第25話 買い物
「おや、あんたたち。本当に来てくれたんだね」
「女将さん、二日振り。ええと、男性用のパ…股穿きと、こちらの獣人用の靴下と、お裁縫の道具を一式と、部屋で着るような長めの被上着を三着、欲しいのですが。あの、股穿きと靴下は新品でお願いします」
朝の仕事を終えた三人は、渡し船に乗ってヴェイザの南側の「本町」に来ていた。稼ぎは芳しくなくて、打身の【表癒】だけで銀貨3枚。あまり意気が上がらない状態で、初日に肌着を買った中古服屋さんを訪れていた。
わたしと橘花くんは靴下なのにモモは足布だ。巻き方は何故か分かるそうだけれど、やはり違和感があるみたい。
「ええと、衣服は大綿製でいいのかい? 男性用の股穿きの新品は…森人さん、長寛衣を開いてください。やはり細身ですねえ。それならこいつで銀貨1枚。獣人のお嬢さんの靴下は…この辺りを足に当ててみてくれるかい。銀貨3枚。裁縫道具一式っていうと…魔物狩向けの携帯用があったかな」
「…見せて頂けますか」
モモが確認してくれる。長財布くらいの大きさの布製ポーチの中に、針と糸とボタンと鋏…小さいU字型の握り鋏、いわゆる和鋏だった!…が入っている。
「糸は、弾絹と亜麻は入っちゃいないが大綿と牛毛糸の二巻き、針が二本、釦も丸と留木が幾つかあるはずだよ。銀貨3枚と銅貨60枚。あとは長めの被上着だったね…」女将さんが店の中を探す。
「ああ、この辺りでどうだい?」
女将さんが広げて見せてくれたのは、やはりチュニックみたいな長袖で上からすっぽりと被る服。わたしたちの体に合わせてみて、膝丈くらいになる大きさで、補修跡や継当などが無い三着を選んだ。
「その三着なら銀貨4枚と銅貨30枚。他はいいのかい?」
「ええと、実はお聞きしたいことがあるのですが…」
モモが女将さんの耳元に囁きかける。女将さんは納得顔で何やら小声で返すと、モモと二人でカウンターのところへ戻り、裏から何かを取り出そうとしている。今わたしのやるべきことは…。
「ねえ、そっちにモモと同じようなマ…懸布ない?」
「ああ、値段の差ですか。確認しましょう」
橘花くんは、マントやローブが置いてある方へ行って探す。ちょうどモモと女将さんの話は終わったようだ。
「すみません、この懸布のお値段だけ、伺いたいのですが」
橘花くんが、昨日購入したモモのフード付マントと同じような品を掲げた。
「それなら銀貨3枚ですよ」
わたしたちは顔を見合わせる。「踊る跳兎亭」の雑貨屋では銀貨4枚だった。
「ああ、北側で買ったのかい。あちらは何でも割高だからねえ」
考えてみれば当たり前なのだけれど。その可能性には思い至らなかった。
「女将さん、わたしたちは「溢れ鍋亭」の四人部屋に一人銀貨4枚で泊まっているのですが、ひょっとして…」
「ああ。「溢れ鍋亭」は悪くない宿だが、本町なら同じような宿が銀貨3枚くらいから見つかる筈だよ」
当然、宿も高いよね。わたしたちは顔を見合わせて苦笑し、結局、最初の予定通りの品だけを締めて銀貨11枚で購入した。銅貨分は値引きしてくれた。
毎回、値引きしてくれるお礼に、と橘花くんがマントなどを何着か無料で【清浄】することを申し出た。本当は値引きではないかもしれないけれどね。女将さんは「森人の、しかも光魔術士さまで!」と驚愕して喜んで申し出を受け、モモに例の品を押し付けてくれたのだった。
「考えてみれば、北側は殆どお店が無いのだし、割高になるのは当たり前よね」
「…でも、南側を拠点にすると、時間をロスするのと渡し賃が必要になるから、治療だけの場合は微妙かも」
「これは真剣に昼間は狩りに出ることを考えた方がいいかもしれませんね」
わたしたちは、道すがらの商店を眺めつつ魔物狩組合への道を進んだ。途中、橘花くんの発案で雑貨店に寄って、軸が八角形で芯は四角い鉛筆(炭筆だ)と、糸綴じの薄いノート(空冊子だった)を銀貨3枚で購入した。確かに、あらゆることを記録しておく必要があるだろう。
「あ、あれ! 白人参と黒人参!」
モモが野菜などを並べている青果店らしいお店を指さす。
「これが韮葱で、こっちはケール…冬葉菜ね。黒目豆もあるね」
「黒人参は細くて頼りないけど、白人参は太くて短いのね。韮葱はかなり太いね。甘味があったし、リーキに近いのかも。あ、干葡萄…じゃなくて干酒実あるよ。赤椒もたくさんあるけど」
モモと二人で話していると、お店の人が声を掛けてきた。
「これはまた使徒様みたいなお嬢さん方! 何かご入用ですかい? 今はちょうど季節の変わり目で種類は置いていなくてね。でも、どれも入荷したてですよ?」
(どうしよう? 干葡萄、いえ、干酒実を試してみる?)
