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無能サモナーの俺、ログアウト不能の世界で幻獣を呼んだら最強だった件  作者: sixi


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黒炎、群れを越えて

 第五層――灰色の峡谷。

 風は乾いていて、遠くで金属がぶつかる音がする。

 その音が、今のこの世界の現実を物語っていた。


 統合生存戦線。

 結束を掲げた大規模ギルドは、いまその峡谷でボス戦の最中だった。


 「前衛、押し込め!」

 「後衛、詠唱遅い! 盾が落ちるぞ!」


 グレンの声が響く。

 彼の指揮は的確だ。

 だが、ボスの動きがそれを上回っていた。


 灰色の巨人――ストーンアーマー。

 その体は岩盤の鎧で覆われ、動くたびに破片を撒き散らす。

 打撃も魔法も通らない。

 そして何より、その一撃が重すぎた。


 「くそっ、もう盾がもたねぇ!」

 「ヒーラー班、回復が追いつかない!」


 空気が悲鳴で満たされる。

 その時、背後で風が鳴った。


 「誰か、来る……?」

 索敵係が顔を上げた。

 峡谷の上段、逆光の中を三つの影が歩いてくる。


 一人の男と、一匹の竜。

 その隣を、ローブ姿の少女が支えている。


 「……レイン、だよね」

 ミナの声に、俺は頷いた。

 「気配がやばいな。群れが潰れる」

 「助ける?」

 「“通りすがり”にならなければ、な」


 ヴァルグが肩の上で黒い翼を広げた。

 小さな体が空へ跳び、黒炎が弧を描く。

 その光景を見た者が、最初に声を漏らした。


 「な……竜?」


 ボスの拳が振り上がる。

 それをヴァルグが迎え撃つ。

 炎と岩が衝突し、峡谷が鳴った。

 衝撃波で砂が巻き上がり、視界が白く霞む。


 「おい、何が起きた!?」

 「……ボスの腕が、消えた……?」


 砂が収まったとき、巨人の右腕はなかった。

 焦げた断面から黒煙が立ち昇る。


 俺は崖から飛び降り、地面に着地した。

 岩の欠片を蹴り、剣を抜く。

 巨人が左腕を振り上げた瞬間、その手首を斬った。


 斬撃が“遅れて”見えた。

 黒炎の軌跡があとから追いつく。

 音が爆ぜ、残った腕ごと爆散した。


 「ま……待て、誰だお前!」

 前衛の一人が叫ぶ。

 「通りすがりだ」

 俺は短く答える。


 ヴァルグが俺の頭上を旋回する。

 ミナは下段で倒れているヒーラーの回復に回った。

 光が走り、傷が塞がっていく。


 「動けるなら離れろ!」

 「は、はいっ!」


 ボスが吠え、脚を振り下ろす。

 岩盤が砕け、地面が波打つ。

 俺は剣を地面に突き立て、ヴァルグと目を合わせた。


 「合わせるぞ」

 「――ッ!」


 黒炎が剣を包む。

 風が引き、音が消える。

 この瞬間、俺とヴァルグの世界には“敵”しか存在しない。


 斬撃。

 黒炎が一点に収束し、巨人の胴を貫いた。

 内側から爆ぜ、岩の鎧が粉砕される。

 巨人が崩れ落ち、地面を割った。


 沈黙。

 風の音だけが残る。


 「……終わった?」

 誰かが呟く。


 俺は剣を納め、ヴァルグを呼んだ。

 黒い竜は肩へ戻り、尻尾で軽く俺の首を叩いた。

 “やったな”という合図。


 ミナが近づいてくる。

 「倒したの、今の一撃で……?」

 「運が良かった」

 「それ、運って言わない」


 彼女が微笑む横で、グレンが立ち上がった。

 鎧はひびだらけで、それでも威圧感は残っている。

 「……助かった。礼を言う」

 「礼はいい。通りすがりだ」

 「そうか。だが、“その力”は目立つ」


