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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第1章 ヴェイザ

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第16話 ヴェイザの渡し

「しばらくは手櫛でもいいと思っていたのだけれど…」

「そんな訳にはいきませんよ。特にモモさんの髪質は手入れが必要そうですし」

「ショウくん、こんなところまで気を利かせてくれて…とっても嬉しい!」

 うん、ここは素直に感謝しないとね。わたしも笑顔で気持ちを伝えた。いつもながら本当に有難う、橘花くん。


 道の先に水面が見えて来たところで町並みが終わり、南門と同じような木の壁で区切られていた。やはり南門と同じように門の周囲だけ石造りの建物になっていて、但し二階建てだった南門と違って三階建てに見える。


 両開きの金属製の門扉は開け放たれたままで、門番さんはいなかった。街道は坂を下っていて川岸で消えている。広い河原になっている岸の少し上流側に長い船着き場があり、船が舫いであった。


「…渡りかい? この町の住民じゃないだろ? 一人大銅貨1枚だ」

 屈強な船頭さん?が話しかけてくる。橘花くんが「新造硬貨を手に入れまして」と言いながら大銅貨を3枚渡す。船頭さんたちが驚いて硬貨を見せ合っているけれど…もう、いいよね。


 揺れる船着き場から乗り込んだ船は、何だか平べったくて四角かった。座席も無い。取り外せそうな簡単な棒が何本か船を横切って差し渡されているだけだ。わたしたちは船頭さんに促されて、その棒に腰を乗せた。「これが本物の馬船…」と橘花くんが呟いた気がするけれど、後で教えてもらおう。


 船頭さんたちは四人も乗り込んできた。前後の端に二人ずつ別れて位置を占めると、船着き場に残った人が舫い綱を解き、思い切り船縁を蹴ると同時に漕ぎ手の人たちも船着き場を蹴り除け、船は川へと進みだした。真っすぐ対岸に向かうのかと思ったら、上流に向かって斜めに突っ切るように櫂を操っている。


 川幅は…100mもある? 川面を渡る空気が冷たい。意外と速い流れを掻き分けて渡し船は進む。陽の光が引き波に反射してキラキラと輝いている。ふと橘花くんの顔を見ると、紫の瞳に映る細波が美しく揺れていた。目が合って直ぐに視線を落として眩しげに微笑まれたので、わたしは慌てて周囲に注意を向けた。


 本町の方を振り返ると、河原から少し高台になっていて、茶色い板塀に囲まれている。向かう岸の方はというと、こちらは河原から高さがそのままで、直ぐに町がある。ただし高低差を補うように壁が高い。天辺が凹凸の石壁で、同じ大きさの乳白色の石で構成されている。高さは三階建てくらいありそう。まさに城壁ね。


 川から続く街道が吸い込まれる門はやはり金属製で、左右に開け放たれている。そして囲いの両端の壁が川岸に張り出していて水門のようなものが見える。北側の町の周囲には掘でも巡らされているのかもしれない。

「…水が少ない時期には、浅瀬を徒歩で渡れるようになるのですか?」

 橘花くんが一番近くにいた船頭さんに尋ねた。


「ん? ああ、増水期に入ったから船で渡るしかないが、渇水期には歩けるぜ」

「その時には、馬車でも?」

「う~ん、渡れないことはねえんだが。浅瀬で馬が足を取られるとなあ…好き好んで馬車を乗り入れる奴は少ないな。俺たちが荷物を担ぐことの方が多いかな」

「すると、馬車はこの渡しで交換するのですか?」

「渇水期はその方が多い。いま時分は、馬車も荷車もこいつに乗せて渡れるぜ」

「正に馬船ですね。有難うございます」


 橘花くん、相変わらずお見事ね。渇水期…いつだろう?…には浅瀬を人間が徒歩で渡れるくらいだから、魔物も渡れるのだろう。それで砦を作って浅瀬と街道を守るようになったのね。増減が極端な川の水量…そうか、雪解け水かな? もし、そうだとすると、今の季節はやはり日本と同じ春先なのだろうか。


 渡し船は川の中央を過ぎると、今度は流れに任せて微妙に進路を調整するように櫂を使い、やがて見事に対岸の船着き場に到着した。係員さんが綱を放り投げてきて、船頭さんがしっかりと船を船着き場に結わえる。わたしたちは軽く頭を下げてお礼を述べると、町の北側に降り立った。


