第12話 魔物狩り組合
「まずは…ガットさんは最初に『徒歩にしては早い』と言いましたよね」
「そうね。今の太陽の位置からすると、転生したのは午前中みたいよね?」
わたしは歩き始めより高く昇っている太陽の方を軽く指さしながら答えた。晴れているしお昼頃だと思うのだけれど、頬に当たる空気は肌寒い。ローブやマントが無いと厳しいくらい。
「照明器具は…言語の反応では、魔具を別として…「角灯」と訳されるランタンとか燭台とかですね。すると日の出と共に活動を始める生活なのでしょう。転生してきた時間は、朝の早い時間帯にこの町を出発した馬車や徒歩の旅人が既に転生場所を通り過ぎた後だったので、道中は誰にも会わなかった、と」
「…そして他の町から訪れる旅人は、たぶんもっと遅い時間に、ということね?」
「そういうことだと思います」
「ねえ、噂をすれば…」
橘花くんと百桃の言葉を裏付けるように、門の方角から来た馬車や荷車が目の前を通り過ぎる。なんと牽いている馬はシマウマだった! しかも耳が四つも…違う、真ん中よりの二つは「角耳」ということね。
「異世界に来た、って言う感じがするよね…」
「【博物学】によると、哺乳類はかなりの割合で「角耳」を持っていますね」
「私の【狩猟】でも同じね。魔物には「角耳」が無くて、人型魔物には「魔角」があるみたいよね?」
「魔石を持つ生物が魔物で、音訳はオーガですね。獣型魔物は額に、人型魔物は小脳下端に魔石が埋まっているようです」
「…お金にはびっくりさせられたよね」
馬車や荷車、それから背負い板に括りつけた荷物を担ぐ人たちを見送った後に、百桃がしみじみと振り返る。本当よね。神様に、摺り減った硬貨が良かったです、なんて言えないけれど…。
「真榊さん、お釣りの銅貨を見せてください」
「ごめん、忘れていた。これね」
わたしは小母さんから受け取った銅貨をテーブルに置いた。
大銅貨よりも一回り小さくて、くすんだ茶色っぽい硬貨。錆びも浮いている。形は綺麗な円形だけれど、刻印はすり減って図柄もよく分からなくなっている。
「見事に、真円形ですよね…」
橘花くんが立てた銅貨の縁に指を当て、ころころと前後に動かしながら言った。
「真円形に鋳造…打刻かもしれませんが…する技術までは存在していて助かりました。地球だと何世紀相当なのかな。歪んだ形しか作れない技術レベルだったら、どうなっていたことやら…」
「ねえ、光魔術士は、想像以上に貴重な存在だと思う?」
「光魔術士というより、神官や神官補という存在が貴重というか…尊敬されているという感じでしたよね」
「…神殿を訪れて雇ってもらうのは…やっぱりリスクが高いよね?」
百桃が駄目よね、という表情を滲ませつつも橘花くんに確認する。
「そう思います。転生者の扱いが不明ですからね。治療で稼ぐなら、門の外で細々と、でしょうか」
「でも、それだけだと不安よね。昼間の時間帯は人の出入りが無さそうだから。あとは…この世界にもある魔物狩組合。オウガフンタンギルデね…オーガ・ハンターズ・ギルドか。ファンタジーだと身分や素性を問わないのが定番だけれど…」
「その辺を試してみることになりそうですね」
「…橘花くん、私たちもサポートするけど…対応はお願いね?」
百桃が大きな目を可愛くウインクして手を合わせる。そうは言うけれどね。
「でも、ガットさんの反応を見る限り、わたしたちが口出しするのはなるべく控えた方が良さそうよね…」
「では、困ったらお二人の方を見て、意見を聞くという形ではどうですか?」
「そうねえ…それくらいなら大丈夫よね。たぶん。百桃もそれでいい?」
「…うん。そんな感じでいくしかないよね」
何となく不安を抱えながらも、覚悟を決める三人だった。
「…この町の名前、門には書いていなかったね。でも誰かに聞くのは、やっぱり止めておいた方がいいよね」
百桃が切り出した。そう。ファンタジーでは門にデカデカと町の名前が書いてあったり、門番さんが「ようこそ、〇〇の町へ!」なんて言ったりするのが定番だけれど、よく考えれば現実的ではない。魔物の跋扈する世界では観光旅行はしないだろうし、明確な目的を持って〇〇の町へ行くぞ、と旅をするに違いないのだ。
