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第4章「心の温度、空の色」(02)

 ――視点:祥平

 夕刻の畑に、白い軽トラックが停まっていた。

  荷台には、今朝掘り上げたばかりのじゃがいもと、葉付きの大根が積まれている。

  祥平はその横で、納品用の伝票をチェックしていた。

「うわ、本当に自分で全部やるんだ……」

 その声に振り向くと、まいが手を振っていた。

「さすがに一人で大変でしょ? 運ぶの、手伝おうか?」

「……軽トラの荷台、カメラマンには向いてない」

「今の偏見!」

 まいは笑って手伝い始めた。

  少し重たいコンテナを、ふたりで持ち上げて軽トラの下ろし台に乗せる。

  まいの手がすぐに赤くなったのを見て、祥平は無言で軍手を差し出した。

「……ありがとう」

 受け取る瞬間、まいの目がふと細められた。

「ねえ、祥平くん」

「ん?」

「あなたって、“ありがとう”って言葉、使い慣れてないよね?」

「……別に、使う場面がないだけだ」

「うそ」

「うそじゃねえ」

「じゃあ、今日わたしが荷物持って手痛めたの、どう思ってんのよ」

「……悪かったな、そんだけ持てないとは思ってなかった」

「それ“ごめん”でしょ。“ありがとう”とは違う」

「……ややこしい奴だな」

 まいは、にかっと笑う。

「うん。ややこしい。でもね、あたしは“ありがとう”って言われた数だけ、人に近づける気がしてるんだよね」

「近づかれたくないやつもいる」

「……もしかして、それって自分のことも?」

 祥平は答えなかった。

  答えられなかったのかもしれない。

  代わりに、じゃがいもコンテナを無言で持ち上げ、倉庫の棚へ運んだ。

 その背中を見ながら、まいはそっと言った。

「……あたしね、すぐ怒るの。あと、忘れっぽい。

  でも、ありがとうだけは、忘れたくないと思ってる」

 その声に、祥平はやはり何も返さなかった。

  けれどその数分後、棚の端に置かれた小さな袋に、さっきまいが落としたカメラ用レンズキャップがちょこんと乗っていた。

「……あ」

 気づいたまいが手に取ると、そこに貼られていた付箋には、ボールペンの太字で一言だけ書かれていた。

 “返しとく。気づけよ。”

 文字の最後には、うっすらと見える「ち」のような、あるいは「しょ」のような略筆。

 まいはそれを握りしめて、そっと笑った。

(言葉じゃなくても、いいのかもしれない)

  (この人にとっての“ありがとう”は、たぶん、手の中にある)

 風が、倉庫の小窓をゆらした。


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