第9章「祈りのような灯り」(00)
――視点:匠真
風が強まり始めたのは、昼を過ぎてからだった。
設営を進めていた仮設ステージのテントがばたつき、養生テープが風に引きちぎられるように空を舞う。
「ちょっと! 危ない、そっち抑えて!」
崇の声が響く。
祥平が即座に駆け寄って、重しを追加する。
慎吾はすでにテントの固定フックを手直ししていた。
――それでも、間に合わなかった。
強風と共に、河川敷の一角に設営されていた音響機材のカバーが外れ、
一部のスピーカーと照明器具が地面に崩れ落ちた。
乾いていた土が巻き上がり、現場は一時騒然となった。
匠真は何も言えなかった。
一瞬、視界が狭まった。
周囲の声が聞こえなくなる。
代わりに、祖父の手紙の一節が頭の奥で響いていた。
「ありがとうを形にする町にしたい。
それが、人と人の灯りになる」
(それが、今……こんな形で壊れていくのか)
自分が動き出さなければ、この町に再び“祭り”が生まれることはなかったかもしれない。
でも――自分が動いたから、誰かがまた傷つくかもしれない。
その責任の重さが、今、全身にのしかかっていた。
そのとき、背中を軽く叩く手があった。
振り返ると、そこに紬葵がいた。
両手に、はだけたビニールシートと、破れたスケッチブックを抱えていた。
「……泣くのは、明日が終わってからにしなさい」
冗談めかして言ったその言葉に、匠真は喉の奥で声が詰まった。
「明日、“ありがとう”を届けたいんでしょ?
だったら、“今日ありがとうを言う相手”をちゃんと見て」
「……でも」
「“でも”って言いたくなる気持ちもわかるよ。
でもね、私は今、ここに来てよかったって思ってる。
失敗するかどうかよりも、“誰かと何かを作る”ってことが、
もう、十分に意味があるんだよ」
風が再び吹いた。
だが今度は、なぜか冷たくなかった。




