第23話 掌の上
「リカ。「踊る跳兎亭」も悪くはなかったと思うけど、「溢れ鍋亭」の女将さんは感じ良さそうだったよね」
「うん、まだ泊まってもいないけれどね。取り敢えず、急ごう」
わたしたちは足早に北門を通り抜け…門番さんは同じね…昨日、急拵えした「私設野外診療所」へと急いだ。壊されたりはしていなかった。早速、客引きをする。
「こちらの森人の方は、光魔術士です。【治癒】の御用はありませんか?」
「魔法水も出せます。【清浄】もできますよ!」
わたしとモモは、通り過ぎる魔物狩さんや旅人さんたちに声をかける。勿論、フードは深く被ったままだ。モモの中古のフード付きマントは、橘花くんが【浄化】してモモも【消砂】したので見違えた。
「申し、麗しい魔術士さん。踊る跳兎宿でご一緒でしたよね? 森人さまは、貴族の方でございますか?」
大きな荷物を背負った中年の男女が声を掛けてきた。後ろには魔物狩風の男性が一人立っている。ええと…あっ、今朝のトイレで擦れ違ったご夫婦ね。こちらの森人の方は貴族ではありません、というわたしの答えに安堵の表情を浮かべた二人は、背中の大荷物を降ろした。
L字型になっている背負い板に大きな袋が括り付けてあった。行商人なのだろう。袋を縛っている紐を解いて中を開けると、男性の荷物からは何かの皮、そして女性の荷物からは乾燥「赤椒」が…思わずモモと顔を見合わせてしまった。男性が意味有りげに片眉を上げてニヤリと笑う。
「さては、あなた方の口には合わなかったかな? まあ、実のところわたしも好みじゃないのだがね。でも、こいつの痺れは病み付きになる人が意外といてね。軽いから運び易いし、他領に持っていけば良い値で売れるのだよ…それはそうと、森人さん、この皮を【清浄】してもらいたいのだが…」
「…皮は何枚あるのですか?」
「牛頭鬼が、8体ぶんだ」
そんなにあるようには見えないけれど。橘花くんは迷いながら価格を告げた。
「…銀貨2枚では如何ですか」
「おお、そいつは助かるね!…それと、魔法水もお願いしておこう。ええと、革水筒二つと…おい、そいつを空けてくれ」
行商人の男性は、魔物狩風の男性を振り返った。
後ろにいた革鎧姿の男性が、体の前に襷掛けにしていた大きな革袋…巨大な胃袋みたい…を降ろす。腰には長剣。行商人夫婦に雇われた護衛ということなのかな?
「こっちの革袋の水も一緒にお願いできるかな?」
橘花くんは、再び迷いながらも提案した。
「…銀貨2枚では如何でしょうか?」
「う~ん、そいつは高いな」
「革袋も革水筒も【清浄】してから魔法水をお入れしますよ」
「それなら十分過ぎるな。是非、お願いしよう」
わたしは思い切って口を挟むことにした。
「差し出口を申しますが…商売は信用が第一と聞き及んでおります。わたしたちは、暫くこの町に滞在する予定です。皮の【清浄】でもお値引きさせていただいております。ご主人は再びヴェイザへと商いに訪うご予定はございませんでしょうか。どうか双方ともに有益な取引ができればと存じますが」
相当に驚いた顔を寄越していた行商人夫婦は、揃って破顔した。
「いやいや、こんな美形の魔術士のお嬢さんが! こいつは参ったね。そうだね、怪我をしてここに辿り着いた時に、あなた方の機嫌を損ねていたら大変だからね」
「あんた、赤椒の方も銀貨1枚で【清浄】してもらうのはどうだい?」
「ああ、それでもいいね。…森人さん、お願いできるかな」
わたしの【商売】が少しでも役に立ったのだろうか。結局のところ、ヘーケンと名乗った行商人さんの掌の上で転がされた気もする。銀貨5枚の稼ぎになったから良し、とするしかないかな? 続いて、わたしたちの遣り取りを窺っていた魔物狩さんが酷い打身の【表癒】を依頼してくれた。銀貨3枚也。
「…リカ、正式な商取引という感じで恰好良かったよ。【商売】って凄いのね」
「うん。丁寧な言葉と態度で、と意識したけれど。どこまで【商売】のお陰かどうかは微妙なのよね。神様の翻訳に助けられているだけかも」
「そうなの?…でも結局ヘーケンさんには、うまいこと安働きをさせられたような気もするよね…」
「相場が分からないもの。最初は仕方がないと思う…ねえ、魔力消費量って、対象の体積? それとも表面積とか?」
「ええと、【清浄】は汚れの量次第だと思いますし。魔力の減り方からすると、牛頭鬼の皮は激安で赤椒もサービス、という感覚でしょうか…。水はどうだろう…治療は範囲が狭いので、こちらが有利に感じます」
