第15話 服屋
「はあ…心臓に悪いよね…」
「…お腹が痛くなりそう」
「掲示板を確認するのを忘れてしまいましたね…」
三人は広場に戻って先程と同じ椅子に倒れ込むと、大きく息を吐いていた。
「でも、これで無事に魔物狩組合に登録できましたし、たくさんの有益な情報も得られました。僕たちが最初にやるべきことも、はっきりしましたよね」
「まずは砦の北門に行って…渡し船に乗るのよね…少しでも治療で稼ぎたいね」
「お金の残りは…入町料と組合の登録料で銀貨6枚使って、骨汁の銅貨15枚は大銅貨で払ったよね…銀貨21枚と大銅貨28枚と銅貨5枚、だよね?」
モモが計算する。【商売】の知識からすると、少なくとも今日明日の食事代と宿代は賄えるのではないかと思う。
「この硬貨、サッサと使い切りたいくらいよね。衣服も買い替えて…あ、使っていけば自然と汚れるだろうし、この世界の普通の服より長持ちするだろうから、そこは素直に神様に感謝しないとね」
「治療代金は思ったよりも高額だったので…でも怪我人次第ですからね。狩りに出た人たちが戻る前には、北門の外で待機していたいです。移動を始めましょう」
再び小母さんに浅瀬の方向を聞いて、広場から別れ出る複数の道のうち街道と全く同じ造りの道を進んでいった。両側に商店などが並んでいる。基本的には二階建てで、板戸や格子窓が多いものの透明なガラス窓もある。他の道の先には、高い城壁の奥に時計塔まで聳えるお城みたいな建物も見えていた。
石造りが基本で木も使われている。漆喰みたいな壁も目立つ。街道から入る路地の先は、住宅なのだろうか、少し庭のある戸建てが見える。人通りは少ない。薄汚くはないものの着古した装いで、やっぱりその何というか…女性は男性的で、男性は野性的な印象を受ける。がっしりとした体格で身長は高くない。
「魔物狩組合のシステムが、ファンタジー作品にありそうな感じで助かったよね」
「…あの、ショウくん。今日、他の登録者がいたかどうか聞いたのは、一緒に転生した人たちの確認よね?」
モモが嬉しそうに話し掛ける。地球での経験も含めて、初めて下の名前で呼べたものね。橘花くんは、くすぐったいような微笑みをモモに向けながら答えた。
「そうです。神様は{散らばることになる}と仰っていましたが、転生の範囲は不明ですから。残念ながら、必ずしも味方になるとは限りませんし…」
そうなのよね…修学旅行の最終日にも、少しトラブルが有ったのだ。それはそうと「モモさん」と呼んであげればよかったのに。でも、わたしも「ショウくん」と呼ぶのは恥ずかしいかな…。
「この世界に独りで転生したら、相当に苦労しそうよね。余裕ができた時には、お互いに助け合うという選択肢も出てくるのかもしれないけれど…」
「僕たちは幸い…ええと、モモさん…リ、リカさん。僕は本当に幸運でした」
「ショウくん、私はあの時、ショウくんの魂だって分かったのよ? リカだって、そうでしょう?」
「…う、うん…分かった…」
そう。わたしもモモと橘花くんの魂だって確信して、勢いよく近付いて密着したから。嬉しそうに何度も「ショウくん」と入れながら話すモモを見ながら、わたしが二人に密着したから直ぐ近くに転生できたのよ、とも言い難くて…照れ隠しの曖昧な笑みを返すだけになってしまった。
「ねえリカ、このお店、服屋さんって感じだよね。生地や小物も置いてあるけど」
「そうねえ。時間も無いけれど、ちょっとだけ覗いてみる?」
食料品店などを通り過ぎつつ…驚いたことに意外と違和感がない品が並んでいた。地球の、いや日本の野菜や果物と大きな違いは無かった。ちなみに乾燥した「赤椒」の実が山と積まれている。嫌な予感が…雑然と服や布などが並ぶお店の前で、わたしたちは立ち止まった。
橘花くんは何か言いたそうにしたものの、黙って微笑んで手を振って入店を促してくれた。わたしとモモは感謝の笑みを返しつつお店に入って見回すと、肌着らしいものが積んであるコーナーへと向かった。
(リカ、肌着の替えだけでも買えないかな?)