(日持ちがするし軽いから、お値段を聞いてみようか)
「あの、こちらの干酒実は、おいくらですか」
「大銅貨3枚ですよ」
30粒もあるかな…それでも食べ物は全体に安いような気もする。三人で顔を見合わせて頷き合い、買ってみることにした。その後、初日の広場に辿り着くと、取り敢えずベンチに座って橘花くんが【浄化】した干葡萄ならぬ干酒実をひと粒ずつ試食してみた。唾液が溢れるほど酸っぱかったものの、甘味も感じられた。
広場の周りは魔物狩組合以外に、武具店や、武具以外を扱う金物店や、革製品店が並んでいた。魔物狩向けのお店が集まっているのだろう。最初に武具店に入ってみた。モモと同じような鉄短剣が銀貨4枚から、鉄の長剣は大銀貨から。全て店売りの中古価格だけれど、武器も安いと思う。
防具は金属で補強した革鎧が基本らしい。肩当てや肘当てといった部分的なものや革手袋などは銀貨で売っていたけれど、今回は見送り。獲物を入れるための粗い麻袋や麻の雑用布…橘花くんに拠ると衣服用とは別の「綱麻」という植物らしい…などは銅貨で買える安さだったのは朗報ね。
解体刀は本当に石製が多かった。砦の石と同じ風合いで、柄は木製か骨製だ。
「完全に透明にするのは、高段階の砂魔術が必要なのかもしれませんね」
「そう言えば、黒曜石はどうして黒いの?」
「ええと、マグマが固まったものなので酸化鉄などの不純物の所為ですね」
「…砂魔法の石でガラス刀にするには、何か条件があるのかな」
今回は下見だけで、道具類の購入は全て見送った。では、次は魔物狩組合で情報収集といきましょうか!
「今の時期にこの辺りで取れる薬草木ですか? 少々、お待ちくださいね」
わたしたちは魔物狩組合に入り、クンディさんを捕まえていろいろと教えてもらっていた。マナグさんの話と殆ど同じだった。
南門を出て暫く歩いて十字傷のある岩の間の野道を川の方へ進むと、草原から疎林となり「沢小鬼」が出る。それ以外の魔物はこの何年か報告されていないものの絶対ではない。また、草原には魔物ではない動物の「駆鳥」「跳兎」がいて、肉の他に羽毛や兎皮の買い取りも可能とのこと。
「お待たせしました。例えはこちらが採れますが…でも、薬草木の採集は意外と難しくて、ご経験がないと」
クンディさんが植物図鑑のような本を持ってきて、ページを開いている。わたしの【薬術】の出番ね!
「見せていただけますか。「連房実」に「春甘根」ですか。連房実の蕾は鎮痛、春甘根の球根は強壮。「金柑」もあるのですね。果実の皮は咳止めになりますね」
「まあ、リカさんは薬術の心得もお有りなのですね。金柑はもう終わりかもしれませんが。ああでも、今は南門で活動する魔物狩は殆どいなかったと思いますので、狙い目かもしれません」
「…あの、クンディさん。私たち、北側で「溢れ鍋亭」に泊まっているのですが。本町の同じくらいの中級宿で、お薦めを教えていただくことはできませんか?」
優しいクンディさんに甘えるように、モモが遠慮がちに尋ねる。
「ええと、食堂と「浄化便所」付の中級宿ということですね。そうですね、モモさんやリカさんでも安心して泊まれる宿となりますと…」
ここでクンディさんは、さも当然という口調で続けた。
「…お三方で一室の、一人銀貨3~4枚ということですよね?」
「…はい…」「「………」」
モモが忽ち真っ赤になって俯く。それを見て橘花くんが固まる。わたしは当然ながら染まってなんかいない、と思う。たぶん。モモ、その反応では却って誤解されるよ…でも冷静に考えると、そういう間柄と思われた方が余計なトラブルに巻き込まれないのかもしれない。そういう振りをした方がいい、のかも。
クンディさんにお礼を言った後は、三人とも「浄化便所」使わせてもらった。橘花くんは膀胱の体内【清浄】が使えるようになったけれど、トイレの確認と【浄化】のために最初に入ってくれた。清潔に使われているらしかった。【浄化】しても僅かしか魔力が減らなかったから。魔力の減り方で清潔さが分かる。
それからクンディさんに聞いたお薦めの宿の位置を確認して、町中をひと巡りしてから組合前広場に戻った。そして中年男性の屋台で串焼き肉を二本、銅貨8枚で購入し、パンと一緒に早めの昼食を済ませた。勿論、お肉はしっかり【浄化】した。肉質はとても硬くて、わたしと橘花くんは二人で一本の串に四苦八苦した。
でもモモは平気で一串を平らげた。橘花くんは「モモさんは顎のラインもすっきりしているのに」と首を捻っていた。ひと休みしてから腰を上げ、渡し船に乗って北側へと戻り、早めに「私設野外診療所」で待機することに。ちなみに広場では初日の小母さんの骨汁屋台も営業していたけれど、試す気にはなれなかった…。