「…光魔術というか、治療魔法の希少性ね。需要と供給の関係も大きいよね」
「そうでしょうね。魔法の水も【清浄】も、どうしても必要なものでは無いでしょうし、安くなりますよね」
暫くして人通りが途絶えた頃、モモが遠慮がちに提案してきた。
「あの、暇になったみたいだし…私、少し砂魔術を試したいの。この治療椅子の下を四本脚に直せるかどうか」
「そうね。せっかくだから、お互いに魔法の練習をするのもいいかもね」
「では、モモさんからどうぞ。今日はリカさんがカモフラージュしてください」
「リカ、お願い。ショウくん、杖を貸してくれる?」
モモはわたしの影で橘花くんの杖を使って、円柱状の椅子の下部を崩して四本脚にできないか試していった。結論から言うと、椅子の下を【操砂】で刳り抜いて整形することはできた。でも何故か岩の欠片は【消砂】では消すことができなかった。細かく砕かれた硬化石が残ってしまったのだ。
「これはどういうこと? 二人とも【魔法学】で分かる?」
モモが必殺の小首傾げで尋ねてくる。
「砂魔術の第四段階に【砂化】がありますよね。【硬化】で硬化石にした土は、まず【砂化】して砂に戻してからでないと消せない、ということでしょうか?」
「でも、それだと魔法の火も【冷却】してから【消火】しないと消せないということになるよね?」
いろいろと実験してみた結果、中空から取り出した砂を【硬化】した石は…【石弾】の石球も含む…【消砂】でいきなり消すことができた。そして【硬化】していない自然の土は【消砂】で無機質だけを消しているらしい。
「…実際に存在するものを移動させたり変質させたりして作った物質と、中空から取り出した物質の扱いが異なるのか…。僕の【魔法学:第一段階】では、その場の水や空気や土を利用すると魔力消費量が少ないという情報だけですが、リカさんの知識ではどうですか?」
「わたしの第二段階の知識では…中空から取り出した物質は、魔素を直に変換させたものだから、魔力消費は大きくなる代わりに魔素に戻して「消す」のは簡単にできる、ということみたいよ」
「…すると既存物質を変質させるのは魔力消費が少なく済む代わりに、消すには第四段階の魔術で逆方向に変質させるというステップが必要になる、と」
「二人とも、有難う。第四段階になれば、既存物質を弄った場合でも、いきなり消せるということね?…砂魔術をどんどん使って、早く第四段階に上げないとね」
モモが両手で拳を作って笑顔を見せる。全ての動作が自然に可愛い…。
「それがね、モモ。この世界の魔法はゲームと違うから、低段階の魔術をいくら使っても高段階を発動できるようにはならない。【砂化】を使いたいなら、飽く迄も【砂化】を練習しないといけないの」
「…第一段階の【操砂】を繰り返して経験値を溜めても、上がらないのね?」
「考えてみれば、現実の世界なのだから当たり前ですよね」
「そうなのよねえ。わたしも【魔法学】をとったから分かることだけれど。勘違いして「何で段階が上がらないの!」って騒いでいる同級生がいそうよね」
結局、夕方になるまで人通りは無かった。お昼に食べたパンは、まだ柔らかくて美味しかった。牛頭鬼の干肉は、臭みがあって死ぬほど塩っぽくて、橘花くんの魔法水がなければ大変だったと思う。パンだけでは確かに物足りなかったとは思うけれど、また買うかどうかは微妙。
そして、とっても大切なこと。わたしとモモは魔物狩組合の出張所まで「浄化便所」を使いに戻ったのだけれど、橘花くんは自分で人体実験をした。【深癒】のイメージで【清浄】を使うと膀胱を空にできたのだ! これで狩りに出た時の心配がひとつ減ったと思う。彼に【清浄】をお願いする勇気が湧けば、ね…。
夕方の稼ぎは、骨折した魔物狩さんの【治癒】で大銀貨1枚。派手な裂傷を【治癒】して大銀貨1枚。いずれも追加で提案した傷周りの【清浄】は断られてしまった。橘花くんは「本当は傷を閉じる前に【浄化】かせめて【解毒】したい。それとも、この世界の魔法だと大丈夫なのかな…」と心配していた。
それから、ニヤついた顔で【清浄】を依頼してきた2人組。髭の位置以外はそっくり。兄弟だろうか。わたしとモモに嫌らしい目を向けてきて、とっても不快だった。橘花くんもムッとして2人で大銀貨1枚と言ったのに、あっさり支払って「念入りにやってくれよ」と口角を歪めていた。もっと請求すればよかった!




