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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第1章 ヴェイザ

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第17話 硬化

 ヴェイザの北門を外に出る際には特に問題は発生しなかった。二人の門番さんは木札を見せると黙って手を振って通してくれた。橘花くんが治療をするつもりだと言うと、街道の外側であれば自由にして構わない、そんな軽装なら「玄奥の森」には近付かずに道端で治療した方がいい、とまで忠告してくれた。


 門番さんが説明してくれている間、今度はわたしが注目を集めていた気がする。早めにローブをもう一枚買った方がいいのかもしれない。いえ、モモ用にフード付きのマントがあれば済むということよね。


 ふ~ん、ローブは長寛衣ながゆるい、フードは頭巾、マントは懸布かけぬのって言うのね。フードとマントは分かるけれどローブの「寛」って…ああ、そうか。「ひろし」だから、ゆったりした服? そんなことを考えながら門を通り過ぎたわたしの耳に、モモの可愛らしい声が飛び込んできた。


「これって、たぶん…」

 モモが北門から左右に広がる石壁を眺めている。こちら側の壁も河沿いと同じく、光沢のある乳白色の長方形の石で構成された石垣だった。やはり天辺は凹凸になっていて、擦れ違って歩ける幅がありそう。そして壁の外は予想通り掘が巡らされており、壁の高さと同じくらいの幅があって水が流れていた。


 わたしはギシギシと鳴る木製の跳上げ橋を渡りながらモモに話し掛けた。

「モモ、どうしたの? 気になることがあるの?」

「…うん。少し離れてから話すね」

「街道からも外れた方が良さそうですよね?」


 三人はチラチラとこちらを窺っている門番さんを気にしつつ歩き出した。50mくらい離れたところで街道を外れて草原に立ち入る。この辺りまで来れば大丈夫だろう。モモが短剣を抜き、まだ短い草を刈りながら話し始めた。橘花くんとわたしも、座り込んで草を抜きながら聞くことにした。


「…あの壁だけど、第二段階砂魔術の【硬化ソリダーテ】で硬くしたのだと思う」

「そう言われれば…」「そうですね…」

 わたしは橘花くんと顔を見合わせて頷き合った。

「第二段階に【硬化】があったね。火だと【加熱カレーテ】、水だと【冷凍ゲラーテ】だしね。第二段階で、それぞれの属性魔法の性質で他の物質を変化させられるから…砂魔法の場合は土や砂を岩に変えられるということね」


「あの壁の石の…半透明で硬そうな、水晶とか雲母みたいな物質をイメージするのが【硬化】みたいだから」

 モモの発言に橘花くんは、なるほど、と大きく頷いた。

「推測ですが、壁のあの透明な質感は、チャートっぽい感じがします。いや、生物由来ではないから珪岩に近いのかな。砂や土を石英みたいに硬い岩にする、というのが【硬化】の実態なのでは」


「チャート? ケイガン?」

「ショウくん、解説、お願い」

「チャートは放線虫などの死骸が化石化して固まった岩で、90%以上が二酸化珪素…要するに石英です。そしてチャートが熱変性して石英の結晶が大きくなったのが珪岩です。土に含まれる元素は酸素が最多ですが、無機質に限れば珪素が最多なので、魔法で石英の濃度を増やしたり結晶度を高くしたりしているのでは、と」


「なるほどねえ。砂を盛ったあとに【硬化】で頑丈な岩にして城壁にするのかもね。砂を盛るのだって【操砂モウェーテ】よね。砂魔術が使えると、この世界では引っ張りだこなんじゃない?」

「イザと言うときには、私が土木工事で稼いでもいいのかも。獣人が魔法を使えることは、ギリギリまで隠しておきたいけど。でもショウくん、魔法で作るなら城壁を一枚岩にすれば…あ、修理の都合?」

「恐らくは。同じ規格で【硬化】した石を用意しておけば、砂の杖使いがいなくても修理できるでしょうから。…モモさん、試してみませんか?」


 何とか3m四方くらいの広さの地面を露わにした後…半分以上はモモが働いてくれたけれど…モモが砂魔法で椅子を作ってみることになった。彼女は蹲って地面に手を当てる。わたしと橘花くんは門番さんからの視線を遮るように立ち、橘花くんが杖を大きく振ってカモフラージュした。


「【操砂】!」

 モモの呟きと同時に、むくむくと直径40cmくらいの土の柱が地面から生える。高さが40cmくらいになったところで、モモが空かさず【硬化】する。柱はたちまち乳白色の岩に変貌した。沈まないよう椅子の周囲の地面も広げるように硬くする。続いて【操砂】で座面の下を凹ませる。文字通り魔法を見ているようだ。


