第11章「余韻と、種まき」(01)
――視点:慎吾
図書館の一角、展示コーナー。
「ありがとう文庫」の設置は、思った以上に反響があった。
昨日のうちに寄せられたカードや封筒、手作りのしおりがすでに30点以上。
それぞれが、誰かに宛てた感謝と、ほんの少しの勇気だった。
慎吾は、それらを一枚ずつ並べ直し、
新たに設置するノートの見出しに、こう書いた。
「ここに書かれた“ありがとう”は、誰かが明日を進むための足跡です」
片付けの手伝いに来ていた中学生が、そばで慎吾に訊く。
「これ、いつまでやるんですか?」
「ずっと。というより、“終わらせない仕組み”をつくるのが僕の役目かな」
「ずっと……かぁ」
少年は何か考え込んだ様子だったが、そのあと小さな声で言った。
「じゃあ、明日また来ていいですか?
……今日のありがとう、まだ、うまく書けなくて」
慎吾はその言葉を胸に、ゆっくりと頷いた。
(感謝には、期限がない。
だからこそ、それを“続ける場所”が必要なんだ)
――視点:崇
古民家スペース「はるひの間」では、午前中から若者数人が集まっていた。
昨日のイベントで空きスペースを訪れた高校生たちが、
「またここで何かやりたい」と声を上げたのだ。
崇は、彼らに“空き時間利用申請書”と、“アイデアメモ帳”を手渡す。
「誰でも使っていいけど、“何のために使うか”は書いといてほしい。
その方が、あとで“ありがとう”を見つけやすいから」
彼の中に、かつての苦い記憶がよみがえる。
地域イベントの後処理、備品の管理、責任の所在。
あの頃は「やるだけやって終わり」だった。
でも今は違う。
“誰かが次にやれるように、場を残す”。
それが、“行動する責任”の本当の意味だと、ようやく腑に落ちていた。
高校生の一人がふと尋ねた。
「このスペース、名前あるんですか?」
崇は首を傾げた。
「ないな。つけてくれる?」
少年は少し悩んだあと、
壁に飾られていた横断幕を見て言った。
「じゃあ、“ありがとう交差点”ってどうですか?」
一瞬、笑いが起こる。
でも、それはとてもいい名前だった。
崇はメモに書き込みながら、静かに呟いた。
「誰かのありがとうと、誰かのありがとうが交差する場所――いいね」
午後には、紬葵がふらっと訪れた。
「なんか、また風が変わってきてる気がするね」
「うん。昨日より、“静かな希望”って感じ」
「そういう風景、描ける気がしてきた」
春光町の“次の一歩”が、
静かに、でも確実に、始まりを告げていた。




