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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第1章 ヴェイザ

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第19話 夕食

「ええ~っ、ひと部屋しか空いていないのですか?」

 わたしは食堂のカウンターと兼用になっている宿の受付で、大きな声を挙げてしまっていた。門を潜って早速、宿の門を叩いたのだけれど…有難いことにベッドを象った紋章の看板が下がっているので直ぐに分かった…転生してきて、ひょっとして最大のピンチ?を迎えていた。


 ヴェイザの北砦内にある宿は八軒だった。蔵のような建物が並ぶ高級な宿が一軒。パン屋兼の中級宿、雑貨屋兼の中級宿が一軒ずつ。ここまでは食堂も付属している。あとは個室もなく、大部屋に雑魚寝で泊まるだけの小さな安宿が五軒。安宿と中級宿は、それぞれ同じ形の建物に見える。


 高級な「不動砦館」は一人銀貨8枚。残金の半分以上を持っていかれるのも痛いけれど、そもそも木札の魔物狩は宿泊できないと言われてしまった。雑魚寝の安宿は相部屋と言われたので論外。パン屋兼の中級宿は満室。そして残りの雑貨屋兼のここ「踊る跳兎はねうさぎ亭」には、四人部屋がひとつしか空きがなかった。


「あの、僕は安宿でも構わないので…」

「ショウくんをそんな目に遭わせられる訳ないじゃない! ご主人、一泊食事付きでお願いします」

「一人銀貨4枚に大銅貨1枚で、夕食付になる。明日の朝食は込みだ。部屋は三階の突き当りだよ。それから…」

「はい、これで」

 モモがまとめてお金を持っていた橘花くんから奪い取るように払ってしまう。


(ちょっと、モモ!)

(何よ、リカ。まさかショウくんを信じられないとでも言うの?)

(そ、そんなことないって! ただ、その…は、恥ずかしいじゃない)

(私たち、地球でもお互いの部屋を行き来していたでしょ。今更よ)

(あれは一緒に勉強するためだし…うちは応接間が多かったし…)

(大体、ショウくんを男どもの雑魚寝に放り込んだりしたら、どんな恐ろしいことが起きることか!)

(そ、それは…そうかもしれないけれど…)


 モモの勢いに押されて三人で一室に泊まることになってしまった。勿論、他に選択肢は無かったのだけれど…。大きな鍵を二つと火の入ったランタン(角灯だ)を三つ受け取ると、既に暗くなってきている階段を登って三階へ向かう。片側に扉が並ぶ廊下を通り抜け、突き当りの部屋の鍵を開けた。


「もうひとつの鍵は、何の鍵なのかな?」

「リカ、この鍵、さっきの組合のトイレの鍵と似ているかも」

「ああ、そうですね。トイレの説明が無かったですが「浄化便所」の代金も込みなのかもしれませんね」


 部屋はベッドが四つ並んでいる。この部屋でいいみたい。扉の内側を確かめると閂になっている。内側からは閂を掛けるのだろう。板戸の窓が二つ。壁際に簡単な机と椅子があり、クローゼットも備え付けられている。わたしたちは背袋だけを置くと、とんぼ返りで一階の食堂に戻った。


 廊下や階段に灯りは無かったから角灯を持ったまま降りたのだけれど、他のお客さんを見ると壁やテーブルの上に置いてある。持って来て正解だった。空いていた階段下の席に座ると、壁に引っ掛けられるようになっていたので、角灯を二つ掛けて残りはテーブルの真ん中に置いた。


 直ぐに宿のご主人と別の男性が手分けして、一度に全部のお料理を持ってきた。目の前に異世界で初めての夕食が並んでいる。メインは、大きめの深皿に、お肉と白い根菜と葱っぽい野菜がゴロゴロと入っているシチューだ。

 

 別皿で、昼の屋台と同じ平たい茶色のパンと硬そうなチーズ、そして緑色と白色が混じった野菜の煮込みが添えられていた。立ち上る香りは「赤椒」。それに加えて野菜からは苦そうな匂いが…。ちなみに飲み物は水も含めて有料。木のコップ(木杯だ)だけ借りて、橘花くんに魔法の水を出してもらった。


「ええと、では食べる前に手を【浄化プルガーテ】して…そうだ、昼は忘れていましたが、食事も【浄化】しましょうか…」

 モモと橘花くんは、フードを被ったままだ。幸いにも席は二階へ上がる階段の下で、少し陰になっているので光魔術を使っても目立たないだろう。【浄化】した料理の見た目は特に変化が無い。赤椒が消えたりはしなかった。


「…味付けは、塩と赤椒だけかな。スープは透明で脂が美味しいね。私の【調理】の知識では「赤椒煮込み」は名前だけだから、あまり一般的なお料理ではないのかも…リカ、この町のお料理ってみんなこの味だと思う?」

「違うことを祈りたいよね。お肉は牛肉っぽいから、牛頭鬼バイペドルスよね、たぶん」

「マナグさんたちが狩った獲物…ああ、寝かせる時間が必要ですから違いますね」


 牛頭鬼のお肉の量は少ない。筋張った赤身だけれど、その分、食べ応えがある。スープはキラキラした脂の出汁が良く出ていて赤椒の痺れる味さえなければ、という感じ。別皿の煮込み野菜は相当に苦くてエグ味も強くて、お芋っぽい味の根菜と一緒に煮込まれている。これはひょっとして青汁の味?


