表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/78

第3章「つながりの扉をたたく」(10/End)

 ――視点:奨

 開催二週間前の日曜。

 午前八時。春光町の朝は少しひんやりしていて、それが「何かが始まる気配」をまとっていた。

  奨は駅前広場の清掃に参加していた。今回は、実行委員メンバーではなく、町内会の人たちと並んでほうきを握っている。

「よーし、これで端はだいたい片付いたね」

 そう言ったのは、町内会副会長の中年男性。

  春光生まれ春光育ちの元バス運転手で、ぶっきらぼうだが誰よりも朝に強い。

「若いのがこうやって顔出すのは、ほんとえらいよ。昔のフェスんときもな、最初は“若造に何ができる”って言ってたが、結局そいつらの熱で町が一回、明るうなったんよ」

「……聞いてます。15年前、俺、小学生だったんで、実はちょっとだけ記憶あるんです。ステージでお菓子投げてた光景とか」

「はっは、あったなそれ。あのステージ、トラック改造してな」

 記憶が記憶を呼び、言葉が人を引き寄せる。

  奨はその感触が、すでに“フェスのはじまり”だと思っていた。



 午後、古民家スペースでは最終調整の会議が開かれていた。

「“ありがとう文庫”の配置図、もう一度だけ確認してほしい。リクエスト棚のエリアに加えて、“誰かに届けたい一冊”ってテーマで設けた推薦棚、5名分だけでも本とカードが間に合えば展示できる」

 慎吾の言葉に、明美が頷く。

「それ、町長も見に来るって言ってたわ。“ありがとう”の言葉が“知”になる。行政的には好印象」

「……あの人、“好印象”って言葉、絶対会議でしか使わないですよね」

 まいがぼそっと漏らすと、その場に控えめな笑いが生まれた。

「ごめんなさい、発言記録に残しませんから安心して」

「残してもいいけど消されると思います」

「それより、こっち!」

 と、葵が持ち出してきたのは、完成したロゴデザインとポスター案だった。

 風がひとつの場所から生まれ、誰かの肩に触れながら、遠くの窓へと抜けていく絵。

  そのすべてを、筆一本で描いたという。

「……これは、“町の輪郭”だな」

 奨が小さく呟いた言葉に、誰もが頷いた。

 言葉で伝えるにはまだ不器用な思い。

  声に出すにはまだ気恥ずかしい感謝。

  それらが、絵として、物語として、町の中に点在していく。

「“ありがとう”って、届けるものじゃなくて、“気づくもの”だったんですね」

「うん。“気づけるように空気を整える”のが、たぶん、私たちの仕事なんだよ」

 葵のその言葉に、明美がそっと頷いた。



 会議が終わり、資料を片付けるなかで、誰ともなく立ち上がり、外の風に当たりに出る。

  夏の終わり、秋のはじまり。

  そのあわいの季節が、町を静かに包んでいた。

「奨」

「ん?」

「お前さ、このフェスが終わったら、何するん?」

 匠真がぽつりと聞いた。

  それは、未来を問うというより、現在を確かめるような言い方だった。

 奨は少し黙ってから、静かに言った。

「……また誰かが、“扉をたたいたら”、一緒に開けに行くよ」



 そして、最後の最後に。

  風の在処の入口に置かれる一言メッセージボード――

 そこに、奨は自分の字でこう書いた。

「ありがとうは、声じゃなくても届くって、

    この町が教えてくれた。」

 春光町の空に、やわらかい風が吹く。

  その風は、もう一度、誰かの心に届くために――


 第3章「つながりの扉をたたく」完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