道中、一里塚みたいなものがあると良かったのに。一里塚なら「〇〇まで何里」と書いてあるだろう。でも、その類のものは見当たらなかった。「一里塚」は共通語を探ると「道標石」と返ってくる。そう言えば、この町までは一本道だった。分かれ道などにしか設置されないのかもしれない。
「あとは、どうにも注目を浴びてしまっているのは…服装のアンバランスさもあると思うけれど…種族よね?」
「…今のところ、普人以外に会っていないものね」
「種族による人口差が、物凄く大きかったですしね…」
門番さんは無論のこと、屋台の人たち。広場を通り掛かって例外なく驚愕の表情でわたしたちを凝視しながら通り過ぎる人たち。まだ、二十人くらい?としか出会っていないけれど、今のところ全員が普人だ。
黒から茶系の髪色に同系統の瞳で、肌の色は日焼けが目立つから分かり難い。顔の造作は日本人よりは堀が深いかな。でも眉間や鼻筋はコーカソイド系ほど高くない気がする。顎はがっしりしている。そして何というか…個性的というか、強烈というか、整っていないというか…。
「ねえ、璃花。森人の橘花くんと獣人の私は顔を隠した方がいいのかも。橘花くんはローブのフードを被るとして…」
「わたしのローブと百桃のマント、交換しようか?」
「…交換すると、女魔物狩や女魔術士の服装として変に思われないか、というところが心配だけど…」
「あの…御酒花さんの角耳を隠す方を優先した方が良いという気がします」
「そうよね。…百桃、交換しよう」「うん、お願い」
「…注目を浴びる原因としては、僕は、お二人の図抜けた美貌に因るところが大きいと思いますので、真榊さんの顔が出ることになると変わらないかもしれません」
「も、もう。それを言うなら、【美形】が標準装備の森人と【美形】をとった百桃の二人でしょ。あ、二人とも元から美男美女だったけれどね?」
すると百桃が何故か溜息を吐きながら、大きな瞳でわたしを見詰めた。
「…璃花。私、言ったよね。『璃花は…【美形】とってないのにゃ?』って。これで分かるよね?」
ほんの数時間前のことなのに、今となっては懐かしいとさえ感じる口調で百桃が言う。ええと、どういうことかな…あっ…でも…気恥ずかしさが込み上げ、二の句が継げなくなった。橘花くんを意識すると、いつもの穏やかな、そして眩しげな笑みを浮かべて遠慮がちな視線を寄越したようだった。
その美しくて深い、濃紫の瞳が視界の隅に入った。心が震えるような気がして思わず目を伏せる。眩しいのは、わたしじゃない。眩しいのは…このとき、寂しそうな表情で微笑んでいた百桃に、わたしは気付けなかった。
カアアアアンン…
突然、広場に鐘の音が響き渡る。わたしたちは思わず顔を見合わせたけれど、屋台の小母さん始めとした、広場にいる人たちは特に反応していない。
「時計塔があるのかもしれません。ええと…機械式時計はありますね。鐘撞きの時計、重錘式時計、振り子時計まで反応します。一日は24時間みたいですし、午後一時だったりするのかな」
「時間まで同じだと怖いくらいよね。まさか仮想ゲームの中なんてことは…」
「璃花、いくら何でもそれはないと思うよ。…橘花くん、やっぱり星や体の大きさが同じだからなの?」
「恐らく。昼と夜をそれぞれ12等分して60進法で刻むのが、ちょうど良いのかも」
鐘が鳴ったのを潮時に、行動を開始することになった。魔物狩組合の位置を屋台の小母さんに尋ねると、変な顔をしながら右手で広場の反対側を指し示した。振り返ると、二階建てのどっしりした建物が鎮座しているのが目に入る。広場に面している建物の中では一番大きくて目立っている。
微妙に強張った表情で小母さんに礼を述べ、三人で教えられた石造りの建物に歩み寄った。一階と二階を隔てる庇から道に向かって金属棒が伸びていて、そこから鬼のような魔物?の顔を剣が二本貫く図柄の紋章が吊り下っている。そして重そうな扉には、こう書かれた看板が打ち付けられていた。
「魔物狩組合 ヴェイザ支部」
うん、いくつもの町に跨って存在する大きな組織の施設なら、建物に町の名前入りの看板があっても不思議はないよね。思わぬ形で町の名前を知ることができたわたしたちは、苦笑しながらも魔物狩組合の扉を押すのだった。うまく対処できますように。橘花くん、頼りにしているから!




