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第9章「祈りのような灯り」(02)

 ――視点:菜央

 菜央は、空きスペースの装飾レイアウトを見つめながら、自分がデザインしたロゴが印刷された大きな垂れ幕に手をかけていた。

 だが、手は止まっていた。

  どこか、自分の中にあった確信が揺らいでいるのを感じていた。

(これが、本当に“伝わるデザイン”なのか)

 彩織のように温もりを布に込められるわけでもなく、

  まいのように一瞬を切り取るわけでもない。

  自分の「線」が、ここで役立っているのか不安だった。

 そんなとき、近くで作業していた小学生の女の子がポスターを見上げて呟いた。

「このマーク、なんかね、手をつないでるみたいに見える」

「え?」

「うん。大人と子ども。あと、鳥みたいにも見える。飛んでく、みたいな」

 菜央は、言葉が出なかった。

  自分が思ってもみなかった“読み方”に、ハッとさせられた。

(伝え方をコントロールするんじゃない。

  受け取る側が、それぞれの光を持ってくれればいい)

 菜央は、そのポスターの下にひとこと添えた。

「あなたが感じた“ありがとう”が、きっと正解です」



 ――視点:崇

 河川敷の防災スペースでは、予備テントの骨組みを一人で立て直していた崇がいた。

 普段なら仲間と笑いながら動くところだが、

  今日は少しだけ、人の輪から距離を取っていた。

(「まとめる役」を演じすぎたのかもしれない)

 誰よりも冷静に、誰よりも的確に動こうとすることが、

  逆に人との間に“距離”を作っていたのかもしれない。

  それでも、「動かす」役目を降りるわけにはいかないと、自分を押してきた。

 だがそのとき、ふいに後ろから手が添えられた。

「重たいときは、“一緒に”って言ってよ」

 振り返ると、そこにいたのは慎吾だった。

「あなたが一番重いとこ、背負ってたでしょ」

 その言葉に、崇は静かに目を閉じた。

  そして、ゆっくりと頷いた。

(俺が背負いたかったのは“責任”じゃない。

  “みんなの気持ちを前に進める場所”だったはずだ)



 ――視点:祥平

 市場のブースで、祥平は農作物の搬入準備をしていた。

  しかし、朝の強風で出荷予定の野菜が一部傷んでしまい、展示数を大きく減らさざるを得なかった。

 彼のなかで、“どうせこんなもんだ”という諦めがよぎりかけた。

 だが、まいがその野菜のひとつを手に取り、

  「見て、これ、ぜったい写真にしたら美味しそうに写る」と言った。

「……見た目、良くないよ。傷ついてるし」

「うん。でも、誰かが手をかけて作ったものって、

  ちゃんと伝わるから。特に、“ちょっと頑張ったやつ”はね」

 その言葉に、祥平は少しだけ口元を緩めた。



 ――視点:彩織

 古民家の展示スペースで、彩織は“ありがとうを包む布”が想定以上に受け取られていることに戸惑っていた。

「……こんなに無くなるなんて」

 だが、それは「ありがとうが多く届いた」という証だった。

 ふと目に留まったのは、封筒に包まれた便箋。

「この布のおかげで、

  言葉にできなかった“ありがとう”を誰かに渡せました。ありがとう。」

 彩織は、しばらくそれを見つめていた。

(誰かが私の作ったものに“言葉”をのせてくれた)

 それは、彼女にとって“作品が生きた”という実感だった。



 ――視点:優

 展示ブースを整えていた優は、来場者ノートの片隅に書かれた言葉に目を止めた。

「ありがとうが足りないと思ったとき、ここに来ようと思います」

「……そうだよね」

 誰かの“ここにいてもいい”という感覚。

  それを、この祭りがつくれているなら、もうそれだけで充分だ。

 優はそっと会場を見渡した。

(ここには“誰かが残していった感謝”が満ちている)

 そして、自分の心のなかに、そっと灯が灯るのを感じた。



 それぞれが、それぞれの場所で、

  “祈り”のような灯りを抱えていた。

 明日は、その灯りを持って、春光町が立ち上がる。


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