転生した元政策秘書は、枯木王子を王位につける
あくまで創作です。実在の人物や事象には、ほとんど関係ないので気になさらずに。
それは唐突に起こった。
場所は宮殿。舞台は夜会。
第二王子であり王太子のロガンツが、私の顔に向け、人差し指を突き出した時だった。
「ヴェリエル! 貴様との婚約を破棄する!」
反射的に、私はロガンツ殿下の人差し指を、扇子で叩いたのだ。
背中に悪寒が走ったために。
おっとりとした淑女と言われてきた、ヴェリエル・パーシフルにはあり得ない行動だった。
同時にいくつもの場面が、脳内を疾走した。
見たこともない高い建物や、馬車よりも速く走る物体。
膝下から足を見せている女性たち。
片手に持つ、随分小さな金属片に向かって、語り掛ける人々。
そして想い出す。
私がかつていた場所を。
此処ではない国。別の時代。
それは私が「板柿真実」という名を、持っていた時の記憶。
政治家の秘書だった頃の。
ところで。
此処は何処?
何の時代?
まさか……。
異世界!?
◇◇◇
あれは政権党の総裁を決める前のこと。
総裁候補者の一人、兎飼幹事長は、私、板柿が大尊敬する政治家であった。
最高学府から現役で、国会議員政策担当秘書資格試験に合格した私は、縁あって、若手政治家のホープと言われていた兎飼先生の秘書になった。
外見も人格も優れていた兎飼先生は、ずっと憧れていた政治家だった。
それから十年余。
満を持して、総裁選挙に立候補した兎飼先生が、街頭演説を始めた時だ。
聴衆の中から一人の男が駆け出し、先生に近付く。
その両手に握られている物が、ギラリと光った。
「危ない! 先生!」
私はSPよりも早く、兎飼先生の前に飛び出した。
向かって来る刃。
避けられない……。
濡れた雑巾を、叩きつけるような音がした。
目の前が夕焼け色になる。いつか見た、命が途切れそうだった日の夕暮れと同じだ。
あの時、私は救われた。
だから今こそ、恩返し……。
私の意識はそこで途切れた。
ああ。
きっとあの日、私は命を落としたのだろう。
兎飼先生を守って死ねたのなら、それは本望だけれど。
兎飼先生……。
無事に総裁になれたかな。
翌日の新聞の見出しは「いたかき死すとも、真実は一つ」あたりだったろう……。
◇◇
「いってえ……」
ロガンツが指先に息を吹きかけている。
人を指さすなんて礼儀知らずなこと、あんたがしたからだ。
いけない、いけない。
記憶が戻ったせいか、淑女の仮面が剥げそうだわ。
「不敬にも程がある! ヴェリエル・パーシフル! 婚約破棄だけだなく、お前は砦に追放する! 神妙に罪を償え」
ロガンツの叫び声はキンキンする。
前世を想い出したら、一気に思考が板柿モードになった。
外見は銀髪紫眼の侯爵令嬢、ヴェリエル・パーシフルなんだけど。
しいかしイヤだわ。ロガンツの話し方。
キンキン声じゃ、女性票が逃げるでしょ。
だいたい後ろ盾欲しさに、ロガンツの母である現王妃が、無理やりまとめた縁談よ。ロガンツは金髪碧眼で、見た目は女性ウケ良いだろうけど、知能性格に為政者の資格ないわ。
「くっ。相変わらず表情ナシの女め。まあいい。俺にも温情はある。現在砦の管理者である我が兄と、婚姻するが良い」
そうか、隣国との国境にある砦とは、第一王子殿下の居城だったわね。
本来なら、目の前のキンキン声の王子ではなく、第一王子パトリダム殿下が立太子予定だったのに。
「ふふふ。お前のような賢しらで冷たい女は、枯れはてた兄上とお似合いだな」
そう言いながらロガンツは、隣にいた令嬢を引き寄せる。
「時期国王となる俺には、このベナのような可憐な女性こそ相応しいのだ」
「いやん、ロガ様ったらぁ」
「もうヴェリエルから苛められたり、強請られたりすることはないからね」
キャッキャウフフの二人だが、ロガンツは不穏当な発言をしている。
苛める? 強請る? 誰が?
この世界で私が持っている個人資産は、埼玉県の年間予算に相当するのだが。
ベナ嬢って、男爵令嬢だったかしらね。
私が何を強請ったというのかしら?
