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第3章「つながりの扉をたたく」(04)

 ――視点:奨

 火曜の午後。

  町内のカフェ「ひより堂」の一角にて、奨は仲間たちと資料を囲んでいた。

「では……まず、事業骨子をもう一度おさらいします」

 PC画面を壁に投影しながら、慎吾が落ち着いた声で話し始めた。

「今回の“ありがとうの祭り(仮)”は、旧・春光フェスティバルの復活ではなく、“日常に根ざした感謝の交差点”を町のなかに生み出す文化事業です。中心会場を特定せず、点在する複数の空間を、町全体で“風景”として活かす構想です」

「つまり、“一極集中のイベント”じゃなくて、“町の暮らしの中で展開する分散型祭り”だな」

 と、崇が頷く。消防団の活動を通して、現場的な視点を常に持っている彼は、警備体制の設計にも加わっていた。

「“ありがとう文庫”は図書館に。“ありがとうマルシェ”は市場の横。“ありがとう展示”は市民会館のロビー。……確かに、これなら“町が舞台になる”」

「なにそれ、めっちゃいい……」

 まいが写真フォルダをスクロールしながら唸った。

「じゃあ、私は各会場の“ありがとう”風景を撮りに回る。人の笑顔と場所の繋がり、ちゃんと絵になると思う」

「そこに、“葵さんの絵”を据えるんだ。町を包み込むように、風のように」

 匠真の言葉に、一同が深く頷く。

 このチームに、無駄な言葉はいらなかった。

  それぞれが、それぞれの“できること”を把握し、互いの得意を信じて動いていた。

 だが――

「……で、ひとつ、難題があります」

 奨が画面を切り替える。

  そこに映し出されたのは、「協賛未確定リスト」。町内企業の名前がずらりと並んでいた。

「協賛、まだまだ足りてないってことか」

「はい。現状では全体予算の6割。これ以上、行政からの補助は見込めません。あと4割、どうやって埋めるかが鍵になります」

「回りきれるかしらね……」

 菜央がそう言いながら、手元の帳簿に目を落とす。

  彼女は高校時代からデザイン系の企画に携わっており、今回もパンフレットや看板、グッズの統一ビジュアルを担当していた。

「私から提案。企業に“広告協賛”じゃなく、“町の文化支援者”って位置づけにするのどう?」

「つまり、“スポンサー”じゃなくて“共創パートナー”ってことか」

「そう。ネーミングを変えるだけで印象は変わる。“文化を未来に託す投資”だって打ち出したら、共鳴してくれる人、いると思う」

「……いいな。ポスターにも“あなたの想いが、この町を風にする”って入れてみるか」

 匠真が唸るように言い、全員が静かにその余韻を噛みしめた。

 たったひとつの言葉が、人を動かす。

  誰かの“ありがとう”が、もうひとりの背中を押す。

  そういう連鎖が、いま、確かに町の中で始まりつつあった。

「じゃあ、ここからは手分けして回ろう。企業訪問は俺と崇とまい。菜央はビジュアル案の整備、慎吾は“ありがとう文庫”の配置と選書。匠真は町内会ルートを再確認してくれ」

「了解。……やるぞ」

「うん。“ありがとう”の風が、止まらないうちに」

 外では、春光町の風が少しだけ強く吹いていた。

  その風の向こうに、“扉の先”が待っている。

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