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第1章「祖父の手紙と町の記憶」(02)

 その日の夜、匠真は祖父の手紙を手帳に挟み、町の地図を開いた。昔の春光フェスティバルの会場となった広場――町の中心に位置する市民会館の横にある「春風広場」。今では、老人たちのゲートボールや保育園の散歩コースにしか使われていないという話だ。

「やるとしたら……やっぱり、ここになるか」

 目を細めながら地図を見ていたとき、リビングから母の声が聞こえた。

「たくまー、ちょっと来て。あんたの好きな筑前煮できてるよ」

「……あ、うん、今行く」

 匠真は地図を閉じ、部屋を出た。

 久しぶりの実家。けれど、母の料理の味は昔と変わらなかった。テーブルの向かいに座った母は、ちらりと匠真の顔を見て眉をひそめる。

「何か考えごと?」

「んー……まあ、ちょっと」

「じいちゃんの部屋、整理してて?」

 匠真はコクリと頷いた。

「……手紙が出てきてさ。じいちゃんが、春光フェスティバルを始めた理由みたいなやつ」

 母は箸を止めた。目がすこしだけ伏し目になる。

「へえ……そんなの、まだ残ってたんだ」

「“ありがとうを形にする町にしたかった”って書いてた」

「……」

 言葉を失ったように沈黙する母。その姿を見て、匠真はなんとなく感じ取った。母もまた、かつてその想いに触れていた一人だったのだと。

「俺さ、フェスティバル、もう一度やってみようかなって思ってる」

 その一言に、母の箸がカチンと器に当たった。

「……たくま」

「うん」

「その気持ちは……すごく嬉しいと思う。でも、あれはもう昔のことよ。あんたが思ってるよりずっと、いろんな人が傷ついたり、失望したりしたんだから」

「失望?」

「中止になったとき、町中で相当揉めたの。役場の人たちも、ボランティアの人たちも、お金出してた人たちも……誰が悪いってわけじゃないけど、誰もが納得いかない終わり方だったの」

 匠真は、黙ってその言葉を受け止めた。母の中に残るその“苦味”は、きっと祖父の近くでずっと見てきた彼女にしかわからないものだった。

「それでも……俺、やってみたいんだ」

 静かに、でもはっきりと伝えた。

「たぶん、うまくいかないかもしれない。でも、じいちゃんが夢を見て、叶えられなかったことを、そのまま放っておけない気がしてさ」

 母はじっと見つめたあと、ふっと小さく笑った。

「……あんた、本当にじいちゃんに似てるわね。あの人も、そういうこと、よく言ってた」

 匠真は、少し照れたように笑い返した。

 その夜、布団に入ってもなかなか眠れなかった。

 昔見た祭りの光景、祖父の声、母の笑顔、そしてあの短い手紙。

 頭の中で何度もそれらが交錯し、眠気の縁で浮かんだ一つの言葉が、彼の胸を再び熱くした。

「ありがとうを形にする」

 言葉だけでは伝えきれないものが、きっとある。

 形にしなければ届かないものが、きっとある。

 だからこそ、それを「祭り」という形にして、町に、誰かに、届けようとした祖父の気持ちが、今なら少しだけ、わかる気がした。


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