面倒だから訊くこともなく、私は踵を返す。
脳内にはTODOリストが並んでいく。
ロガンツみたいなのが次期国王なんて、この国は終わるわ。
そうしたら、他国にコロッと攻め滅ぼされてしまうだろう。
それだけはダメ!
戦で苦しむのは、いつでも弱い者なのだから。
なんとかしないと。
いえ、違う。
なんとか、するわ!
無表情で、一見気弱なヴェリエル・パーシフル侯爵令嬢は消えたの。
今の人格は八割以上、板柿真実のもの。
根回しと人を見る目、そして政治的駆け引きに習熟した、政策秘書をナメんな。
***
タウンハウスに戻り、父であるパーシフル侯爵に王宮のことは任せ、私はその日のうちに砦に向かった。政治家はスピードが命。兎飼先生の口癖だった。三日後、西側の隣国との国境沿いに建つ城塞、砦に着く予定である。
馬車に揺られながら、私は現世と前世の知識を刷り合わせた。
この国の名は、ルンゲール王国。三方を山に囲まれた小国だ。
大きさは、長野県くらいか。
王族以下は、公爵家が一つ。侯爵家が三つ。
国家予算はおそらく、鳥取県の年間予算くらいだろう。
山に囲まれ侵略されることが少ないからか、騎士や兵士の能力も地位も低い。
平和ボケ?
一応、これから向かう砦には、隣国への牽制の意味もあって、常時一個小隊の兵士がいるという。
だが、基本は砦周辺の農民が多いので、十分な訓練を受けているとはいえないだろう。
幸い、食料と水の確保はしやすい環境だ。小さい鉱山もあるし。
急務は防衛力の底上げと、何より優れたリーダーの確立だと思う。
果たして。
枯木王子の上に立つ者としての資質は、如何なものか。
「弟が、申し訳ないことをした」
砦でお会いした第一王子パトリダム殿下は、深く頭を下げた。
ダメですよ、殿下。王族が簡単に謝罪なんて。
「すべて私の不徳の致すところです、殿下」
私も慌てて頭を下げ、ゆっくりと顔を上げた。
パトリダム殿下の伽羅色の瞳と視線がぶつかる。
あっ。
似てる……。
心臓がキュッとなり、息が止まる。
これ、狭心症じゃないよね。
枯木王子とか揶揄されてきたパトリダム殿下だが、間近でお会いするのは初めてだ。
元々病弱だった前王妃の忘れ形見。
パトリダム殿下も、お体は弱いと噂されていた。
前王妃が儚くなって、国王は現在の王妃を迎えた。
それが第二王子ロガンツの母君だ。
パトリダム殿下は確か、私やロガンツより、三歳年上のはず。
だが。
身長はロガンツより低く、体躯は華奢だ。
というか、腕なんて折れそうな細さをしている。
眼は窪み、皮膚全体がカサカサしいていて実際の年齢よりも老けて見える。
枯木王子と呼ばれる所以だ。
しかしながら!
私は声を大にして言いたい!
華奢な男性、小柄な男性が私は大好きだ――!
そして、私は老け専なんだ――!
兎飼先生もそうだった。
だから胸が鳴った。
現在私が存在している世界は、男性は背が高く、鎧の下はムキムキ筋肉が美丈夫と評される。
よって、パトリダム殿下は見た目で残念な王子扱いとなり、第二王子のロガンツが持ち上げられるようになった。
国王陛下が現王妃に忖度した結果とも言える。
でも、あのロガンツが次期国王なんて、この国ヤバい。何より私が嫌。
「ロガンツはあなたと僕の婚約云々言ってきましたが、ほとぼりが冷めたら、あなたはご実家へお戻りください」
真摯な表情のパトリダム殿下に、私の胸はまたキュンとする。
この胸の高鳴りは……。
間違いない!
この御方こそ、次期国王に相応しい!
だったら、私のするべきことは一つしかない。
政権、じゃなかった、王権奪取だ!
