第14話 クンディさん
お姉さんは例の美人職員さんと話してからカウンターを出ると、わたしたちを左側の廊下の方へと誘った。最初の部屋の扉を開け、ここでお待ちください、と言って席を外した。中は応接室のようになっている。座ってもいいの? 立っていた方が無難よね。マントやローブも脱ぐべきか迷った末、脱いで脇に抱えた。
「…ねえ、大丈夫なのかな」
百桃が心配そうに、長くて濃い睫毛で飾られた大きな目を更に見開いている。
「でも対応は丁寧だったし…大丈夫、と思いたい。そうよね?」
「親切そうな方に感じます。捕まるようなことにはならないと思いますが…」
そう言いつつ橘花くんも不安そうだ。身を寄せ合って密々と話している内に、お姉さんが戻ってきた。
「あら、座って待っていただいて宜しかったのに。申し遅れましたが、わたしはクンディと申します」
一瞬、目を見張った気もしたけれど、クンディさんが右腕を肘で畳み左胸の前に当てて軽く頭を下げる。同じ挨拶を返すべき? でも目下からの挨拶として相応しくなかったら? と焦って、結局、日本式に頭を下げてしまった。礼儀作法の中身までは言語対照では分からない。幸い特に反応されていない、と思う。
わたしたちは橘花くんを真ん中にして、硬めの座面になっているソファのような長椅子に並んで座った。クンディさんは、含むところがありそうな笑顔で対面に座る。並び方でも拙かったの?
「失礼とは存じますが、敢えてお尋ねさせていただきます」
ドキリとする。わたしの隣に座った橘花くんが身を固くするのが分かる。橘花くんを挟んで反対側に座っている百桃も同じだろう。どんな言葉が飛び出すのか…。
「森人のショウ様。どちらかのご家中のお忍びということでございましたら、配慮した対応をさせていただきますが…」
ああ、このパターンね。良かった。門を突破した直後、門番のガットさんたちの会話から(お忍びか?)という言葉は拾っていたから、これは想定内だ。橘花くんも安心したように答える。
「いえ、何の事情も無いとは申しませんが…お忍びという訳では、ありません」
対応も決めていた。転生というのは「大した事情」だし、嘘は吐いていない。
この惑星「我等世」には、嘘発見器みたいな便利な魔具は存在しない筈だ。この世界の魔術は、接触した状態で魔法を発現させるところから始まって、だんだんと影響範囲と効果が大きくなるという一定のルールに従っているから。そして魔具は、その魔術を定着させるだけだから。
しかし、社会経験に乏しいわたしたちの嘘はバレやすいだろう。大人から見れば何も嘘発見器など使わなくても、子供が嘘を吐いたときの動揺を見破るのは造作も無いに違いない。なので、なるべく嘘は吐かず、でも隠していることはありますよ、という方針を執ることにしたのだ。結局、正直が一番よね。
「では特別な配慮はせずに、飽く迄も魔物狩の一員と扱わせていただきます…ところで、光魔法による治療の相場をお知りになりたいということでしたが」
クンディさんが一枚の紙を机の上に出す。このためだけに用意してくれたのだろうか、数行だけ記されている。
「当支部で光魔術士に治療仕事を依頼する際にお支払いする基本料金となります」
クラウデ 銀貨3枚より
キュラーテ 大銀貨1枚より
サナーテ 大銀貨3枚より
「言うまでもありませんが、傷の大きさで治療回数や時間が異なりますから、最低価格になりますが」
「ちなみに【清浄】ですと、如何ほどでしょう?」
橘花くんが迷いつつも尋ねた。
「…両手の場合は銀貨1枚から、でしょうか」
「参考になります。有難うございました」
橘花くんが右手を胸に当てるかどうか迷いつつも、普通に頭を下げる。クンディさんは微笑んでいるだけ。日本風にお辞儀をする所作はセーフなのだろうか…。
わたしの【商売:第一段階】には、魔物狩組合の手数料の知識は含まれていない。でも光魔法の希少性を考えると、患者さんと直接やりとりするのなら、この料金より高くても大丈夫と思うのだけれど…少なくとも最初は、組合最低価格で治療するのが無難なのかもしれない。
「それから…無論のこと組合の規則上、差支えがなければ、で構わないのですが…本日は僕たち以外に、若い登録希望者が組合を訪れていませんか?」
「ああ、それくらいは問題ありませんよ。何しろ、本日の登録者は皆さんだけですから。こちらからも宜しいですか? 礼を失しませんよう、ご年齢をお伺いしておきたいのですが」
「…僕とリカさんは17歳です。モモさんはまだ16で…もう直ぐ17歳ですが」
クンディさんの視線が素早く百桃とわたしの体を往復する。
「最後に…すみません、暫し相談させてください」
橘花くんはそう切り出すと、わたしたちに目配せしたので、共に席を立った。額を寄せ合って声を潜めて話す。
((どうしたの?))
