第13話 登録
先頭に立った橘花くんが重そうな木の扉を押し開けた。そのまま微笑みながら扉を抑えてくれる。わたしたちも唇の動きで感謝を伝えながら建物に入り…あ、橘花くんはいつもこうだから、つい…でもこれくらいは問題ないよね? 入った先に広がっていたのは、幸いにも「記憶に見慣れた」光景だった。
入口近くは広くスペースが開いていて、両側の壁際には机や椅子が幾つか並べられている。壁は掲示板になっていて、何枚かの紙が貼られていた。依頼が書かれているのかな。革鎧を着込んだ数人の魔物狩?の男性が椅子に座って話し込んでいたり、依頼(恐らく)の貼っている掲示板を眺めたりしている。
チラリとこちらに視線を向けた瞬間、思い切りポカンとした顔をするけれど、その後は一応、目を逸らしてくれる。何となく様子を窺っているのは分かるものの、少なくとも無関心を装っているのは確か。百桃と橘花くんが目深にフードを被ったのは正解ということだろう。
正面の右側三分の二くらいをL字型になったカウンターが占めている。その奥には振り子式の大きな時計もある。残りの左三分の一には廊下と二階へ上る階段があり、階段下の廊下の奥には扉がいくつか。カウンターの向こうには三人の女性が座って、事務仕事をしている。話し掛けていいのよね?
橘花くんが振り返って百桃を窺った。ビクリとして大きく頷いてから、三人の女性のうち若くて美人の子ではなく、一番の年配に見える優しそうな女性…それでも三十前後くらい? のところに向かった…ナイス、橘花くん。
「お仕事中、失礼します。構いませんでしょうか?」
フードを少しずらして顔を見せた橘花くんが切り出す。受付の女性は微笑んで顔を上げると、はっと表情を乱しつつも直ぐに元に戻して答えた。
「はい、何の御用でしょう?」
「魔物狩をして路銀を稼ぎたいと思っているのですが…そのためには、どのような手続きが必要でしょうか」
「依頼ではなく、登録ということですか?」
「…はい、そうです」
依頼なのかと確認されたことには、意味があるのだろうか。
「お三方とも登録されますか? お一人銀貨1枚の登録料が必要になります」
橘花くんが銀貨を3枚差し出し、受付のお姉さんが固まる。
「伝手がありまして、新造硬貨を入手できまして…」
橘花くんが言い訳気味に追加する。伝手って神様だけれどね。
「…失礼しました。それでは、順番に種族とお名前と、得意な技能などありましたらお願いします」
優しそうなお姉さんが薄灰色の紙を取り出し、羽ペンを握った。彼女が書いてくれるらしい。助かった。この世界には言語対照で「炭筆」と反応する鉛筆があるし「羽筆」の羽ペンもある。読み書きは大丈夫だけれど、使ったことのない羽ペンを渡されたら、うまく字が書けるものなのか心配だったのだ。
「僕は森人で名前はショウ。水魔術と風魔術…それに光魔術を少々、扱えます」
お姉さんがピクリと反応する。何か言い出す暇を与えず、食い気味にわたしたちも口々に伝えた。
「わたしは普人で、リカ。火魔術が得意です」
「私は、獣人のモモです。剣を嗜んでいます」
「…はい、承りました。それではこちらをお渡しします。説明がご入用ですか?」
「是非、お願いします」
橘花くんも食い気味に被せる。これで何とか突破したかな。
名前をどう告げるのかは事前に話し合った。ファンタジーでは平民は下の名前のみが定番。三人がとった能力を動員して共通語を探ると…「四協帝国」の名前でも推測できるけれど…この国には貴族がいて、貴族は名字がある。平民は屋号や出身地を名字のように使うこともあるらしい。「ヴィンチ村のレオナルド」ね。
あとは言葉の響きの問題。ここは情報が少な過ぎて賭けになってしまう。でも少なくとも「ショウ」「リカ」「モモ」の音に共通語の変な意味は無い、と思う。「リカ=お馬鹿さん」とかね。「普人で「リカ」は聞いたことがない」だと困るけれど、そこはもう仕方がない。なので、下の名前だけを名乗り、お互いも名前で呼び合うことにした。百桃は、とても嬉しそうな笑顔を綻ばせていた。
「こちらが、魔物狩組合に最初に登録された方の身分証になります」
お姉さんは焼印が押された名刺大くらいの木札を差し出してきた。焼印に描かれているのは…組合の紋章と「ヴェイザ」の文字。登録場所の名前ということね。それ以外には何もない。わたしたちの名前を刻んだりはしない。
「この木札を所持していれば、入町料は免除されます。渡し船の料金は支払っていただきますが」
渡し船?…聞きたいところだけれど、この町に渡し船があることを知らないのは変に思われるよね。
「また、魔物を狩ってきていただければ魔石も素材も全て当組合で買い取ります。売却先の伝手があるようでしたら、そちらに売っていただいても構いませんが…組合への貢献度は上がりません」
なるほど。どこかのゲームにでもありそうな制度で良かった。貢献度が上がると札が変わるのかな?
