第4章「心の温度、空の色」(04)
――視点:祥平
イベント本番まで残り十日。
祥平は農作業の合間を縫って、倉庫の隅に眠っていた古い木のテーブルを磨いていた。
この机は、かつて祖父が直売所で使っていたものだった。
少し脚がぐらついていたが、金槌と釘で補強し、表面のひび割れにはサンドペーパーをかけて、滑らかに仕上げた。
「この机、イベントで使うの?」
まいがふらりと現れ、陽射しの中に立った。
「ああ。“ありがとうマルシェ”用に」
「へぇ……いいじゃん。あったかい木の机って、それだけで空気が柔らかくなるよ」
「でも……」
祥平は手を止めて言った。
「俺、まだ迷ってる」
「なにを?」
「……“前に出る”ってこと」
まいは少し黙って、それから倉庫の柱に背中を預けた。
「うん、わかるよ。あたしも昔、人前に出るの、めちゃくちゃ苦手だった」
「……ウソつけ。お前、人と話すの得意そうじゃん」
「それは“今”だから。中学生のとき、あたし一回、教室で泣いたんだよ。“なんで毎日笑ってなきゃいけないの”って叫んでさ」
祥平は眉を上げた。
まいの笑顔の奥に、そんな過去があるとは思わなかった。
「でもそのとき、担任の先生が言ったんだ。“じゃあ、お前が笑わなくていい場所を自分で作れ”って」
「……」
「それ以来、カメラ持って、人の笑ってない瞬間をいっぱい撮るようになったの。
誰かが無理して笑ってなくても、世界はちゃんと優しいって、証明したくて」
祥平は、しばらく無言で手を動かした。
古木の表面が、少しずつ艶を帯びていく。
そこに浮かび上がる年輪のように、言葉にならない記憶が浮かんでくる。
「俺もさ、昔、祖父の直売所を手伝ってたんだ。あそこ、ただ野菜を売るだけの場所じゃなかった。毎週来るおばちゃんが“今週はこれで味噌汁作るね”って言ってくれてさ……」
「それ、“会話のある風景”だよね」
「うん。俺、それが好きだったんだ。でも、祖父が倒れて、店を閉めたとき、“もう無理だ”って思った。誰かと関わること自体が、怖くなった」
「……それでも、またこの机を磨いてる」
祥平は手を止めた。
「たぶん、俺……本当はまた、あの空気に戻りたかったんだと思う」
「戻る、じゃないよ」
まいは、木くずの舞う空気の中で、はっきりと言った。
「“続ける”んだよ。ありがとうの時間を。場所を。手の感触を」
「……」
「あなたが前に出るかどうかは、あたしには決められない。でも、“あなたの作った空気”に助けられる人が、あたしを含めて、きっといる。それだけは、言えるよ」
祥平は、静かにうなずいた。
夕暮れ。
二人は並んで倉庫を出る。
空には橙色の雲が浮かび、山の端がやわらかく沈んでいく。
その光の中で、祥平はまいに向かって初めて、自分から言った。
「……ありがとう」
まいは振り返らず、小さく手を振った。
風がそっと吹いて、ふたりの間を通り過ぎていった。