だから私はパトリダム殿下に言う。
「パトリダム殿下。貴方様の人生、私に賭けてみませんか!」
「えっ?」
***奪取その一
その日から、私は前世で得た知識を総動員して、パトリダム殿下を王位につけるための作戦を開始した。
まずは見た目の改善ね。
枯木とか言われているけれど、早期老化症ではなさそうだ。
長寿遺伝子の研究補助金を出す際、その辺の勉強もしてたのだから見立て違いではないだろう。
栄養不足と運動不足に加えて、強度のストレスが原因に違いない。
それと考えられるのは……。あの疾患。
だが、その特効薬は、まだこの世界にはない。
私はパトリダム殿下を屋外に誘い、砦周辺の野原を散歩することにした。
ちまちましているが農地もあり、領地の民が農作業をしている。
「あ、若様!」
一緒に歩いていると、あちこちから声がかかる。
『若様』って良い響き。
この地の民たちは、パトリダム殿下を慕っているようだ。
「今採った葉物だよ、若様。隣の女性、若様の奥さん?」
お・く・さ・ん!
良い響き。前世、縁がなかった単語だけどね。
気さくに話しかけてくる民たち。
殿下は迷わず受け取っている。
田畑の肥料はやはり、想像通りだ。
となれば、パトリダム殿下の低栄養、痩せ過ぎの原因も、私の推測で間違いないだろう。
「おじさん、この辺でヨモギって生えているかしら?」
「ああ、道端に結構生えてるよ」
籠いっぱいのヨモギを摘み、ニコニコする私を、パトリダム殿下は怪訝な表情で見つめていた。
「なんだか嬉しそうだね、ヴェリエル嬢」
「はい。これが殿下の体を、超健康体にする草ですから」
それから毎日、ヨモギを煎じてパトリダム殿下に飲ませた。
殿下は嫌そうだった……。
「薬だと思って、飲んじゃってくださいね」
実際、薬なのである。
東洋医学専門医を養成する団体の、陳情に付き合って良かった。
一か月もヨモギ汁を飲み続けた殿下は、少しずつ頬がふっくらしてきた。
明らかに食欲も増してきた。
「凄いね、この苦い汁」
「ヨモギ茶とお呼びください」
「あ、お茶なのか。これ飲むようになって、体の気怠さが消えたようだ」
淑女らしく微笑みながら、私は小さくガッツポーズをとる。
パトリダム殿下が枯木のように痩せていた原因の一つは、寄生虫だ。
駆除薬は手に入らないだろうが、ニガヨモギの摂取はある程度有効なのだ。
殿下が健康体になり、見た目も枯木を脱出したので、私の計画は次の段階に進む。
***奪取その二
政治家に必要な三つのバン。
それは地盤、看板、鞄である。
地盤とは支持団体、看板は知名度。そして鞄は資金力を指す。
パトリダム殿下は第一王子であるし、砦の管理者として隣国と良好な関係を築いている。
枯木王子という(変な)二つ名も、それなりの知名度がある証拠。
資金は私がなんとか出来る。
あとは殿下ご自身の気合。
そして国への想いの強さ。
「ヴェリエル嬢は、本当に僕を国王にするつもりですか?」
「うふふ。いやですわ殿下。もう婚約者なんですから、『ヴェル』とお呼びになって」
「では、ヴェ、ヴェル。僕は今の生活が好きです。この地で國民と一緒に、ささやかな幸せを築いていきたい。それだけでは、ダメなのでしょうか?」
ズッキューン。
伏し目がちの殿下も素敵。
拝みそうになりながらも、私は口を開く。
言うべきことを、伝えなければと。
「しかしながら殿下。この王国全体は、まだまだ豊かさが足りません。災害や他国との小競り合いが起こったら、民たちの生活はすぐに崩れてしまいます。上に立つ方の器が、大きな器が必要なんです」
「僕には、そんな器など……」
私はブンブン音が出るくらい、首を横に振る。
「そんなあなただから、あなたが良いのですよ、パトリダム殿下!」
将たる器には、武力や知力だけが求められるわけではない。
あった方が良いけどね。
人間としての資質。それが重要。最も重要。
慢心増長することなく、他人の言葉に耳を傾けることが出来る人こそ、真のリーダーなのだ。
「王国全体の命と暮らしを守る……。果たして僕に、出来るのだろうか……」
「私がいます! そのために、私は今此処にいるのです。どこまでも、いつまでも、私は殿下と一緒にいます!」
ふわりと、パトリダム殿下は笑顔になる。
「あなたがいるなら、僕でも大丈夫かもしれません」
***閑話 パトリダム殿下
弟王子の婚約者として、知ってはいた。
遠目でも分かる美貌の少女。
ほんの一瞬、弟を羨ましいと思った。
実母である王妃は既に亡くなっており、体格体力ともに恵まれぬ自分に、次期王国を担うのは無理だ。
枯木王子。
言い得て妙だ。
早くに王宮を離れ、辺境とも言える国のはずれで、ひっそりと生きていこう。
そう決めていた。
それで良いと納得していた。
はずだった……。
ある日、王太子である弟から、妙な手紙が届く。
――ヴェリエル・パーシフルを娶れ。
手紙が届いた翌日、彼女がやって来た。
色彩を欠く砦が、一気に華やいだ。
間近で見る彼女は、月光を集めたような銀色の髪と、深い知性を感じさせる紫色の瞳を持つ、例えようもないほどの麗しい女性だった。
「殿下の痩身は、生まれつきではありません」
ヴェリエルは射るような眼差しで言った。
腹に住み着く虫のせいであると。
舌が痺れるような茶を、毎日飲まされた。
少しずつ、体の怠さが取れ、食事が旨いと、感じられるようになった。
結果、体に肉が付くようになり、こけた頬に丸みが出る。
そんな時、ヴェリエルは僕に、にこやかに微笑みながら、とんでもないことを言った。
「王権、取っちゃいましょう」
足りない調味料を隣家から借りるかの如く、軽い口調だった。
無理無理無理!