「たぶん、中まで全部硬くなったと思う…」

「モモ、十分よ。珪石?の椅子ができたね。患者さん用にもう一脚いける?」

「うん、魔力はまだ余裕があるかな…」


 二脚目の椅子も問題なく完成した。続いて診察台を作ることに。椅子と同じ高さで1m×2mくらいのベッド程度の大きさに土を盛り上げて【硬化】したところまでは順調だったものの、【操砂】で仕上げが終わったのかな…と思ったところで、モモが戸惑いの表情で溜息を吐いて診察台に凭れ掛かってしまった。


「モモさん!」「モモ!」

 わたしは慌ててモモを支えた。橘花くんも手を伸ばしたのだけれど、杖を振っていたから出遅れてしまった。譲ってあげれば良かったかな…。

「モモ、大丈夫? これが魔力切れなのね」


「第四段階光魔術の【回復スルギテ】は体力の回復ですし…【復調リラクサテ】は魔力を補充できますが、第五段階なので僕には無理です。肝心な時に役に立てず、申し訳ない」

「…ショウくん、有難う。謝るようなことじゃないよ…もう少し魔法を使えるような気がするけど。でも、気分がどんどん落ち込んでいくから、何だか怖くなってしまったの。少し休めば大丈夫と思う…」

 せっかくだから、とモモを診察台に寝かせることにした。


「それにしても、このくらいの操作で魔力が乏しくなるのね。これでは、砂魔法で広い城壁を作れるだけの岩を用意するなんて、とても無理そうだけれど…」

「ええと、個人の魔力総量を増やすには…魔法を繰り返し使えばいいみたいですね。僕たちの場合、魔力量はどういう設定になっているのかな。こちらの17歳の平均的な魔力総量なのか。それとも、種族や個人で異なるのか」

「あの神様の感じだと、個人差を設定していそうよね。モモの場合は、種族差が大きいのかもね」


「円柱全体を硬くするのではなく、座面と脚の部分だけを硬くして体積を減らせば良かったかもしれませんね」

「…できたかな?…崩れそうな気がして…」

「モモ、無理しないでね。あとは…あ、ごめん、わたしの杖を貸してあげていれば、操作時間が短くなって、ここまで魔力を減らさなかったのかも」

「う~ん、スキルをとることで知識は備わった筈ですが、やはり自分のものにはなっていない感じですね」


 馬車が一台通り過ぎたものの、止まってもくれなかった。馬車を牽いている馬は、やはり角耳のある「縞馬」だった。例によって橘花くんが「地球ではシマウマは獰猛な動物で、背に人を乗せたり荷物を牽かせたりはできないのですが、こちらの「縞馬」は性格が穏やかということなのでしょうね」と解説してくれる。


 言語の反応を探ると「縞馬」が「ゼブラ」と聞こえる。これは共通語の直訳だと「馬」そのものを表す単語で、こちらの世界の野生のウマは「禿縞馬」だ(ガルドゼブラと聞こえる)。橘花くんの【博物学:第一段階】に拠ると薄灰色のウマらしいから「縞馬の黒毛が禿げている」ニュアンスなのだろう、とのこと。


 少し時間が経って落ち着いてきたモモが切り出す。

「…リカ、前にも似たようなことを聞いたと思うけど。魔力回復ポーションも存在しないのよね?」

「残念ながら、ね。【復調】を定着する魔具はあると思うけれど…わたしは【魔具学】をとらなかったから、高段階の魔具のことは分からない。でも【復調】は第五段階だから、魔具士はひとつ下の第四段階が必要になる。魔具士は素質が無くても上げられる第三段階までの人が多いだろうから、すごく高価だと思うな…」


「リカ、有難う…ショウくん、【医学】の方からは何か情報がありそう?」

「ええと、元の世界と同じみたいですね。半日とか一晩とか休めば確実ですし…あとは心穏やかに過ごすとか、楽しいことや好きなものに触れたり考えたりすると少し回復が早くなる…要するにストレスへの対処法かな」

「…好きなものを考えればいいのね…」


 モモがチラリと橘花くんを見上げると、ふいっと逆側を向いてしまった…これはもう、告白と言っていいのでは。今更だけれど。橘花くんも、モモの気持ちに気付いていない筈が無いし。それにしても、あの大人しいモモが転生してから随分と積極的になった気がする。益々可愛くなったのだから、焦る必要なんて無いのに。


「…あ、魔物狩の人たちが帰ってきましたね」

 さすがに耳の先が赤くなっている橘花くんが、草原の先に黒々と怪しい雰囲気を醸し出している森の方を指さした。「玄奥の森」と言っていた。暗くて深い森なのだろうな。さて、いよいよ異世界での初仕事ね。橘花くんが、だけれど。せめてしっかり客引きでもしてサポートしないと。うまくいきますように…。

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