 グレンの目が光る。

 俺は無言で背を向けた。


 ヴァルグが一度だけ、低く唸った。

 “気に入らない”というより、“警告”に近い。


 ミナが小声で言う。

 「レイン、見られてる」

 「知ってる。これで静かにはしてられない」


 崖を登り、峡谷を離れる。

 背後で人々のざわめきが続いていた。


 「誰だあいつら……」

 「竜を連れてた……黒い炎……」

 「ゼロって言ってなかったか?」


 噂が、風に乗る。

 通りすがりのはずが、もう“通り過ぎる”ことはできない。


 ヴァルグが肩の上で鼻を鳴らした。

 ミナが苦笑する。

 「これ、完全に有名人コースだね」

 「……俺は目立ちたくない」

 「でも、あの戦い見たら誰でも話すよ」


 黒炎の残り香が、風に混じって流れていく。

 峡谷の影から、遠くの塔がわずかに光った。

 その光はまるで――

 “観察者”が興味を示した合図のようだった。


 峡谷を離れて半日。

 風は乾き、砂が靴底に噛みつく。

 俺たちは街の外縁を大きく迂回して、拠点候補の洞へ戻ろうとしていた。


 道すがら、すれ違う小隊が何度もこちらを見た。

 視線が刺さる。

 囁きが風に混じって運ばれる。


 「黒炎だ」

 「竜の召喚士」

 「ゼロって名乗ってたやつらだろ」


 こちらは名乗っていない。

 だが、噂は誰かが勝手に作る。

 ミナが肩をすくめる。

 「……広がるの、早」

 「峡谷に百人いた。口は百個ある」


 ヴァルグが短く鳴いて、空を見上げた。

 黒い塔が雲を貫き、遥かに遠い。


 街の石壁が見え始めた頃、道を塞ぐ影が三つ。

 統合生存戦線の腕章。

 前に出たのは、峡谷で見た規律担当だ。


 「召喚士レイン。ギルド本部まで来てもらう」

 「用件を」

 「身元と所属の確認。お前の力は、無所属に置くには危険だ」


 ミナがわずかに身構える。

 ヴァルグは肩の上で目を細めた。

 俺は短く答える。


 「所属はしない」

 「命令だ」

 「命令には従わない」


 空気が硬くなる。

 規律担当の手が剣の柄へ――

 その手を、横から押さえた者がいた。


 グレンだった。

 砂埃を踏んで近づき、俺と正面から目を合わせる。

 「勧誘に来た。脅しではなく、正式な提案だ」

 「聞こう」


 「お前の力は群れに必要だ。前衛・後衛に一小隊、好きに選んでいい。裁量も与える。

 ――ただし、指揮系統だけは守れ」


 悪くない条件。

 だが、俺は首を振った。

 「指揮系統がある限り、俺はいつか“命令で人を捨てる”」

 「捨てない選択肢を作るのが指揮官だ」

 「なら、お前が捨てないと誓えるか?」

 「……状況次第だ」


 それが答えだ。

 俺は一歩退く。

 「だから、入らない。俺たちは俺たちでやる」


 グレンはしばし黙り、やがて小さく笑った。

 「噂通りの頑固者だな、ゼロのレイン」

 「ゼロは“合言葉”で、俺の名じゃない」

 「世間は呼びやすい名をつける。――なら、呼び名が先に歩くさ」


 彼は手を挙げ、部下を下がらせた。

 「好きにしろ。だが、監視はする。この世界で“異常な個”は、群れに害にも益にもなるからな」

 「脅しに聞こえる」

 「警告だ」


 視線が交差し、離れる。

 グレン一派が去ると、砂漠の風がいっそう冷たく感じられた。


 ミナが息を吐く。

 「……穏便に終わった、のかな」

 「“今は”だ。次は保証しない」


 歩き出そうとしたとき、背後から別の声。

 低く、抑えた女の声。


 「――お前たちが、峡谷の巨人を落としたのか」


 振り向く。

 フードの影で目が光る。

 灰のコート、背には細身の長剣。