僕の母を亡き者にした、王宮の闇は深いのだ。
僻地でひっそりと暮らすことで、僕の命は保たれているようなもの。
「絶対大丈夫です! だって、私がいますから」
一瞬だけ、王宮のバルコニーから皆に手を振る己の姿を夢想した。
僕の隣には、ヴェリエルが慈愛に満ちた笑顔を見せている。
国と國民を守り、豊かな王国を築く。
それは確かに、遠い日の憧れだった……。
***奪取 最終段階
その後一年、私はパトリダム殿下の王権奪取に向けて、走り廻った。
食料安定の供給と、寄生虫被害を抑止するため、肥料の合成に着手。
近隣の山からは、石膏とリン鉱石が取れていた。
この二つがあれば、リン酸肥料が作れる。
ふふふ。化学合成企業の視察に同行していて良かったわ。
せっかくだから、合成した肥料は隣国にも安く売ることにした。
おかげで隣国の大臣と仲良くなった。
人脈ゲット。
また、書状は羊皮紙が主流だったが値段が張る。
この辺の山では和紙の原料が自生していたので、農地のおかみさんや子どもと一緒に、和紙作りに精を出した。出来上がった良質の和紙は、私が買い取った。おかみさんたちはホクホク顔になった。
売り物になるか微妙なものは、そのまま子どもたちに与え、読み書きと四則演算の練習帳にした。
和紙は商人たちに喜ばれ、いつの間にか砦周辺の名産物となっていた。
同時に王都にいる私の父パーシフル侯爵から、王都と王宮の情報を随時得ていた。
砦周辺の整備が進み、人口が増えて物流が盛んになる一方、現国王下の王都は徐々に活気がなくなっていく。
あんな(アホ)王子と、お花畑婚約者を放置しておくからだ。
優秀な第一王子を放逐した、見る目のない王家など、いずれ滅びゆくだろうな。
前世の日本なら、内閣不信任案提出直前と言ったところ。
父から、三つの侯爵家の意見が揃ったと連絡が来た。
国王が引退した場合、ロガンツの王位継承は断固阻止すると。
公爵家は様子見だそうだ。ま、王家の血筋だからな。
大臣を通じ、西の隣国とは相互不可侵、ただし協調路線を続けていく書状を交わした。
勿論和紙を使ったよ。
いよいよ。
機は熟した!
王都へ出発する日を明日に控え、私は砦の最上階に上った。
夕陽は、泣きたくなるほどの、淡い朱色の光を投げている。
「明日は晴れるね」
いつの間にかパトリダム殿下も最上階まで来ていらした。
「ええ。殿下の凱旋にぴったりですわ」
「凱旋なんて、大げさだな」
そう言いながら、殿下はポケットから小箱を取り出す。
「これを。ずっと君に渡したくて……」
「これって……」
それは紫水晶の指輪だった。
国境沿いに、水晶が取れる鉱山がある。
時々、パトリダム殿下は鉱山の視察に、一人で出向いていた。
「僕が掘り出したんだ。紫の、君の瞳の色の水晶が欲しかったから」
殿下が。
剣を振るうことも、ままならなかったというパトリダム殿下が!
