第1章「祖父の手紙と町の記憶」(05)
春風が通りを吹き抜け、どこか懐かしいような音を立てた。匠真は図書館を後にし、資料を鞄にしまいながら、ゆっくりと駅前通りを歩いた。
歩道の先には、昔ながらの和菓子屋がぽつんと店を構えている。木製の看板には少し薄れた金文字で「岩田菓子舗」と書かれており、ガラス越しに並ぶ豆大福や桜餅が目を引いた。
(……まだやってたんだ)
懐かしさに惹かれて、匠真はガラガラと引き戸を開けた。店内に鳴る鈴の音と共に、奥から年配の女性が顔を出した。
「いらっしゃい。あら……あなた、もしかして真一さんのお孫さん?」
「え、あ、はい。匠真といいます。祖父のこと、ご存じなんですか?」
「もちろんよ。フェスティバルのときは、ここの団子が大人気だったのよ。あの人、毎年“ここのは最高だ”って、嬉しそうに買いに来てたわ」
思わぬ繋がりに、匠真は笑みをこぼした。
「それなら……ひとつ、いただいてもいいですか」
「もちろん。久しぶりのお帰りでしょう。今日はサービスで、焼き団子もつけとくわ」
パックに詰められた甘辛い香りと、ほの温かい気配が心をほぐしていく。
会計を終えたあと、店主の女性がふと尋ねた。
「ところで……あなた、フェスティバルのことを調べてるの?」
「はい。じいちゃんの手紙を見つけて……町を“ありがとう”で満たしたいって。その夢を、少しでも形にできたらって思ってるんです」
店主の目がわずかに潤んだ。
「そう……それは、嬉しいことね。あの頃、町には人が集まってた。子どもも、年寄りも、みんなが笑ってた……今でも、たまに夢に見るの。もう一度だけでいいから、あの賑わいが戻ってこないかって」
「……そう言ってもらえると、心強いです」
「ただね……」
女性は言葉を選びながら、声を落とした。
「あの祭りが終わった年、文化課で担当してた子が、随分責任を感じていたの。町中から苦情が来て、予算のミスもあって、最後は精神的に参ってしまって……」
「それって……明美さん、ですか?」
「そう。優しい子だったのよ。責任感もあって、町のためにって本当に頑張ってた。だから、もし行くなら、無理に責めたりはしないであげてね。彼女、今も自分を許せていないと思うの」
匠真は、静かに頷いた。
「……わかりました。ちゃんと話してみます」
和菓子の紙袋を受け取り、外に出ると、風が桜の花びらをはらはらと落としていた。匠真は空を見上げ、そっと息を吐く。
(じいちゃん。俺、ちゃんとやるから)
一歩ずつ、一人ずつ。この町に再び「ありがとう」が満ちるように――。
次の目的地は、町役場。春光町文化課。
祖父の志を受け継ぐため、そして今を生きる人々と繋がるために、匠真はゆっくりと歩き出した。