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第4章「心の温度、空の色」(05)

 ――視点:まい

 土曜の朝。

  まいは、春光町の古民家スペース「ひより堂」の軒先で、写真展示の小道具を手直ししていた。

「……もうちょい、左か」

 自作のタイトルボードを微調整しながら、ふと、通りに目をやる。

  町を歩く人の流れはまばらだが、そのゆるやかな時間が、むしろこの町らしいとまいは思う。

 展示タイトルは、

  『心の温度、空の色 ――春光町の“ありがとう”たち』。

 その横には、まいがこれまでに撮り溜めてきた30枚以上のスナップが、順路に沿って並べられていた。

 小さな声で「わあ」とつぶやく女の子、

  頷きながら立ち止まる中年の男性。

  展示が始まって30分も経たないうちに、空気が少しずつ変わっていくのが分かる。

(誰かの“ありがとう”が、次の誰かに届く……そんな連鎖が、始まってる)

 思えば――

  この町に来たばかりの頃、まいはこの空気を“退屈”だと思っていた。

  テンポが遅い。変化が少ない。発信の場も、刺激も乏しい。

 だけど今は、その“穏やかさ”の中に、人と人の“揺らぎ”があることを知っている。

「……あなた、写真、すごく丁寧ね」

 後ろから声をかけられ、振り返ると、明美が手帳を持って立っていた。

「ありがとうございます。いや、もっと派手なの撮った方が映えるんだろうけど……」

「いいのよ、派手じゃなくて。

  あなたの写真には、“安心できる間”がある。私はそれが、すごく好き」

 まいは、一瞬言葉に詰まり、少し照れながら頭を下げた。

「……あの、明美さん。

  わたし、カメラ始めたときは、なんかもっと“バズりたい”とか、“うまく撮らなきゃ”って思ってたんです」

「それ、いまは違う?」

「はい。

  今は、“誰かの見落としそうな瞬間”を、ただ静かに記録したいだけです。

  それが誰かの“ありがとう”になったら、もう十分だなって」

「……いいわね、それ」

 明美は、展示の中の一枚――

  祥平が小学生に野菜を渡す後ろ姿の写真に目を止め、立ち止まった。

「この背中……すごく温かい」

「……言葉じゃない“ありがとう”って、ああいう形してるんだと思うんです」

「うん。きっとそうね」

 まいは、ふと思い出すように言った。

「実は、撮ったときの祥平くん、“顔むけんな”ってちょっと怒ってたんですよ。でも、あたし、あのときわかっちゃった。

  彼、怒るってより、“見せ方がわかんない”だけなんだって」

「“見せ方がわからない”……」

「そう。自分の“ありがとう”の、渡し方がわからないだけ。

  でも、それが“無言”でも伝わると知ったら、人って優しくなる気がして」

 明美は、まいの横顔を見つめた。

「あなたが、その“渡し方”を教えてあげたのかもしれないわね」

 まいは照れくさそうに笑いながら、展示の下にもう一枚、新しいキャプションボードを貼り付けた。


 “言わなくても伝わる”って、たしかにある。

 でも、伝えたいなら、ちゃんと見てあげること。

 “ありがとう”は、言葉じゃなくて、視線でも届くんだと思う。


 まいは、その言葉を貼り終えたあと、そっと立ち上がり、遠くの空を見上げた。

  夏の終わりを思わせる風が、穏やかに頬を撫でていった。

 それは、祥平の作った風にも似ていた。


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