(思い切って、何故クンディさんが最初に「お忍びかも」と疑ったのか、聞いてみようと思うのですが)
(…大丈夫かなあ…)
(理由を教えてくれる?)
(どんな点が怪しかったのか、が分かれば、今後の参考になるかと)
(そうねえ。そう聞くことで、ひょっとして本当に「お忍び」かもと匂わせることもできるかもしれないね)
(…訳アリと思ってくれた方が、有難いということ?)
(どうせ、いろいろと不自然なところはあるだろうし。どこが不自然だったか聞いておいた方がいいのかもね)
三人揃って席に戻ったあと、明らかに驚いているクンディさんに少し焦りながらも橘花くんが切り出した。
「…ごほん。クンディさん、僕たちはお忍びではないのですが…どのような点から、クンディさんがその可能性を考慮されたのか、お伺いしたいのですが…」
「…寧ろ、いえ失礼しました。先ずは新造硬貨ですね。大店の関係者でもない限り、平民には縁がありませんから。それから、お召し物ですね。有り触れた魔術士や魔物狩の衣服で紋章もございませんが、そのお仕立ての素晴らしさは、平民を装う為に高級店で敢えて発注したものとしか思えません」
うん、やっぱり神様の所為よね、ということが確認できた。
「そして何よりも、皆さんのお顔立ち。ショウ様は勿論、お二人とも大変に容姿端麗でいらっしゃいます。森人の貴人の方が他種族の者を従者とする際、見目麗しい者を選ぶのは定番ですから」
…森人は面食いなのね。分かるような気がする。
「一方で、納得できないことも」
ここからが重要かも。二人からも緊張感が伝わってくる。
「皆様は、大変に仲睦まじいご様子です。主従としては不自然と言いますか、有り得ない程に。そうですね、領都の裕福な平民のご子息同士ならば或いは…いえ、仮にそうだとしても距離が近過ぎるように思います。複婚のご関係でいらっしゃるのでしょうが、それにいたしましても、これ程の…」
「いえ、複婚だなんて、途でもありません!」
橘花くんが被せるように答える。思わず横を向くと、意外と近くに彼の顔が…突然、跳ねた自分の心臓の音に驚いて、慌てて腰をずらして距離を取ってしまった。百桃も一瞬で長椅子の反対の端に張り付いたようだ。「複婚」は、いわゆる一夫多妻制のことだろう。聞いた瞬間に理解できた。
「ええと…いろいろと有難うございます。今度こそ、お暇させていただきます。今後とも宜しくお願いします」
橘花くんが立ち上がって丁寧に頭を下げる。わたしたちも続いた。クンディさんも立って、部屋の扉を開けてくれる。廊下に出て、カウンターの横を通り過ぎてホールに出る直前、「そうだ、ローブを着ておかないと!」
橘花くんが当然のような仕草で百桃にローブを着せかける。
あっと思ったけれど、もう遅かった。わたしは慌てて自分でマントを羽織る。違う、橘花くんに着せてあげなきゃ!…橘花くんはサッサと自分で着てしまった。わたしの顔を見て、ハッと察した百桃が何とか橘花くんのローブの前のトグルボタンを留めてあげることはできた。
思わず振り返ると、クンディさんが微笑んで見送ってくれている。わたしたちは再度、頭を下げると、そそくさと…掲示板を確認するのも忘れて…逃げるように魔物狩組合を後にしたのだった。




