた後を辿って)


 橘花くんの【探知】で見つけた後は【狩猟】持ちのモモの出番。音を立てずに左側に移動するモモの後ろを、わたしと橘花くんは覚束ない足取りで付いて行った。モモの誘導で陣取った黒い岩の陰から揺れる木を(うかが)う。20mくらい先に沢小鬼が3匹。灰褐色の皮膚には体毛が無い。額から短い魔角が1本生えている。


 身長は1mくらい。2匹はきれいに直立して枝を掴んで、オレンジ色の小さな果実を毟り取っては貪り食っている。もう1匹は地面に落ちた果実を漁っている。食事に夢中なのと、橘花くんの第一段階風魔術【操風モウェーテ】で、こちらが風下になるように空気を動かしているから気付かないのだろう。


(モモ、どうすればいい?)

(リカは立っている右の沢小鬼を【火矢サギッタ】でお願い。私はショウくんの杖で、左の沢小鬼を【石弾シレクス】で狙う。真ん中の蹲っている沢小鬼は臨機応変に。ショウくんは石弾の投擲の準備だけで待機していてね)

(わかった)(了解です)

(では、いくよ。3…2…1…)


 わたしの【火矢】が右の沢小鬼の首に着弾して頭を飛ばす。続いてモモの【石弾】が左の沢小鬼の胸を貫通した。溢れ出す妙に鮮やかな血潮。一瞬、固まった真ん中の沢小鬼はこちらを見るや否や素早く立ち上がると「ゲシャア!」と耳障りな叫び声を上げながら、棍棒を握って一直線に向かってくる。


 沢小鬼の白目のない暗黒の瞳からは何の感情も読み取れない。異質な存在。人類の敵である人喰い魔物。それでも、初めて命を奪い、踊り狂う赤い帯に動揺したわたしは二の手を繰り出せなかった。棍棒を振りかざした沢小鬼が迫る。次の瞬間、頭に白い石を受けた沢小鬼が後ろに引っ繰り返った。


「駄目か。モモさん、短剣を貸してください。僕が止めを刺します」

 石弾を投擲した橘花くんの声が震えている。

「…わ、私に任せて」

 モモが痙攣している沢小鬼の首筋に短剣を当てたものの、動かせない。結局、橘花くんが短剣を奪うようにして首筋に滑らせた。吹き出す赤い液体。わたしは、とても直視できなかった…。


「お二人は警戒をお願いします。モモさん、解体刀を」

「…あの、私、【狩猟】の知識で出来るから…」

「いや、【医学:第二段階】の僕も解剖経験がある状態ですから。お二人は外を見張っていてください」


 事前に橘花くんから、人型魔物の魔石の位置は小脳の下端あたりだと聞いていた。頭の後ろの穴から抉じ開けるようにナイフを刺し入れるのだ…耳を塞いでいても音が聞こえてしまう。わたしとモモは抱き合って震えていた。


「ごめん、モモ。わたし、撃てなかった…」

「ううん、私も3匹目が向かってきたとき、飛び出せなかった。止めだって…」

 モモの顔が蒼い。わたしも同じだろう。橘花くんだってきっと…。

「…お待たせしました。魔石と魔角を3個ずつ確保できましたよ」


 わたしは恐る恐る橘花くんの手を見た。直径1cmくらいの透明感のある黒い魔石と親指くらいの魔角だ。血も付いていない。勿論、綺麗にしてくれたのだ。お礼を言おうとしたけれど…彼の顔色に心臓を刺されてしまった。


「…ごめんなさい。大変なことを全部、押し付けて…わたし何も…」

「リカは【狩猟】も【医学】も持っていないのだし、当然よ。私こそ、ごめんなさい。戦闘や解体の知識は備わっているのに、足が動かなかったの…」

「リカさん。モモさん。僕はお二人と一緒で良かったです。躊躇せずに魔物に手を下せる女性ひとよりずっと、ね」

 橘花くんは紫の瞳を真っ直ぐに向けて、優しくて温かな笑顔で宣言してくれる。


「…うん…」「…ショウくん、有難う…」

 深紫の瞳と、その奥にある真情を真面に受けたモモは、真っ赤になっていた。わたしも先程からの動悸が収まらないままだった。

「…ええと。モモさん、申し訳ないのですが。偽善でしかありませんが、【操砂モウェーテ】でその、墓穴を…」

「…そうね。それがいいよね」


 モモが【操砂】で大きな穴を拵える。橘花くんとモモが沢小鬼の死骸を投げ入れた。彼の言う通り、殺しておいて今更だけれど。でも、わたしこそ二人と一緒で本当に良かった。そして、こんなところで止まっている余裕はないのよ、リカ。覚悟を決めないとね。三人でこの「我等世ウィラルテ」を生き抜くために。


 わたしたちは無言で手を合わせると、モモが【操砂】で土を被せ直した。

「ね、これは金柑だと思う。枝の上の方は少し実が残っているから、頂いていかない? 魔物の餌になるくらいなら…木登りをお願いしないといけないけれど…」

「そうしましょう。お二人は周囲の警戒をお願いします」

 四十個程の金柑を確保した後、三人は複雑な思いを抱きながらも初めての狩りの現場を後にしたのだった。



 J.R.R.トールキン『指輪物語 二つの塔』(サムの調理道具)

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