第1章「祖父の手紙と町の記憶」(04)
開いたファイルの最初のページには、手書きでこう書かれていた。
『春光フェスティバル資料:初年度~最終年度(編集:春光町文化課)』
その下には年表形式での記録が並び、第1回の開催が「平成6年」、最終開催が「平成20年」と記されていた。ちょうど15回分、町の記憶がこのファイルに詰まっている。
(俺、小学生だったころか……)
小さな記憶の断片が浮かんでは消える。ヨーヨー釣りの屋台、カラフルな風船、母に手を引かれて歩いたあの賑やかさ。自分がこの町の一部として育っていたことを、匠真は思い出していた。
ページをめくると、手描きの配置図や、催しのスケジュールが現れる。盆踊り、歌謡ショー、地元高校の吹奏楽、町内の婦人会による屋台――
「……本当に町全体でやってたんだな」
慎吾が隣の棚で資料を整理しながら、ぽつりと話しかけてきた。
「春光フェスティバルは、僕も何度か行きましたよ。まだ高校生の頃でしたけどね。夏の終わり頃になると、あのちょうちんの明かりが恋しくなったもんです」
「じゃあ、やっぱり……中止になったときは、惜しむ声も多かったんじゃ?」
慎吾は苦笑しながら、肩をすくめた。
「もちろん、残念がる声は多かった。でも、それ以上に“限界”だったんでしょうね。人手、予算、企画の責任――何かひとつが欠けても、ああいう大きな行事は成り立たない。続けるっていうのは、簡単なようで難しいです」
その言葉は、匠真の胸にずしりと響いた。
確かに、祖父の情熱だけで動かせるものではない。町の協力、仕組み、維持――それらがなければ、いくら想いがあっても形にはならない。
「でも……」
匠真は言った。
「それでも、やっぱり、やってみたいと思うんです。じいちゃんが夢を持ったみたいに、自分もその続きを、見てみたいんです」
慎吾は本を抱えたまま、少しだけ目を細めて言った。
「……無謀かもしれない。でも、始めるなら、今が一番いい時期かもしれませんよ」
「え?」
「春光町、来年度から“地域文化再興支援モデル地区”に申請中なんです。国の支援で、文化活動に補助が出るかもしれないって話を、役場の明美さんが準備してました」
「明美さん……?」
「町役場の文化課の人です。熱意がある人だけど、フェスティバルには複雑な想いがあるみたいですね。お会いになるなら、ちゃんと敬意を持って話したほうがいいと思いますよ」
「なるほど……ありがとうございます」
新たな情報に、匠真の背筋が伸びた。
祖父の夢を継ぐには、まず“町の仕組み”と向き合わなくてはいけない。そのための第一歩として、文化課への訪問を決めた。
「今日は、本当にありがとうございました。これ、コピーって……」
「どうぞ。必要な分だけ複写して構いません」
慎吾の静かな応援が、何よりも心強かった。
帰り道、匠真は資料ファイルを抱えて歩きながら、何度も空を見上げた。春の雲が風に流れ、日差しが道に落ちていく。
その光の中に、祖父の笑顔がふと浮かんだ気がした。




