表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/78

第10章「そして、始まりの日へ」(02)

 ――視点:匠真中心

 午後三時。

  日が傾き始めたころ、春光フェスティバルは静かな盛り上がりを見せていた。

  声を張る者も、笑う者も、誰一人として“浮かれて”いるわけではなかった。

  そこにあったのは、町の人たちが手渡し合うような穏やかな熱。

【匠真】

 ステージ脇から会場全体を見渡した匠真の目に、自然と涙がにじんだ。

 そこには“かつての町”はなかった。

  でも、“かつての夢を受け継いだ今”が、確かにあった。

「……じいちゃん、見てる?」

 風がそっと、旗を揺らした。

  まるで返事のようだった。

【優】

 語り部として、町の案内を務めていた優は、ふとスピーカーの前に立った。

 予定にはなかったが、関係者たちは誰も止めなかった。

  むしろ、今こそ“誰かの声”が必要なことを、全員が感じ取っていた。

「――こんにちは。語り手の優です」

 ざわめきが一瞬止まり、やがて、静かな拍手が起こった。

「“ありがとう”って、誰かに届けるための言葉だけど、

  今日ここにいる皆さんが持ってきてくれた“ありがとう”は、

  たぶん、自分自身にも向けられてると思います。

  誰かを思い出して動いたこと。

  何かを始めようとしたこと。

  その全部が、今日という“始まりの日”に詰まってる。

  ……だから、ありがとうございます」

 言葉が終わると、拍手が波のように広がっていった。



【まい】

 シャッターを切った瞬間、涙が頬を伝っていた。

 それは、笑っている子どもたちの後ろ姿をとらえた一枚だった。

  何でもない風景。けれど、何よりも確かな“生きている今”。

「今日の光は、残さなきゃ」

 心が、はっきりとそう叫んでいた。



【菜央】

 ロゴ旗の下で立ち尽くす来場者の女性に、菜央はそっと声をかけた。

「……あの、デザイン気に入ってくれましたか?」

 その女性は少し驚きながらも微笑んだ。

「私、町を出て二十年ぶりなんです。

  でも、この旗がなんか……“ただいま”って言ってくれてる気がして」

 菜央は言葉を返せなかった。

  代わりに、静かに頭を下げた。

 それが“デザインの正解”ということを、今、ようやく実感したから。



【慎吾と絵美】

 図書館と旧校舎を結ぶ通路の途中で、

  慎吾と絵美は偶然顔を合わせた。

 どちらからともなく、「ありがとう」と声をかけた。

 言葉は、やっぱり照れくさい。

  でも、“言える”ということが、もうそれだけで大きな意味を持っていた。

「……あなたと話してなかったら、今もずっと“教師のふり”をしてたかも」

「俺も。誰かの声を信じることに、背を向けたままだったかもしれない」

 その言葉のあと、ふたりは微笑んだ。

  未来の形はまだ見えない。

  でも、ちゃんと“ここから始まる”と信じられる。



【祥平と崇】

 会場最後方の市場ブース。

  地元の人々が、名残惜しそうに野菜を買い、名札に書かれた「春光ファーム」の文字をなぞる。

「祥平、お前さ……この町に、ちゃんと“残した”ぞ」

 崇がぽつりと呟いた。

「いや、たぶん“始めた”だけだ。まだ何も終わってない」

 ふたりは、そのまま小さく拳を合わせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