「このお野菜とお芋?の煮物は、青汁みたいな味ね…」

「青汁ということはケールですね…ええと、こちらでは「冬葉菜」となっていますね。ケールはキャベツとかブロッコリーとかカリフラワーの仲間ですが…キャベツだけが「玉菜」という名前で反応しますね」

「ショウくん、確か、ケールは欧州では冬でも葉っぱを何度も収穫できる貴重な野菜だったと思う。【調理】に拠ると「冬葉菜と根菜煮込み」があるよ」


「二人とも有難う。すごく苦いけれど、甘めのマッシュポテトっぽいお芋と一緒に煮込んであるから何とか食べられるよね。ジャガイモは…反応しないね?」

「…どうやらありませんね。シチューの方に入っている葱みたいな野菜は「韮葱」がありますから多分、それだと思いますが。この白いのは地球だと何に近いのでしょうね。シチューと野菜煮込みの白い素材は同じ根菜かな?」

「私は、同じ根菜だと思う。シチューに入っている方は人参みたいに切られているね。独特の甘みとセリのような香りがして、ねっとりしているけどお芋とも違うような気がする。人参や蕪に近いのかも」


「そう言えば、今の季節って春だと思う?」

「そうですね。地軸の傾きや緯度で変わりますが、肌寒さや、草の丈や、枝も目立つけど若葉も出ている木とか…渡りの時に船頭さんが増水期に入ったと言っていましたが、雪解け水と考えると辻褄が合いますよね」

「…葱は冬が旬だし根菜も山椒の実も一冬保存できるから、私も春だと思う。でも『今はいつ頃ですか』なんて聞けないよね…」


「わたし、茶色いパンも硬いチーズも食べ馴れないけれど、意外と合うのね」

「…チーズは穴が開いているね。でも、味はゴーダチーズっぽいかな。ゴーダはライ麦パンにもよく合うしね」

 そんな会話をしているうちに、モモがあっという間に自分のぶんを食べてしまった。そう言えば、門番さんが獣人は直ぐにお腹が空くと言っていた。種族特性で基礎代謝が高かったりするのだろうか。


「モモ、わたしのシチューを少しあげようか?」

「僕も、この大きなパンは食べきれそうにないです」

「あ、あの…私…その…」

 モモが赤くなってモジモジと橘花くんの反応を気にしている。

「モモ、獣人の種族特性だろうから遠慮しちゃ駄目よ。前衛をお願いするし、しっかり栄養つけて?」

「う、うん、じゃあ、いただきます…ショウくん、リカ、有難う」


 モモが、わたしたちから調達した追加のお料理を美味しそうに口に運ぶ。橘花くんが慈しむような眼差しを向けている。見るともなしにモモの口許を眺めていたわたしは、ふと思い立って話し掛けた。

「モモ、以前は一番前の歯が少しだけ大きかったのに、今は綺麗に揃っているよ。歯並びまで完璧になるのね」

「…ごくん、そ、そう?」

 モモが慌てて掌で隠しつつ自分の口許を確かめている。彼女のチャームポイントでもあったけれどね。


「そういえば、僕は視力が少し落ちて1.0を切っていたのですが…寧ろ良くなった気がします。すると、古傷なんかも消えている? 黒子なども或いは…」

「これは【美形】や【美化】の効果? それとも全員、理想的な健康状態にしていただけたのかな」

「…硬貨や衣服から判断すると、みんな健康にしてくれたって気がする…」

 あの神様は、説明不足も甚だしかったけれど、やっぱり感謝することの方が多い。有難うございます!


「さて、では明日の予定を決めておきましょうか」

 三人とも食べ終わったところを見計らって、橘花くんが切り出した。

「明日は、早起きして北門で待機して…大きな怪我をしている人は狩には出て来ないでしょうが、打撲くらいの人を捕まえることができればいいですね」

「昼間は、やっぱり人が通らないのかな? それとも狩りがうまくいった人たちは、昼間でも戻ってくる?」

「私は、明日は丸一日、北門で待機してみて様子を確認した方がいいと思うの」


「そうですね。それから、早急にモモさん用のフード付きマントを買った方が良いと思います。ここに併設されている雑貨屋に在庫があるかどうか。またその価格によっては、昼間は南門から出て狩りをする選択肢もありますか」

「うん。やっぱりリカの美貌が、すごく目立っていたから」

「…魔術士の服装はローブが基本みたいだし、そうしてくれると助かるかも」

 当然のような顔をして頷き合う二人に、少し恥ずかしくなってしまう。


「…モモさん、簡単な狩をするのに必要な装備は何がありますか?」

「そうね。沢小鬼ガリイホルトは魔石と魔角しか取れない。動物も狩るのなら、解体刀に獲物を入れる袋に布に縄…ねえ、【狩猟】だと解体刀は石製が多いみたいだけど…」

「そうか! 砂魔法がある世界では黒曜石ナイフのような石製…というよりガラス製でしょうか…が使われ続けるかもしれませんね」

「改めて頭の中を探ると、料理用の包丁も石製が使われているよ?」


「そう言えば、鉄資源に乏しい中南米では刃物は黒曜石が基本でしたが、動物の解体などでは脂が付き難くて切れ味が落ちなくて、寧ろ金属製よりも優れている、という話を聞いたことがあります」

「魔法の世界だと、色々と違うよね。私たちは火も水も出せるし光魔術できれいになるから、地球よりずっと楽に解体できると思う」

「ほんと、魔法って有難いよね。ちょうどよく魔法の種類も揃っているしね?」



 J.R.R.トールキン『指輪物語』(踊る仔馬亭)

 D.W.ジョーンズ『ハウルの動く城』(動く城)

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