(橘花くんの【清浄】があるとは言え…【清浄】って、服を着たままで全ての服も体もきれいにできるのかな)
(リカの【魔法学】では分からないの?)
(…駄目ね。最悪、どっちかが脱いでもう一人が衣服をまとめて別室で彼に渡せば…うん、肌着、買おう)
橘花くんは、布とか櫛とかの方を見ている。肌着らしいものを探すと…ある。下は、いわゆるカボチャパンツかと思ったのに意外にも肌にフィットする作りで、なんと紐パンだった。「股穿き」と翻訳される。モモによると、コットンのような生地で伸縮性のあるメリヤス織りではないかとのこと。
ブラジャーは「胸袋」と翻訳されている。そのままでもいいのに。厚手の二重布でカップ部分を作っていて、幅広の肩紐には長さ調節用の8の字の金具も付いている。背中はいくつか並ぶボタンで調節して、胸の前で縛って留めるらしい。やはりメリヤスで、こちらも少し伸縮性がある。
(明らかに古着よね。新品、無いのかな)
(こっちでは古着が当たり前かもしれないけれど、肌着は新品が欲しいよね)
(サイズも、書いていないね)
(…お店の人に聞くしかないか…)
お店の人は幸い中年女性だ。モモが近付いてフードを降ろし、囁くように言う。
「すみません。私たち肌着を選びたいのですが、新品はありませんか?」
「まあ! なんて可愛い獣人さん…まるで使徒様…ああ、新品はこっちでね」
女将さんは、カウンターの裏から新品を出してくれた。
「その…寸法が分からないのですが」
女将さんが変な顔をする。モモが黙ってローブの前を開ける。わたしも少し恥ずかしかったけれど倣ってマントを除けた。
「…ああ、そういうこと。二人とも顔が綺麗なのに体までとは羨ましいねえ。上はこれ、下はこっちで、後はうまく調整しておくれよ。でも、あんたたち…その服、帝都ででも仕立てたような見事な出来栄えじゃないか。こんな中古服屋じゃなくて、商会あたりで見繕ったらどうだい?」
「…事情がありまして、路銀が乏しくなって…」
「そうかい。…新品の上下二組で、銀貨6枚だよ」
わたしはモモと素早く目線を交わす。【商売:第一段階】の知識からは判断できないけれど、少しでも節約したい。
「あの…初見客なのに厚かましいとは思うのですが…少し、負けていただくことはできませんか?…今後も、こちらのお店を利用させていただきますので」
「いや、そんなこと言われてもねえ…」
仕方がないか…と思ったところに助け船が現れた。
「すみません。僕たちは荷物を失って、この町へ辿り着いたばかりなのです。少しずつ揃えていこうと思っています。本当に贔屓…失礼、馴染みにさせていただきますので。何とかお願いできませんか」
橘花くんが、フードを降ろして頭を下げつつ、近付いてきたのだ。
「あ、あんた! こりゃまた信じられないほどの…」
女将さんが体を震わせながら絶句する。森人が珍しいのか、森人の中でも美形なのか…その両方なのかも。
「あ、あの…やはり貴族さまで?」
橘花くんは少し困って、確かめるような視線をわたしたちに向けてから答える。
「…いえ。貴族ではありません」
「そうですか。貴族さまが値切ることはないか。でも麗しすぎる従者が二人も…」
小母さんが対応を迷っている。組合での経験を踏まえると、貴族と思われた方がトラブルに遭わないのかもしれない。でも、貴族を騙ることが犯罪だと困る。と言うか、間違いなく犯罪よね?
「…そうですね。あなたさま用の肌着をお付けするのはどうでしょう?」
三人で微妙な目顔を交わし合っていたら、小母さんが話を進めてくれた。
「僕の肌着よりも…こちらの櫛とか、布はお幾らですか?」
橘花くんが、小さな木櫛と手拭くらいの布を指し示す。布があれば、何かと役に立ちそうだけれど…。
「ああ、櫛は銅貨25枚で、手拭は銅貨5枚ですよ…よござんす、櫛を二本と手拭を三枚、お付けしましょう」
…わたしの【商売:第一段階】よりも、超絶美形森人である橘花くんの方がずっと強力な武器だった件について。少なくとも女性に対しては、ね。わたしたちは銀貨6枚を支払って肌着と櫛と手拭を受け取り…神様の硬貨に対する反応はもう何も言うまい…いよいよ町中を抜けて、渡し場へと向かったのだった。