(「見たことない程の美人だな!」「あれ森人だよな」「どこの嬢ちゃんだ?」「北砦に何の用があるのかね」)などと以前にも聞いたような会話を拾いながら、昔は砦だったと教わった町の中を進む。といっても本当に小さくて、建物の数も…二十棟も無いだろう。但し、どれも完全な石造で頑丈そうだ。


 北門に向かって歩みを進める途中で、魔物狩組合の建物を見つけた。わたしたちが登録した支部と違って、小ぢんまりとしている。「魔物狩組合 ヴェイザ支部 砦出張所」とある。時間も無いけれど、北門の先の情報を確認した方が良いだろう。三人で頷き合って出張所に寄ることにした。


 出張所の中は、支部と同じように手前がホールになっていて奥にカウンターがあった。でも魔物狩らしい人は誰もいない。受付にはガタイの良い男性職員が一人、座っているだけ。事務スペースにも職員さんは一人しか見えない。対応は橘花くんに任せて、わたしとモモは今度こそ掲示板をチェックすることにした。


「すみません、僕たちは登録したばかりなのですが…」

 橘花くんが木札を男性に見せているのを横目で捉える。モモも気にしている。

「新人か。なんだ、今から狩りに出るのは遅すぎるぞ?」

「いえ、僕は光魔術を扱えるので…本日、狩りに出た皆さんはもう、戻ってきている頃合いですか? まだでしたら、これから北門の外で治療をしたいのですが」


「…ほう。光魔術士サンクタルティスタの森人さまか。そうさな、もう少しすると戻ってくる連中が多いだろうから…怪我をした奴はいる筈だから、それなりに稼げるだろうよ?」

「有難うございます。こちらの出張所は、支部とは対応が異なるのですか?」

「ああ、基本的には素材の買い取りだけだな。情報提供も多少な。あと大銅貨で浄化便所も使えるぜ!」


 最後は冗談めかして追加したようだったけれど、わたしたちは一斉に反応した。

「「「浄化便所ですか!?」」」

「…お、おう。使っていくかい?」

「お願いします。大銅貨3枚で。新造硬貨を…」


 受付の男性は、続けて使うならほれ、と言って大きな鍵を渡してくれた。三人で顔を見合わせると、職員さんが差し示す廊下の奥の方の部屋の扉へと向かった。

(ええと、使い方を聞く訳にはいかないよね)

(「浄化便所」と言っていましたが、光魔法で清潔にする必要があるかもしれませんから、僕が先に)

(ショウくん、面倒なことをお願いしてごめんね。扉の外で待っているから)


 橘花くんは、数分後に笑顔で出てきた。

「有難いことに、少なくともこのトイレならば僕たちでも耐えられそうですよ。念のために部屋全体を【浄化プルガーテ】しましたから、どうぞ。あ、手拭を忘れずに」

 わたしたちは橘花くんから簡単に説明を受けると、モモと二人で異世界初のトイレ「浄化便所」に入室した。


 トイレの中は二人で入ると狭いけれど、ぎゅうぎゅうという程ではない。タイル張りだ。正面奥の壁が段になっていて半球状の蓋が付いた穴がある。ここで用を足すのだ。左の壁際には腰高くらいの位置に水場があり、手勺が添えてあった。水を汲んで手を洗うとトイレに繋がっていて排水されるらしい。


 そして「浄化便所」の所以は、用を足す穴の中にあった。【浄化】の魔具が仕込まれているのだろう。裏が鏡になっている蓋を開けると、青い光が穴から漏れ出てきて、匂いなどは全くしないのだ。蓋の裏が鏡になっていることで【浄化】の光が反射して、座る部分まで消毒されるらしい。よく考えられている。


「リカ、ある意味、日本のトイレにも勝っているよね…」

「魔具は点け放しが基本だから、トイレを魔具化するのは理に適っているよね。異世界のトイレは懸念事項だったけれど、少し安心したよねえ」

 所用を済ませて外に出ると、橘花くんは掲示板を見ていた。わたしたちは受付の男性にお礼を言って鍵を返すと、橘花くんの元へと急いで駆け寄った。


(お待たせ! 掲示板、たいしたこと書いていなかったよね?)

(依頼は書いていないのですね。この辺りで狩れる魔物の簡単な情報と買い取り価格、それに注意事項…北門の南側の草原に出る沢小鬼ガリイホルトが減っている、などのお知らせだけですね)

(それでも、情報が全くない私たちにしてみれば有り難いと思う)

(…そうね。そろそろ門の外に行こうか?)

 二人は手と手拭を【浄化】してもらい、組合の出張所をお暇すると、漸く北門を通り抜けたのだった。

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