 顔はよく見えない。だが、立っているだけで空気が変わる。


 ミナが小声で囁く。

 「噂の、銀髪……?」

 フードの裾から、銀色の糸のような髪がのぞいた。


 彼女は一歩だけ近づき、俺とヴァルグを順に見た。

 「黒い炎。……珍しい相棒だ」

 「そっちも、珍しい気配だな」

 「質問に答えろ。峡谷の巨人は、お前たちか」

 「通りすがりだ」


 フードの下で、わずかに口角が動いた。

 笑いか、失笑か、判断できない。

 彼女は踵を返し、すれ違いざまに短く言う。


 「北の尾根で、群れが潰れる。興味があるなら、来い」


 それだけ残して歩き出した。

 名乗りもしない。

 ミナが目を丸くする。

 「え、今の誰?」

 「“銀髪の剣士”。間違いない」

 「行くの?」

 「……行く」


 ヴァルグが尾で肩を叩いた。賛成の合図だ。


 北の尾根に向かう途中、道端の休息所で、また噂が耳に入った。

 「見たか? 黒炎が巨人の腕を消したって」

 「いや、斬っていた。炎は形になってた」

 「ゼロのレイン、って」

 「銀髪の剣士も動いてるらしい。第二十層をソロで抜けたって……」


 噂は、もう俺たちの足より早い。

 “観察”されるのは嫌いだが、晒し火にはメリットもある。

 敵も味方も、先にこちらの存在を意識する。

 不用意に踏み込んでこないという効果が生まれる。


 尾根に着くと、乾いた草原の先で砂煙が上がっていた。

 統合生存戦線の別動隊が、獣の群れに飲まれている。

 指揮の声が割れ、射線が交錯し、崩れるのは時間の問題だ。


 ――群れは、脆い。

 一本が折れると、連鎖する。


 俺は息を吸って、吐いた。

 ミナが頷く。

 「合わせる」

 「頼む」


 ヴァルグの黒炎が、音もなく細くなる。

 俺の足運びと重なり、一本の線になる。

 視界の端で、淡いウィンドウが滲む。


 > 【共鳴治癒:安定】

 > 【精神負荷:許容内】


 良し。

 俺たちは走った。

 獣の群れの芯だけを正確に断ち、波を止める。

 ミナは崩れた兵に短い言葉をかけ、呼吸を合わせて立て直す。


 「た、助かった……」

 「立てるなら、下がって。二十歩」

 ミナの声は低く穏やかで、命令ではない。なのに、人が動く。


 十分もせず、群れは散った。

 誰も追わない。

 追えば、また群れに飲まれるからだ。


 遠くの岩の上に、さっきのフードの女がいた。

 風に銀が揺れる。

 彼女は何も言わず、こちらに短く顎を向けただけで、尾根の裏へ消えた。


 ミナが息を吐く。

 「合図……だよね」

 「ああ。“また会う”の合図だ」


 背後で、グレンの部下らしい男がこちらを見ていた。

 視線は敵意でも好奇でもない。

 評価する目。

 やがて彼はどこかへ駆けていった。報告だろう。


 風が止み、静けさが落ちる。

 俺はミナとヴァルグを見て、短く言う。


 「目立ったな」

 「うん。充分に」

 「戻れないぞ。もう“静かな通りすがり”には」

 ミナは笑う。

 「最初から、そのつもりなかったくせに」

 ヴァルグが尾で俺の肩を二度叩いた。図星のリズム。


 視界の端で、また淡い揺らぎ。

 薄い文字が、砂の上に落ちるように流れた。


 > 【観察ログ:対象Ωの“影響力”増幅】


【注意:群体反応の変化を追跡】


 見ていろ。

 群れないまま、群れを救う。

 それが、俺たち〈ゼロ〉のやり方だ。


 黒い塔が、遠くでかすかに瞬いた。

 その光は、挑発にも、招待にも見えた。

 俺たちは北風を正面から受け、次の“偶然”に向かって歩き出した。

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