「魔石をお一人当たり10個、納入していただき…種類は問いません…更にひと月を目安として様子を見させていただいてから、青銅札に上がります。その際も発行手数料をいただきます」
いわゆるランクアップね。青銅の直訳は「佳金」だった。
「その後は、魔物素材以外にも様々な貢献度を測らせていただきます。特に魔術士の方には、組合から仕事を依頼することもあるでしょう…規定の貢献度に達しましたら、名前入りの黄銅札に変わります。黄銅札からは、他の町の組合支部でも身分証として通用します。その上もありますが、またの機会に」
魔石何個でとか、売却金額いくらでとかではなく、信用を積み重ねないといけないのね。考えてみれば、これも当たり前。取り敢えず、黄銅札を持つのが目標かな? 文字通りの流れ者のわたしたちには、ハードルが高そう。
「それ以外には…資料室に入れたり、組合から仕事を依頼したり、狩りのために他の組合員を紹介できたりするのも青銅札以上です。とにかく魔石10個を確保するまで生き残って…要するに青銅札からが実質的な正組合員ということですね。ああ、魔物以外でも、鳥獣類の肉や薬草木の買い取りも承っております」
「…渡し賃は、札の段階が上がっても、支払いが必要ですか?」
橘花くんが穏やかな口調で尋ねる。お姉さんも自然に答えてくれた。
「ええ、維持費が掛かるものですから…」
「そう言えばヴェイザというのは、元々は「渡し」のような意味でしたか?」
「ええと、昔の言葉で「浅瀬」だったと思います。アウストリ川の浅瀬を守る砦から発展した町ですからね」
なるほど。さすが橘花くん、うまいこと情報を引き出したね!
続いて、お姉さんがヴェイザの町について簡単に説明してくれる。「ヴェイザ脇街道」…わたしたちが通ってきた道らしい…はアウストリ川を横断している。橋は掛けられておらず、浅瀬を渡る。寧ろ浅瀬の位置に街道を通したのだろう。川の北側は魔物が多い「玄奥の森」が近い。そのため魔物から浅瀬と街道を守ろうと、浅瀬の北岸の周囲に砦を築いたのが始まりらしい。
そんな由来のため、町は川を挟んで二つに分かれている。二つといっても、川岸が少し高台になっていて安全な南側(今いるところね)の「本町」の方が遥かに大きく、北側は砦時代と変わらない大きさ。衛兵詰所や厩舎や倉庫、組合などの出張所、渡し場と船倉、数軒の宿と商店などがあるだけ、とのこと。
「では、僕たちは早速、掲示板を確認させていただいて…」
わたしは慌てて橘花くんのローブを引っ張った。
「ああ、もう少しだけ、教えてください。町の外で治療する場合には、許可は必要ないのですよね?」
「神殿には、所属されていないのですか?」
お姉さんは明らかに驚いた表情だ。やはり光魔術士は神殿所属が基本なのね…。
「はい、そうですが」
「神官補様を訪ねて来られた訳でもないと?」
「…はい、そうです」
「光魔術士は貴重ですから、狩場に近い北門で待機していただければ、組合としても大変に有難いです」
フリーの光魔術士もいるらしい。助かった。橘花くん、あと一息よ?
「お手数をお掛けしてしまいますが、この町での治療代金の相場などを教えていただけませんでしょうか?」
「えっ?…そうですね…」
何やらお姉さんが考え込む。嫌な予感。
「ええと。少しお時間をいただけますか? お手間は取らせませんので」
お姉さんが優しい笑顔で、それでいて目に強い意志を纏わせながら告げる。ああ、やっぱり。でも、ここは大人しく付いて行くしかない。わたしたちは顔を見合わせると、黙って頷き合った。




