第3章「つながりの扉をたたく」(06)
――視点:奨
「――来た」
匠真の声に、カフェの一角で顔を上げた奨は、すぐにスマートフォンの画面を覗き込んだ。
表示されたのは、春光町文化課・岡田明美の名前と、件名【正式承認】の文字。
「……通ったな」
「マジか!」
「よし!」
歓声を上げるのでも、拳を突き上げるのでもなく、そこにいた全員が自然に“笑顔”になった。
この企画はまだ始まってすらいない。
だが、行政との“接続”が実現したことは、確かにチームの背中を押す手応えだった。
「じゃあ、いよいよ“町全体”で動かしていく段階か」
慎吾がコーヒーカップを置いて、静かに言う。
「うん。“お試し”は終わり。“本番”だ」
まいはタブレットをスライドしながら、すでに次の広報素材に取り掛かっている。
「じゃ、そろそろ“タイトル”も本決定しない?」
「“ありがとう文化祭”って仮名のままだと、ちょっと説明っぽいかもな」
「でも、ありがとうがテーマってのは、変えたくないんだよな」
葵から送られてきたイラスト案を見ながら、奨はふと呟く。
「“風に乗せて”……とか?」
「悪くないけど、どっちかというと“雰囲気”に寄りすぎるかも。“場所”が欲しいな。俺たち、風景を作るんじゃなくて、“風景の中に場所を作る”ことやってるから」
「……風の、在処」
匠真の口から自然に漏れた言葉に、場が一瞬、静まり返る。
「“風の在処”……」
まいが繰り返し、慎吾が小さく頷いた。
「いいと思う。“ありがとう”は風みたいなもので、目に見えなくても、確かにどこかにある。“在処”って言い方、すごく今の町に合ってる」
「そしてそれを“探す”とか“気づく”とか、そういう参加の形も想像させられる」
菜央が言葉を足す。
「“探す祭り”って、ありそうでなかったよね。“ありがとうの在処”を、自分の足で探しに行く」
「うん、それだ。“ありがとう”を“伝える”だけじゃなくて、“見つける”側になってもらう。……これ、やろう」
全員が頷いたその瞬間――
“祭り”が、“町の日常”に溶け出した。
数日後、町内の回覧板に一枚のチラシが添えられることになる。
△ 春光町 共創型文化事業
『風の在処』 開催決定!
この町のどこかに、誰かの“ありがとう”が眠っています。
言葉にされなかった想い、さりげない仕草、遠い記憶のなかの一瞬――
それを、もう一度、見つけてみませんか?
〇 日時:8月下旬(詳細は裏面)
〇 会場:町内各所(図書館、市民会館、古民家スペース 他)
〇 内容:ありがとう文庫、ありがとうマルシェ、ありがとう展示、ありがとう写真展、地域参加型展示企画 etc...
主催:ありがとう実行委員会
共創:春光町文化課・町内有志
奨は、その文面を何度も読み返したあと、深く息を吐いた。
(まだ始まりにすぎない。でも、もう“ひとり”じゃない)
この町の誰かが、誰かに言えなかった“ありがとう”を、代わりに形にするために。
その想いが、町全体を静かに包み込み始めていた。