ツルハシ持って、水晶掘り!
なんて。
なんて尊いの!
思わず涙が落ちる。
「あ、えっと、ヴェル」
私の涙で殿下が慌てる。
「ごめんなさい……。う、嬉しくて……。ありがとうございます」
「そうか。良かった」
「明日はこの指輪を付けて、王宮に行きますわ。うふ。みんなに見せびらかしてやる」
殿下の顔が夕陽色に染まる。
「ねえ、殿下。私、死にかけたことがあるんです」
「えっ?」
「子どもの頃。親は私を放置して、何日も家を空けて遊んでいました」
「あのパーシフル侯爵が?」
「いえ。もっと昔。この国ではない場所で」
「あ、ああ」
「食べ物も水もなく、ぐったり横になっていて、窓からは夕陽が差し込んでいました。泣く気力もなくなり、子ども心に、もうダメかなと……」
残照が領地を照らす。
夕餉の煙が上がっている。
「そんな時でした。ドアを蹴破って、誰かが私を抱き上げてくれた。おかげで私は生き残ることが出来たのです」
パトリダム殿下の表情が引き締まる。
「あとになって、助けて下さったのは、私が住んでいた場所の、市長さん……領主のような方だと知りました。子どもや弱い立場の人を守ると、宣言されていたそうです」
パトリダム殿下は、そっと私を抱き寄せる。
「そんなことが……」
「ええ。だから、私は決めたのです。その土地、その国の一番上に立つ人が、本当に素晴らしい人であれば、民は幸せになる。救われる。私は皆を統率する人を最大限、支援し援助する役割を担おうと」
「約束する、ヴェル。僕は君の支援を絶対無駄にしない。この国を、國民を幸せにする」
洛陽は日輪の輝きを残す。
それは紛れもない、明日への希望だ。
パトリダム殿下と私、そして砦の兵士たちは王都を目指す。
殿下も私も、馬車ではなく馬で行く。
馬車での行程を大幅に短縮し、王都の城壁を越えた。
馬留にて小休止し、王都の様子を伺う。
何この荒廃感。だいたい曇っているし。
砦周辺の活気に慣れた者には、人気のない王都の中心部は、ディストピアみたいに見える。
とりあえず、私の実家、パーシフル家に向かおうとしたその時だった。
黒い影がこちらへ駆けてくる。抜刀の音が聞こえた。
「危ない!」
私はパトリダム殿下の前に出る。
守らなければ!
パトリダム殿下は、この国の希望の星なんだから!
刃が光る。
刹那、パトリダム殿下が一歩前に進む。
金属音が響き、黒服の手から剣が弾かれた。
帯同している兵士たちが、すぐさま黒服を捕縛した。
え、殿下って、剣を振るうことが出来ましたっけ?
「大丈夫か、イタカ……。あ、ヴェル」
今、殿下、『イタカキ』って言ったよね言ったよね!
というか殿下、今あなたが手にしている物って。
「ツルハシ持ってて良かった」
な、なんで。
ツルハシ……。
腰が抜けた私を、パトリダム殿下が抱き起す。
「今度は、君を守れた」
今度は?
では、パトリダム殿下、あなたって……。
雲が晴れた。
陽光を受けたパトリダム殿下の笑顔は、かつての先生と同じように輝いていた。
***後日談
その後開催された貴族会議において、現国王陛下は退位を表明。
次期国王には、第一王子であるパトリダム殿下が指名された。
第二王子で王太子であったロガンツ(やはり呼び捨て)は、評判が高まったパトリダム殿下を暗殺しようとした件で、王妃ともども幽閉された。
数年したら、二人とも病死するのであろう。
ロガンツの婚約者らしかったベナは、身分剥奪の上、東にある鉱山に送られた。東の鉱山は、閉山寸前だったような気がするが、まあいいや。
そして。
晴れ渡る良き日、パトリダム殿下と私は結婚式をあげた。
なぜか式場には酒樽が用意されていて、鏡開きの儀なんてものが、行われることになった。
「一度、やってみたかったんだ」
前世では、兎飼先生、独身を貫いたらしい。
二人一緒に鏡開きの儀。
手に持つエモノはツルハシだった。
了
Q: で、モデルは?
A: いないですから(きっぱり
お読みくださいまして、ありがとうございました!!
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